母親を捜す“患者”と繰り返し話し合う“精神分析医”。
ふたりの会話を盗み聞きする大学教授の“私”。
ふたりの会話を盗み聞きする大学教授の“私”。
本書はずいぶん変わったミステリです。まず、主な登場人物は3人だけ。50代の男性大学教授、年齢不詳の女性精神分析医、そしてその患者の若い女性の三人で、名前がわかるのは精神分析医だけです。おまけに舞台設定も奇妙です。とあるビルの隣り合った二室から動かずに、ほぼ会話だけで物語が進んでいきます。この会話も、普段わたしたちが読む普通の小説とは異なっており、会話を示すかぎ括弧がなく、地の文に埋めこまれた形になっています。
ときは1974年の晩夏。大学教授の“私”は、元続き部屋で内部に隣室につながるドアがあるオフィスを借ります。ある日、そのドアから精神分析医が行うセッションが聞こえてきました。“患者”は若い女性で、養子のため自分の出自がわからず、アイデンティティの欠落に苦しんでいました。“私”は息を殺して、産みの母親を捜す“患者”の話に耳を傾け続けています。なぜ養子に出されたのか? “血の探求”の驚くべき結果とは……。
大変悪趣味な「盗み聞き」という行為がミステリに組み込まれると、とてつもなく魅力的な要素に変わります。精神分析医と患者の会話は非常にスリリングで、読んでいるこちらも盗み聞きをしているような、そんな背徳感と一体になった不思議な読書体験が味わえます。また、章立て自体が患者の受けるセッションごとに区切られている比較的短いものであるため、次はどうなるんだろうとページをめくる手がとまらなくなります。
本書を執筆したのは、サンフランシスコ在住の作家、コンピュータ・プログラマのエレン・ウルマン。彼女は1980年代から90年代初頭にかけてのコンピュータ業界を描いたノンフィクションClose to the Machine: Technophilia and its Discontents(1997)でデビューし、2003年にはプログラマが主人公のフィクションThe Bugを上梓します。この作品は『ニューヨーク・タイムズ』で注目作として取り上げられ、PEN/ヘミングウェイ賞の候補にもなりました。本書『血の探求』By Bloodは三作めにあたり、『ニューヨーク・タイムズ』の〈2012年の注目すべき100冊〉(100 Notable Books of 2012)の一冊に選出されています。
とにかく一風変わったミステリである『血の探求』は、そのタイトル通り、血がその人間を形成するのか、アイデンティティとはなにかということを問いかける、文芸色の濃い作品でもあります。そしてラストには、“私”と“患者”と“精神分析医”がたどり着いた「血の探求」の驚愕の真相が待ち受けています。唖然とすること間違いなし! ですので、ぜひお手に取ってみてください。
『血の探求』は1月11日ごろ発売です。どうぞお楽しみに。
(2014年1月8日)
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