児童文学の新鋭が、人形作家の父と日々成長する娘の姿を優しく綴る。
07年2月刊『ハルさん』
藤野恵美 megumi FUJINO
私は児童文学というジャンルで、少年を主人公とした怪盗物を書いているのですが、あるとき、その作品についての感想が書かれた一通のメールが届きました。
基本的に、感想のお手紙などは有り難く読むものの、時間の都合上、返事を書くことは控えています。しかし、その感想のメールは非常に読みが深く、ミステリに対するセンスの良さが光り、鋭く作品の本質に迫っていて見過ごすことができず、思わずメールを返信をしたのです。
すると、再びその「三十を過ぎた男性読者」さんからメールが来て、そこにはこんな文面がありました。
「自己紹介が遅れて失礼致しましたが、いちおう申し述べますと、わたくし、東京創元社という出版社で編集をしております」
…………東京創元社って! うちの書棚には創元SF文庫や創元推理文庫がいっぱい並んでいますよ!
そんなきっかけから、この『ハルさん』という作品は書かれたのでした。
さて、児童文学を書く場合ですと、対象となる読者は子供であると最初から決まっています。たとえば「小学四年生の女の子が楽しく読めるようなお話を」という感じで、かなり細かく読み手を限定された依頼を受けて、そのグレード(学年)に合わせて書くのがプロとしての腕の見せ所だったりします。書店の児童書コーナーでは学年別で棚に陳列しているところもありますし、読者も手に取りやすいのでしょう。
そして、作品の主人公は読者に近い存在であるほうが子供たちが感情移入して読みやすいと思うので、今まで書いてきた本の主人公は読者層と同じくらいの年齢にすることが多かったのでした。
(しかし私自身が小学生の頃に読んでお気に入りだった本の登場人物は、アルセーヌ・ルパンであったり、ホームズとワトソン、ドリトル先生、スプーンおばさん、こまったさん、ぽっぺん先生、エヌ氏、きっちょむさん、ロビンソン・クルーソーなどなど……いい年をした大人たちだったのですが、それはまた別の話)
今回の作品は「読者層などは気にせず自由に御構想ください」との依頼でした。
そこで、児童文学ではあまり書く機会のない「大人」を主人公にして、「親」の立場の物語を書いてみました。
ミステリ・フロンティアは「下は小学生から、上は八十代まで。老若男女を問わず、幅広い読者がいます」ということですので、一体、どんな人が『ハルさん』を手にとってくれるのだろうか、と楽しみにしております。
編集者注:「三十を過ぎた男性読者」のひとりごと
そうですよね、思い出しましたが、最初は仕事のことはほとんど念頭になく、ファンレターみたいな感じでメールをお送りしたんですよね……。ふだん児童書は手に取らないぼくが藤野さんの本を手に取ったのは本当に偶然でしたが、著者紹介で法月綸太郎さんに、あとがきでは井上ほのかさんに触れていらして、「おお、同好の士」と嬉しくなって〈怪盗ファントム&ダークネス〉のシリーズを買い求めたのでした。実際に仕事をすることができて、嬉しかったです。
■ 藤野恵美(ふじの・めぐみ)
1978年大阪府生まれ。2003年、第20回福島正実記念SF童話賞に佳作入選。翌04年に『ねこまた妖怪伝』で第2回ジュニア冒険小説大賞を受賞してデビューする。アメリカで翻訳出版されている現時点での代表作〈怪盗ファントム&ダークネス〉シリーズのような躍動的なエンタテインメントから、心理描写をメインとした『ゲームの魔法』のような端整な作品までを書き分け、児童文学界で注目を浴びている俊英。著作は他に『紫鳳伝 王殺しの刀』『七時間目の怪談授業』『七時間目の占い入門』『妖怪サーカス団がやってくる!』など。