中村融 toru NAKAMURA
ここにお届けするのは、わが国で独自に編んだ宇宙生命SFのアンソロジーである。
宇宙「生物」ではなく、わざわざ宇宙「生命」と銘打ったのは、非物質型の生命も登場するから。こういう荒唐無稽な空想にリアリティをあたえるのが、SFの大きな魅力のひとつだろう。その意味で、SFの醍醐味を満喫できる作品をそろえたつもりだ。
収録作全六編のうち、本邦初訳が一編、三十年以上も前に邦訳が雑誌に載ったきりの作品が四編、長編の一エピソードとして流布している作品の貴重な原型の邦訳が一編というラインナップ。
前にも書いたが、編者がアンソロジーを編む最大の動機は、「埋もれた佳作を世に出したい」なので、その願いは実現できたといえる。なにはともあれ、希少性の高い作品ばかりが並んでいることは保証しよう(ついでに、本書のために新訳を二編起こしたことも付記しておく)。
今回、核になったのはジェイムズ・H・シュミッツの「おじいちゃん」とロバート・F・ヤングの「妖精の棲む樹」。そこにジャック・ヴァンスの「海への贈り物」が加わったとき、宇宙生命SFというテーマが見えてきた。
もっとも、これは最後のひと押しであって、そこにいたる下地は時間をかけて作られていた。収録作については、それぞれの扉裏解説に記したので、ここではその「下地」について書いてみよう。
まずは「生態学的SF」に関心があったこと。
私事で恐縮だが、編者には野生動物の観察という趣味がある。病膏肓の域に達していて、ペンギンやアザラシを見に地球の裏側まで行ったり、珍しいサルを見るためにボルネオのジャングルをかき分けたりするわけだが、そうして現地に足を運ぶと、否が応でも気づくことがある。つまり、動物は一種類だけで存在しているのではない、ということだ。
あたり前の話だが、ある動物は周囲の動植物と相互に影響しあって生きている。たとえば、図鑑や動物園では奇妙で派手に見える姿形の動物が、本来の生息域ではまったく目立たないことがある。その姿形が、周囲の環境にまぎれこむための仕組みであるからだ。造化の妙といおうか、進化の不思議を実感する。
ところが、話はこれで終わらない。というのも、いったんコツをつかむと、それまで見えなかった同類が簡単に見つかるようになるからだ。こうして、目の前にある森や草むらや海辺の岩場の印象が一変する。大げさにいえば、世界の見え方が変わるのだ。SFファン好みの言葉を使えば、認識の変革、あるいはセンス・オブ・ワンダーといってもいい。
ともあれ、こういう経験を重ねると、ひとつの動物を知るためには、周囲の環境をまるごと知らなければならないと思うようになる。生態学(エコロジー)的な思考のはじまりである。
考えてみれば、エコロジーという概念はSFに教わったのだった。具体的には、中高生のころに読んだフランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』(ハヤカワ文庫SF)、クリフォード・D・シマックの「橋頭堡」、シュミッツの「おじいちゃん」、ヤングの「妖精の棲む樹」、ブライアン・W・オールディスの「神様ごっこ」といった作品だ。これらについて考えなおしてみたい、という思いが年々強くなっていた。
ふたつめは、「SF博物誌」を作りたいと思っていたこと。
編者はむかしから博物誌のたぐいが好きで、書棚のいちばん手が届きやすい場所には、その手の本が並んでいる。なかでも優遇されているのが、吉田健一の『私の古生物誌』(ちくま文庫)、澁澤龍彦の『幻想博物誌』(河出文庫)、筒井康隆の『私説博物誌』(新潮文庫)の三冊だ。順に雪男やネッシーをはじめとするUMA(未確認動物)と絶滅した動物、空想上の動物、実在の動植物(ただし、架空の生物も何種類かまじる)を俎上にあげ、蘊蓄をかたむけたエッセイである。
SFに出てくる生物で似たような本ができないものか、とずっと考えていて、材料集めをつづけていた。とはいえ、才能不足でエッセイは書けそうにないので、原典を集めたアンソロジーということになる。その腹案も何種類かできていた。
三つめは、「宇宙(スペース)もの」のアンソロジーを編みたいと思っていたこと。
『時間と空間の冒険』という題名のSF名作集があるように、「時間(タイム)」と「空間(スペース)」はSFの両輪のようなものだ。ところが、編者はこれまで本文庫で四冊のSFアンソロジーを上梓してきたが、そのうちの二冊は時間もの。残る二冊にしても地球外を舞台にした作品はすくなく、エッセイ一編をのぞく全十九編のうち五編にとどまる。これではバランスを欠いているといわざるを得ない。
復活させたい作品リストはつねに頭のなかにあるので、それらを適当に書きだすと、自然と結びつく作品が出てくる。企業秘密に属するので公開は控えるが、「ロマンティック宇宙SF傑作選」、「宇宙植民SF傑作選」、「宇宙遺跡発掘SF傑作選」などの目次案がつぎつぎと生まれてきた。そのなかに「宇宙生命SF傑作選」もあったわけだ。
こうした思いが重なったところに生まれたのが本書である。
当初は、人類にあわせて異星の環境を改造するテラフォーミングとは逆に、異星の環境にあわせて人類がみずからの体を改造する例としてジェイムズ・ブリッシュの「表面張力」を収録し、リチャード・マッケナの「狩人よ、故郷に帰れ」と対にしようと構想していたのだが、長さの関係で見送らざるを得なかった。問題の作品は、本書で最長の「海への贈り物」よりさらに長いのである。とはいえ、この秀作を埋もれさせておくのは惜しいので、他日を期したい。
最後に訳注めいたことをふたつ。
ヤングの「妖精の棲む樹」のなかで一部を変えて引用される詩は、『旧約聖書』の「雅歌」第二章十五節である。
ヴァンスの「海への贈り物」に出てくる海洋生物の名称デカブラック(dekabrach)は、おそらく「十」を意味するギリシア語 deka と「腕」を意味するラテン語 brachium の合成だと思われる。
(2014年11月5日)
■ 中村融(なかむら・とおる)
1960年生まれ。中央大学卒業。SF・ファンタジイ翻訳家、研究家、アンソロジスト。主な訳書に、ウェルズ『宇宙戦争』『モロー博士の島』、ハワード《新訂版コナン・シリーズ》など、また主な編著に『影が行く』『地球の静止する日』『時の娘』『時を生きる種族』、《奇想コレクション》シリーズ(河出書房新社)などがある。ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!