第10回創元推理短編賞受賞作家のシリーズ最新短編集
(06年4月刊『インディゴの夜/チョコレートビースト』)
加藤実秋 miaki KATOH
「なんでホストクラブって店も従業員もワンパターンなの? もっといろんなタイプがあってもいいじゃない」
というのは昨年刊行した私のデビュー作『インディゴの夜』表題作の一節、ヒロイン・晶の台詞だ。私がこの作品を書いたのも、全く同じことを考えていたからだ。クラブやカフェのようなインテリアで、パーカーにジーンズ、スニーカー姿の男の子たちが出迎えてくれるホストクラブ。しかし私には現実に店を経営する技量も資金もないので、小説に書いてみた。それが新人賞を受賞し、シリーズ化されて単行本となり、今回はその続編まで上梓することができた。できることならこれからもこの一風変わった店で働く、どこにでもいそうな若者たちの奮闘ぶりを書いていきたいと思っている。
今回、原稿を書くにあたり担当の編集さんと話したのは「前作でできた宿題に一つ一つ答えを出していこう」ということだ。真っ先に浮かんだのが「返報者」で、歌舞伎町のカリスマホスト・空也へ恩返しをする話だ。ちなみに私は一度もホストクラブに行ったことがない。一時期ホストクラブ通いにはまった知人(なぜか男性)と、短期間だがホストをやっていた中学時代の同級生から少しだけ話を聞き、あとは全て想像で書いている。
次に取りかかったのが「マイノリティ/マジョリティ」で、メインキャラクターの中でまだ主役になったことのない人物・塩谷をフィーチャーした。作中に雑誌づくりの現場が登場するため、某社の担当編集さんにお願いして彼の会社で発行している有名女性ファッション誌の編集部を見学させていただいた。その際、彼のロッカーの中も「見ますか? いいですよ」と申し出てくれたので覗かせてもらったのだが、雑然とした空間の片隅にブサかわいいカッパのぬいぐるみとともに、『照英』の写真集らしきものが押し込まれているのを発見してしまった時の衝撃は筆舌に尽くし難い。20代独身男子のロッカーに元モデル、現・体育会系肉体派タレントの写真集……まあそれはそれとして、お陰で編集部の様子など納得のいくかたちで書き込むことができたと思う。
表題作の「チョコレートビースト」には、オカマの実業家・なぎさママの愛犬43万円(本名=まりん)が登場するのだが、この犬にはモデルがいる。私の自宅近くのとある家で飼われているトイプードルだ。こいつがもうとてつもなくうるさい。私がその家の前を通るとドア越しに、私は君の親の敵か? 前世で何か因縁関係が? と思うほど吠える。しかも小型犬特有の甲高い、循環器系直撃の声。普段は吠えられることがわかっているので用心して通るのだが、ゴミ出しのために早朝半分寝ながら歩いている時などは心臓が止まりそうに、というより「今ので間違いなく10秒は寿命が縮まった」と確信できるほどの破壊力だ。なので憂さ晴らしをしてやろうとモデルにしたのだが、元来犬好きで子どもの頃は飼っていたこともあるので、物語の中とはいえそうそうひどい目には遭わせられない。その結果、現在のところモデル以上にやりたい放題、ヒロインを翻弄しまくっている。
そして4話目が「真夜中のダーリン」。実はこれ、前作の最終話として書く予定だった。当時の担当編集さんに「泣ける話にしましょう」と言われ、具体的なアイデアなども提案してもらったのだが、どうしてもイメージが湧かず別の話を書くことになった。しかし今回最終話でホストコンテストをテーマにすると決めた際、急にその時のやり取りが頭に浮かび、「今ならあのアイデアを活かせるかも知れない」と思い立った。実際にこの話を読んで泣く人がいるかどうかは定かではないが、前作で出された(出したのも自分なのだが)一番大きく難しい宿題に取り組むことはできた。
「あとがき代わりに何か」という依頼を受け、思うままにつらつらと書いてしまった。しかし小説以外の文章をである調で書くのは難しい。なんか偉そう。まあとにかく無事に2冊目の本を刊行できたことは嬉しく、大勢の人に読んでもらえればなお嬉しく、読むかどうかはわかんないけど、取りあえず本屋で手に取ってみようかなと思ってもらえるだけでも光栄です。
■ 加藤実秋(かとう・みあき)
作家。1966年東京都生まれ。2003年、「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞しデビュー。受賞作はシリーズ化され、『インディゴの夜』にまとめられた。2006年4月刊の『チョコレートビースト』は〈インディゴの夜〉シリーズ待望の最新作品集である。
推理小説の専門出版社|東京創元社