手引きとして参照していただきたいと思うのである。
松本清張が頭角を現した1957年から、綾辻行人の登場した1987年まで、
約30年間に書かれた名作・傑作を紹介する珠玉のブックガイド。
(08年12月刊『本格ミステリ・フラッシュバック』キイ・ライブラリー)
千街晶之 akiyuki SENGAI
今まで私が関わったブックガイド系の仕事を思い返すと、『怪奇幻想ミステリ150選』(原書房)は別として、『ニューウェイヴ・ミステリ読本』(原書房)にせよ、探偵小説研究会の一員として参加した『本格ミステリ・ベスト100 1975-1994』や『本格ミステリ・クロニクル300』(原書房)にせよ、どれも自分にとっての「同時代性」というものと切っても切れない関係が存在していた気がする。つまり、1987年にスタートした「新本格」を、私は最初からリアルタイムで読んでおり、それがどのように受容されてきたかといった時代の空気も実感してきたつもりなので、そのことをひとつの強みとして執筆することが出来た面はあったと思うのである。
しかし、『本格ミステリ・フラッシュバック』の場合は、1957年から87年という、私が生まれる以前から、ようやくミステリマニアになりかけの頃までのミステリを紹介するという作業であるため、少なくとも80年代前半までに発表された作品の多くは、あとになって読んだものばかりである。そのあたりの事情は、他の六人の執筆者も似たりよったりに違いない(57年当時に生まれていた執筆者はいない)。
これはもしかすると、リアルタイムの空気を知らないという弱みであるのかも知れない。しかし逆に、当時の評価に関する実感がないからこそ、現在なりの視点で過去の作品を再評価出来た――という強みにもなり得たと思うのだ。「この時期にどんな作品があったのか」という探究心も、実感としては知り得ぬ過去を少しでも知りたいという思いから出てきたのだし、当時の評価は評価として尊重しつつ「いま読んで純粋に面白いかどうか」を基準にしたかったというのも、たぶん執筆者全員に共通の思いだろう。従って、リアルタイムでこの時代のミステリをずっと読んできた読者からすると「その評価はちょっとどうか」と言いたくなるところもあるやも知れないが、そのあたりはどうか、後の世代ならではの怖いもの知らずぶりとしてご容赦願えればと……。それと、執筆者個々人によって「どこまでが本格か」という範囲は微妙に異なるけれど、ここでは「こういう読み方をすれば本格としての鑑賞も可能」といったふうに、やや広めに範囲をとっていることもお断りしておきたい。
あと一言。『本格ミステリ・フラッシュバック』は、近年の一連の本格論争が始まる前から雑誌に掲載されていたものだが、論争を経ることで「そもそも本格に対する定義やイメージは個々人によってバラバラであり、ジャンルに関する共通了解があったつもりが、実は一種の共同幻想としてしか存在していなかった」ということが暴かれてしまった現在、もし共通了解を再構築するのであれば、一冊でも多く過去の実作に目を通す必要があることは間違いない。その意味でも、このブックガイドはひとりでも多くの本格ファンに、手引きとして参照していただきたいと思うのである。もちろん、そういった難しいことなど抜きに、自分が読みたい本を見つけ出すために楽しく活用していただくのが、私としては一番嬉しいのだけれど。
■ 千街晶之(せんがい・あきゆき)
1970年北海道生まれ。立教大学卒。95年「終わらない伝言ゲーム――ゴシック・ミステリの系譜」で第2回創元推理評論賞を受賞しデビュー。〈週刊文春〉をはじめ各誌で活躍。2004年『水面の星座 水底の宝石』で第4回本格ミステリ大賞、第57回日本推理作家協会賞をW受賞。『本格ミステリ・フラッシュバック』は、著者を含めた7名の執筆陣による、〈ミステリーズ!〉の人気連載を大幅改稿・増補した珠玉のブックガイドである。