これまで私が局面ごとに考えてきたことが、地層のように折り重なった小説となりました。
宮内悠介 yusuke MIYAUCHI
『エクソダス症候群』は私のはじめての長編小説となります。
話の原型を作ったのは、私が二十三歳のころでした。当時、私は本を読みながら働ける場所がないかと考え、学生街のゲームセンターに勤めておりました。それは閉店直前のさびれた店で、ゲームの筐体は汚く、ボタンが効かないこともざらで、しかしとにかく安く時間が潰せるということで、事情を感じさせる老若男女が集い、ろくに交換もされない灰皿の横で、何世代か前のゲームに興じていました。
時給は八百円。
よい点があったとすれば、陽当たりのいいソファがあったこと。客の少ない日は同僚とソファに並び、気怠く本や映画、音楽の話などに興じていました。金はないかわりに、考える時間と、貴重な友人、そして無根拠な自信ばかりがありました。
この小説の”種”が生まれたのは、そのゲームセンターの一角でした。
店の掃除の際などに、手を止めて外の通りを見下ろしながら、
”自分のこの世界を正しく認識できているのか?”
”人間の「正気」とは何か?”
と、熱に浮かされたように自問し、資料を読みあさり――そして、次々に溢れ出る妄想を、大学ノートに書き溜めていったのでした。
それから十三年が経ちました。
いま、かつての自信は影を潜めつつも、あのとき本当は何を書きたかったのか、少しわかってきたような気がします。考えが変わった点もありますし、また精神医学そのものも発達し、アップデートされています。逆に、精神科における多剤大量処方といった問題も、いまほどには知られていなかった気もします。
ですから、『エクソダス症候群』は、これまで私が局面ごとに考えてきたことが、地層のように折り重なった小説となりました。最古層などは、いま見ると面映ゆく、それでいて少し眩しかったりもします。
主題はメンタルヘルス。もっと大きく出るならば、人間精神です。舞台は未来、それも火星という遠い惑星の話ではありますが、登場する人物たちは、わたしたちの隣人であると考えています。
いま現在の持てる力を注ぎましたので、どうか、よろしくお願い致します。
(2015年7月)
■ 宮内悠介(みやうち・ゆうすけ)
1979年東京生まれ。92年までニューヨーク在住、早稲田大学第1文学部卒。在学中はワセダミステリクラブに所属。囲碁を題材とした「盤上の夜」を第1回創元SF短編賞に投じ、受賞は逸したものの選考委員特別賞たる山田正紀賞を贈られ、同作は創元SF文庫より刊行された秀作選アンソロジー『原色の想像力』に収録されデビュー。また同作を表題とする『盤上の夜』は第一作品集ながら第147回直木賞候補となり、第33回日本SF大賞を受賞。またこの書籍収録段階で短編「盤上の夜」が第44回星雲賞日本短編部門の参考候補作となった。さらに第二作品集『ヨハネスブルグの天使たち』も第149回直木賞候補となり、第34回日本SF大賞特別賞を受賞した。2013年、第6回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞。
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