「お前がいるから、真実を追える」
支え合い事件に挑む、最高の男女刑事コンビ登場!

安達眞弓 Mayumi Adachi


悪い夢さえ見なければ
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 アメリカは東海岸になら何度か足を運んだことがありましたが、実は西海岸に行ったことがありません。ですから本作の原書を初めて読んだとき、どうしてもロングビーチという街が頭にうまくイメージできずにいました。Googleマップで作中登場する建物や道、店を検索しては印をつけ、ストリートビューで確認――という作業を繰り返し、シリーズ4作目を読み終えた今、“マイマップ”のロングビーチ周辺地図には100を超えるマークがついています。

 自分の目で見てきた人に話を聞けば参考になるかもしれないと、ロサンゼルス駐在歴数年、カリフォルニアのことならまかしとけ! と豪語する知人に「じゃあさ、ロングビーチってどんなところだった?」と訊いてみました。すると、

「(あいまいな笑顔)いいところだよ~、海がきれいで(目が泳いでいる)」

 それじゃ納得が行かない! ほかになにかコメントはないのかと問い詰めたところ、すぐ隣にあるからほとんどロスと変わらない、ほぼロス。印象に残るのは海ぐらい――とのこと。

 たしかに彼のいうとおり、ロングビーチ市はロサンゼルス市と境を接し、どちらもロサンゼルス郡(County)にある市(City)。かなり強引なたとえ方をすると、ロサンゼルス市が“東京23区”だとしたら、さながらロングビーチは“都下”みたいな位置関係です。そうか! と、国内外のテレビドラマに目がないわたしは、ぽんと手を打ちました。

『ゴンゾウ』だ!

『ゴンゾウ 伝説の刑事』とは、2008年にテレビ朝日系列で放映された警察ドラマです。舞台は吉祥寺、井の頭署という架空の警察署の管内で起こった殺人事件が二転三転し……。テイストもなんとなく本作と似ています……おっと、脇道に逸れるのもいい加減にしないと。

 で、本題。〈ロングビーチ市警殺人課〉は、2017年1月時点、本国アメリカで4冊が刊行されている警察小説シリーズです。〈ここだけのあとがき〉に書く機会をいただいたので、ここでちょっと〈ロングビーチ市警殺人課〉シリーズの概要をネタバレ全面排除で書いてみようかと思います。

 物語の語り手は、パトロール警官を経て殺人課に配属され、数年が経過したダニー・ベケット刑事。シリーズ第1作は、ロングビーチ市内のハイスクールで女性教師が殺されたところからはじまります。被害者のベスことエリザベス・ウィリアムズは「女子ならベスのようになりたいと思い、男子なら一度お願いしたいと思うような」人気教師だというのに、憎悪をむき出しにしたような残虐な手口で殺されていました。そこに疑問を抱いたダニーたちはベスの私生活を調べますが、人から恨みを買うようなエピソードが見つかりません。元空軍大佐の父親は厳格でちょっと威圧的、母親はそんな夫に付き従うタイプ。妹のレイチェルはロングビーチ市で姉とは別の暮らしを営んでいます。

 ダニーはベスの顔に見覚えがあるのですが、さて、どこで知りあったのか。近所でもあることだし、買い物の途中でよくすれ違っただけにしては記憶にちゃんと刻まれている……。ただ、今の彼には過去の自分と向きあうことができない事情があります。その事情は第1作の大きなテーマのひとつでもあり、丁寧に、丁寧に描かれます。

 舞台は警察の殺人課、毎回誰かが殺され、ダニーたち殺人課が捜査に乗り出すわけですが、注目すべきは、誰が犯人か? 以上に、事件をきっかけに展開される、被害者、加害者、そして殺人課のメンバーの人間ドラマです。昨年8月にアメリカで発売された第4作Come Twilight『悪い夢さえ見なければ』から5年が経過し、失意のどん底にあったダニーも本来の自分を取り戻しつつあります。ダニーと捜査でパートナーを組んでいるジェン、コンピュータのエキスパート、パットにも変化が訪れます。第3作以降は新しいキャラクターも複数登場し、ワンパターンにおちいらない工夫がなされています。

 事件は1冊ごとに完結し、クリフハンガー(ストーリーがクライマックスを迎えたところで終了して、結論が次の作品に持ち込まれること)もなく、シリーズの途中から読んだらわけがわからんぞ、ということもありません。以前登場したキャラクターや事件が再登場すると、地の文や会話でいきさつを簡単に説明してくれる親切設計。とはいえ人間関係がシリーズ全体でゆるく結びついているため、第1作から通して読めばシリーズとして面白みが俄然増すのは間違いありません。

 訳者として興味を持ったのは、著者タイラー・ディルツの独特なキャラクター造形です。主要キャラクターで人種が特定されているのは日系人のジェンとヒスパニックのルイス警部補だけ。ダニーの一人称視点で描かれているとはいえ、人種のほか、髪の色、肌の色、背の高さ、体型など、彼の外見については何ひとつわかりません。パットもコンピュータに詳しい若手である以外、著者は何の手がかりも提示していません。それはつまり、読者が想像の翼を広げる余地が十分にあるということ。超イケメンも、うらぶれたおっさんも、なんでもあり。自分なりのダニー像、パット像を考えながら読み、読後にみんなでワイワイ語り合うのも楽しくありませんか?

 そして! 新年早々大ニュースが飛び込んできました。前述したシリーズ第4作Come Twilightが、2017年エドガー賞最優秀ペーパーバック・オリジナル賞候補に選ばれたのです。ちなみに東京創元社から同じく2月に刊行されるゴードン・マカルパイン『青鉛筆の女』は2016年の同賞候補作。奇しくも同じ賞、同じ部門の候補作が立て続けに紹介されることになったわけです。最優秀賞の発表は4月27日(日本時間では28日の午前中からお昼にかけて)、さて、どうなるでしょうか。結果が楽しみです。

 ロングビーチ市を舞台にくり広げられるど真ん中正統派の警察小説。1日の終わり、お気に入りの飲みものを片手に、しみじみとした人間ドラマに浸ってみませんか。

(2017年2月)

安達眞弓(あだち・まゆみ)
外資系企業での社内翻訳者を経てフリーの翻訳者となる。訳書にシュナイアー『暗号技術大全』、デイリー『閉ざされた庭で』、アフォード『闇と静謐』など。


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