■『王国は誰のもの』刊行記念特別掲載
安萬純一「なりたて殺人事件」
「やあ鹿堀君、このたびは栄(は)えあるWEB版ミステリーズ限定ミステリ講座へようこそ」
「は? 一体どうしちゃったんですかアマンさん」
「今回は三回めということで、新たな探偵像について考えてみたい」
「これまではそういうノリじゃなかったですよね」
「もうあらゆるタイプの探偵が出尽くした感がある。胎児から老人、助産師から葬儀屋、政治家から占い師までのありとあらゆる職業、幽霊に妖怪に宇宙人、動植物はもちろん化粧品に化学調味料、スマホに白物家電、ブランド・バッグに刀剣買います。私はこれは訳したくなかった。ああ訳さなくてよかった。間違い探し復活祈願。レイコさんにはお部屋があるんですね。わたしは廊下で書いてます。――この上新たな探偵を作り出すことはもはや不可能なようにみえる」
「植物からあとのは、少なくとも探偵やってるところは見たことありませんが」
「近頃じゃホームズですら、操り人形とか看板やバッジが演じる始末だ」
「人形劇は知ってますけど看板やバッジ? レッテルで探偵をやるなっていう意味ですか……ああカンバーバッチ」
「しかしながら、アニメの犬のホームズがそうだったけど、その属性を有効に使っていないものが多いんだよ。犬のホームズは嗅覚を使うでもなし、なんのための犬化だったのか最後までわからなかった」
「そうですね」
「たとえば君を編集者探偵にしたとする。その場合、謎の解決にあくまで編集者としての属性を活かして欲しいわけだよ。アシモフの『鋼鉄都市』でロボット三原則が解決の鍵になっていたみたいにね」
「しかし編集者である属性というと?」
「たとえば、被害者である作家が『ママ』と書き残して死んでいたとしよう。刑事が『この人は生前、自分の母親のことをおかあさんと呼んでいたそうですが。これはどうしてなんでしょう』などと悩んでいるところに君が呼ばれもしないのに颯爽と現れ、『これは校正で指摘された箇所をそのままにして欲しくて書き残したのです』と指摘する」
「なるほど。それで真相は」
「その作家はもともと『母親が』という書き方をしていたんだが、一度校正者から『この部分、ママでいいですか』と書き込まれたのを勘違いして、以来、母親と書くところをすべてママに変えてしまった」
「??? それで事件の犯人は」
「事件の方は某鮎川賞作家が嫉妬のあまりドイル像でぶん殴ったとでもすればいい。あれは硬いからね。それより僕がいいたいのは、特異な探偵を作るだけじゃなく、ちゃんとその属性を事件の解決に絡(から)めなきゃならないということだよ」
「いまので絡めてあるというんですか」
「あら、文句あるのかい。じゃあもっといい、とっておきのやつをもうひとつ。これは池のほとりが舞台なんだが、便宜上、探偵はカメ、被害者はミズスマシとでもしておこうか」
「ミズスマシってとっさに形が浮かびませんが」
「僕もだよ。水に棲んでる虫ならなんでもいいよ。そしてもうひとり被害者がいる。これはなんと、陸の住人であるカゲロウ君だ」
「なんでカゲロウだけ君がつくんですか。それはともかく、同一犯なんですよね」
「もちろん。そこでカメの探偵は考える。水辺に近づいていないはずのカゲロウ君が殺されたとなると、犯人は水陸どちらもいけるやつだ。もちろんカメである自分もそうだ。あとはカニあたりが怪しい容疑者だね」
「なるほど。それでどうなりますか」
「捜査の結果、カニはちょうどそのとき脱皮の最中だったことでアリバイが成立する。体がぷにぷにじゃ誰も殺せないからね。犯人はまず水中でミズスマシを殺し、あとで陸に上がってカゲロウ君を殺した。つまりちょうどその時期にオタマジャクシからカエルになったおまえだ。カエルのミシェル! となる。同じように変態するトンボや蚊も疑われるんだが、彼らはパワー・バランス的にいって殺害は無理だという結論に達する。
一方、人間の世界では、学校の授業中に殺された人がいて、容疑者はその時間にさぼっていた生徒か、その時間に受け持ち授業がなかった先生の誰かだとなる。ところが半年後に真相が判明して、そのころ教育実習で学校に来ていた人、ほら、教育実習生なんて、その期間が過ぎたらすっかり忘れちゃうだろ、そのせいで容疑を逃れていた人物、教師になりたてのおまえだ。ジャン・ポール先生! となる」
「フランス系っていうのはどちらもおかしくないですか」
「動物の事件だけじゃ殺人ってことにならないから、ふたつの事件をシンクロさせながら物語は交互に進む。かたや水辺の食物連鎖の問題、かたや教育現場における労働時間の問題を絡める。どうだろう。シャカイ派としてもいい作品になりそうじゃない。いつも図工(物理トリック)と体育(血みどろアクション)だから」
「物理トリックは理科でしょう」
「括弧の中は君には聞こえてないんだけど」
「カエルと教育実習生のシンクロねえ。ボツになるんじゃないですか」
「これほどのオリジナリティでそれはないだろ。……ふうむ、よしよし、タイトルもいつになくすんなり浮かんできた。『なりたて殺人事件』。これでいこう」
「ほぼネタバレなタイトルですね」
(了)
■ 安萬純一(あまん・じゅんいち)
1964年東京都生まれ。東京歯科大卒。2010年、『ボディ・メッセージ』で第20回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。著作はほかに『ガラスのターゲット』『ポケットに地球儀』がある。
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安萬純一「なりたて殺人事件」
「やあ鹿堀君、このたびは栄(は)えあるWEB版ミステリーズ限定ミステリ講座へようこそ」
「は? 一体どうしちゃったんですかアマンさん」
「今回は三回めということで、新たな探偵像について考えてみたい」
「これまではそういうノリじゃなかったですよね」
「もうあらゆるタイプの探偵が出尽くした感がある。胎児から老人、助産師から葬儀屋、政治家から占い師までのありとあらゆる職業、幽霊に妖怪に宇宙人、動植物はもちろん化粧品に化学調味料、スマホに白物家電、ブランド・バッグに刀剣買います。私はこれは訳したくなかった。ああ訳さなくてよかった。間違い探し復活祈願。レイコさんにはお部屋があるんですね。わたしは廊下で書いてます。――この上新たな探偵を作り出すことはもはや不可能なようにみえる」
「植物からあとのは、少なくとも探偵やってるところは見たことありませんが」
「近頃じゃホームズですら、操り人形とか看板やバッジが演じる始末だ」
「人形劇は知ってますけど看板やバッジ? レッテルで探偵をやるなっていう意味ですか……ああカンバーバッチ」
「しかしながら、アニメの犬のホームズがそうだったけど、その属性を有効に使っていないものが多いんだよ。犬のホームズは嗅覚を使うでもなし、なんのための犬化だったのか最後までわからなかった」
「そうですね」
「たとえば君を編集者探偵にしたとする。その場合、謎の解決にあくまで編集者としての属性を活かして欲しいわけだよ。アシモフの『鋼鉄都市』でロボット三原則が解決の鍵になっていたみたいにね」
「しかし編集者である属性というと?」
「たとえば、被害者である作家が『ママ』と書き残して死んでいたとしよう。刑事が『この人は生前、自分の母親のことをおかあさんと呼んでいたそうですが。これはどうしてなんでしょう』などと悩んでいるところに君が呼ばれもしないのに颯爽と現れ、『これは校正で指摘された箇所をそのままにして欲しくて書き残したのです』と指摘する」
「なるほど。それで真相は」
「その作家はもともと『母親が』という書き方をしていたんだが、一度校正者から『この部分、ママでいいですか』と書き込まれたのを勘違いして、以来、母親と書くところをすべてママに変えてしまった」
「??? それで事件の犯人は」
「事件の方は某鮎川賞作家が嫉妬のあまりドイル像でぶん殴ったとでもすればいい。あれは硬いからね。それより僕がいいたいのは、特異な探偵を作るだけじゃなく、ちゃんとその属性を事件の解決に絡(から)めなきゃならないということだよ」
「いまので絡めてあるというんですか」
「あら、文句あるのかい。じゃあもっといい、とっておきのやつをもうひとつ。これは池のほとりが舞台なんだが、便宜上、探偵はカメ、被害者はミズスマシとでもしておこうか」
「ミズスマシってとっさに形が浮かびませんが」
「僕もだよ。水に棲んでる虫ならなんでもいいよ。そしてもうひとり被害者がいる。これはなんと、陸の住人であるカゲロウ君だ」
「なんでカゲロウだけ君がつくんですか。それはともかく、同一犯なんですよね」
「もちろん。そこでカメの探偵は考える。水辺に近づいていないはずのカゲロウ君が殺されたとなると、犯人は水陸どちらもいけるやつだ。もちろんカメである自分もそうだ。あとはカニあたりが怪しい容疑者だね」
「なるほど。それでどうなりますか」
「捜査の結果、カニはちょうどそのとき脱皮の最中だったことでアリバイが成立する。体がぷにぷにじゃ誰も殺せないからね。犯人はまず水中でミズスマシを殺し、あとで陸に上がってカゲロウ君を殺した。つまりちょうどその時期にオタマジャクシからカエルになったおまえだ。カエルのミシェル! となる。同じように変態するトンボや蚊も疑われるんだが、彼らはパワー・バランス的にいって殺害は無理だという結論に達する。
一方、人間の世界では、学校の授業中に殺された人がいて、容疑者はその時間にさぼっていた生徒か、その時間に受け持ち授業がなかった先生の誰かだとなる。ところが半年後に真相が判明して、そのころ教育実習で学校に来ていた人、ほら、教育実習生なんて、その期間が過ぎたらすっかり忘れちゃうだろ、そのせいで容疑を逃れていた人物、教師になりたてのおまえだ。ジャン・ポール先生! となる」
「フランス系っていうのはどちらもおかしくないですか」
「動物の事件だけじゃ殺人ってことにならないから、ふたつの事件をシンクロさせながら物語は交互に進む。かたや水辺の食物連鎖の問題、かたや教育現場における労働時間の問題を絡める。どうだろう。シャカイ派としてもいい作品になりそうじゃない。いつも図工(物理トリック)と体育(血みどろアクション)だから」
「物理トリックは理科でしょう」
「括弧の中は君には聞こえてないんだけど」
「カエルと教育実習生のシンクロねえ。ボツになるんじゃないですか」
「これほどのオリジナリティでそれはないだろ。……ふうむ、よしよし、タイトルもいつになくすんなり浮かんできた。『なりたて殺人事件』。これでいこう」
「ほぼネタバレなタイトルですね」
(了)
(2015年11月5日)
■ 安萬純一(あまん・じゅんいち)
1964年東京都生まれ。東京歯科大卒。2010年、『ボディ・メッセージ』で第20回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。著作はほかに『ガラスのターゲット』『ポケットに地球儀』がある。
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