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イラストが結構多く入っており、平均すると七、八ページに一枚の割合。どこにもイラストレーター名は表記されていないが、挿画それぞれに「H・F」とイニシャルが入っている。著者名が「福井大記(ふくい・ひろき)」なので、著者自身が描いたものという可能性が極めて高い。
ただこのイラスト、お世辞にも上手いとは言えない出来。アトランティスの神殿へとヘリコプターが近付いていくシーンのものなど、手前にあるヘリコプターが真上から見た形に描かれており、明らかにアングルがおかしい。終盤、地面から猛烈に噴き出した水で女性カメラマンの身体が空中に浮いてしまっているシーンに至っては、申し訳ないが笑ってしまった。著者は自分の頭の中にあるイメージをダイレクトに伝えたかったのかもしれないが、これだったら入れなかったほうが良かったのでは……と思ってしまった次第。
奥付の著者略歴を見ると、日本航空の名古屋支店に勤めている(当時)という人物。前半、最初にアトランティスを見つけるのが飛行機の機長なのは、作者の職業ゆえだろう。著者略歴に住所まで書いてしまうあたり、完全にアマチュアですな。色々と探してはみたけれど、本書以外の著作は見当たらなかった。但し自費出版だったりするとアンテナに引っかかりにくいので、絶対にナイとは言い切れない。
版元のエフエー出版は、本書以外にも名古屋関係の本をたくさん出している。
『SF奇書天外』刊行後に存在を知った名古屋SFはまだある。水野宏『命の尽きる日』(六法出版社/一九九八年)だ。版元は東京だが、作者は名古屋の医師だし、ストーリーの主な舞台も名古屋なのだ。
本が届き、さっそく読んでみる。
西暦二〇八九年、都道府県制度は廃止されており、日本は十ほどの「州」に分けられていた。名古屋があるのは「東海州」。
一九五八年生まれの唐津啓介は、百三十一歳。彼はいま「ディスク プレーン」(円盤状飛行体)に乗って伊勢湾上空を飛び、死のうとしていた。なぜ彼は、死に向かわねばならなかったのか。
唐津は、東海州にある名邦大学の特任教授。蛍の光源物質の合成に成功し、新しい発光体を開発した。
そんな彼は、「ナヴィトレッキング」という未来の山歩き(伸縮自在のアーム式手肢を装着し、それを使って設定したコースを進む)中、テント内で不可思議な幻想と金縛りに襲われた。
唐津には妻がいたが、四度目の結婚生活で、「契約結婚」だった。その妻から、来年の期限で結婚を解消したいと言われる。妻はアメリカにある摩天楼都市「スカイポール」へ行って働きたいと考えていたのだ。
やがて彼は、寝ていると山中と同じ夢と金縛りに襲われるようになった。彼は十六年前、実験中の爆発で頭部に損傷を受け、脳移植を受けたのである。
彼は密かに調査を行い、脳の提供者を調べ上げた。それは列車にはねられて死亡した、田村一樹という薬剤師だった。唐津を悩ませていた幻覚は、ドナーの脳が記憶していた死の瞬間だったのである。
これを解消するには、ひとつしか方法はなかった。死である。
唐津は飛行体に乗り、死へと向かって飛び立った。その後、妻からメールが届いていた。スカイポールで、暴動が起こったというものだった……。
「死」を真正面から取り上げたSFである。ただ、序盤で唐津が通勤するシーンは地元の未来図を説明するためのものでしかないし、外交官をしている旧友と出会って話し合うくだりも何かの伏線かと思ったら、社会情勢を話題にさせるためだけのものだった。ラストの暴動も、ちょっと唐突。しかしその描写方法がやや拙いとはいえ、作中の未来像はなかなか面白い。日本国に「州」制度を導入すべき、というのも、作者の信念らしい。
作者の他の著作について詳しく調べていたら、『白衣の蟻たち』(ホメオシス/二〇〇八年)という本を最近出していることに気がついた。この作品、タイトルに「近未来小説 医療崩壊と再生」とツノ書きが付されているではありませんか!
物語は、二〇一二年四月一日から始まる。本の発行が二〇〇八年四月なので、四年だけ近未来だ。舞台も名古屋界隈。主人公は六十四歳になる医師、有田達志。彼は仲間の医師二人とともに、クリニックを共同経営していた。いまは宅診(未来の用語で、予約に基づいて訪問診察をすることだそうだ)を一巡しての帰途だった。彼は広場のベンチに腰を下ろし、「俺は職業の選択を誤ったようだ」と心の中で呟きつつ、昔に思いを馳せるのだった……と、たった三ページで過去の話になってしまう。未来らしい描写は「宅診」という用語のみ。そりゃないよ。
それでも、いつかは話が未来に追いつくだろうと、有田の大学医局時代(一九七〇年代)から読み進んでいく。大学病院では医局長にまでなったが、九〇年代に内科部長として名古屋市南部の病院に赴任。そして二〇〇五年、奥三河の地方病院に移る。そこは医師不足のため、地域医療が崩壊しかけていた……と、過去パートで全ページ数の七割が経過。
その地方病院を辞めたのが、二〇〇九年。ようやっと未来(当時)だ。有田は合同クリニックを開業。宅診のほか、モバイル診察(ナースが訪問診察してセンターに交信、ドクターは画像を見ながら患者とやりとりする)も行う。やれやれ、ちょっとだけSFっぽいぞ。もう実現可能だとは思うけど(法制度はともかく)。しかし日本の医療制度が袋小路に行き詰っているのだということが解説されるが、根本的な解決策は提示されないまま終わってしまう。もうちょっと未来まで描いて、有田の発案に基づく改善方法が日本全体に普及していく……という話を予測していたのですが、肩透かし。全体に、確かに問題提起にはなっているけれども、SFに設定したからにはそこをもっと生かして欲しかった。これなら、『命の尽きる日』の方がよっぽどSFだった。
作者・水野宏は奥付の著者略歴によると名古屋市立大学医学部出身で、愛知がんセンター第一内科医長、シカゴ大学消化器内科助教授などを経て、水野宏胃腸科を開業。母校で臨床教授をしていたこともあるらしい。医療の現場に詳しいわけです。
前掲書の他に『進む迷いと戻る迷い』(文芸社/二〇〇〇年)、『健康いろはかるた』(健友社/二〇〇二年)、『医者の診た日本国の処方箋』(碧天舎/二〇〇四年)、の著書がある。うち『進む迷いと戻る迷い』には、『命の尽きる日』がまるっと再録されているらしい。
……以上紹介してきた以外にも名古屋SFの奇書としては、『SF奇書天外』で紹介した中澤天童『名古屋遷都理論』などがある。
ちなみに「奇書」でない、真っ当な名古屋SFなら、それこそ『アトランティス名古屋に帰る』を譲ってくれた高井信氏が『名古屋1997』(一九八七年)を書いているし、第二回小松左京賞を受賞した町井登志夫『今池電波聖ゴミマリア』(二〇〇一年)も、名古屋市千種区の今池を舞台にしている。清水義範『金鯱の夢』(一九八九年)は、徳川家の江戸幕府ではなく豊臣家の名古屋幕府が作られていたら、という改変歴史名古屋SFだ。
日本全国、まだまだわたしの知らない地方SFの奇書が存在するに違いない。それらを発掘したら、また改めてご紹介致します。
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■ 北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。
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