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12月某日 わたしも「総領息子」に生まれず申し訳なく思いましたので負けずに弟をかわいがりました/またこれ以上親をがっかりさせまいと学校では勉学に家では母の手伝いにはげみました/楽しみは裏の白いちらしに絵を描くことでした わたしは古い女です/いまでも漫画はちらしの裏にしか描きません いつくるだろう/いざという日は ――「古い女」 | |
ようやく、今年中に片付ける仕事が一段落して、ほっとした週末。 同じくいろいろなことが一段落した面々で、うまく予定が合ったので、蕎麦屋で軽く一杯やることにした。集まったのは、わたし、K島氏、米澤君、近所の書店員さんの四人である。(ほんとはもう一人くるはずだったが、年末進行でダウンした……) 日本酒を飲みながら、あれこれつまむ。およっ、K島氏の顔色がもとにもどっている!(先週まではげっそりしてて白塗りの吸血鬼みたいだった。何度もへらへらと指摘しようとしたのだけれど、やっぱり怖くて、どうしても言えなかった……)わたしが着ているモコモコのセーターを「それ、いいじゃないですかー」と褒めるので、じつは気に入ったから色違いで三色買った、と答える。すると……。 K島氏 「ちなみに、三色って何色ですか?」 多忙の余波か(?)、漢らしさの発揮しどころを、まちがえる……。しかしいまさら後に引けないので、かっこつけて、冷えた日本酒をくいっとあおってみる。 あと、より進化した顔芸を褒められた。 この日は、近くの喫茶店でまったりして、一同とわかれた。帰宅して、風呂に入って、こうの史代のエッセイとマンガを集めてぎゅう詰めにした福袋的な本『平凡倶楽部』を読んだ。 チラシに裏に漫画を描く少女が大人になるまでを描いた「古い女」が面白い。まんま、その漫画もチラシの裏に描かれていて、広告が透けて見えてるのだ。読んでいるうちに、語り手と、この漫画を描いている作者の手が重なってきて足元に汚れた水が迫ってきていたようになんかすげぇ怖い。ぴしゃっ、ぴしゃっ……と、水音が聞こえてくる。あっ。結婚式のシーンには、上質な悪意をもって熨斗袋の裏が使われてる……! インタビューを受ける漫画家の独白と、なぞなぞさんことインタビュアーの手元の取材メモが交互に現れる「なぞなぞさん」は、自分の経験を振りかえって、言葉にならないものを、明確な言語にしながら取材に答える苦難と、それをわかりやすい“世間の言葉”に置き換えつつ決まった字数におさめなくてはならない、なぞなぞさんの仕事の困難が同時に見えてきて、苦しい。 原稿用紙の升目をタイルに模して描かれた、散っていく銀杏の葉や、五線譜の五本線を空にひろがる電線に見立てて描いた、悲しい電信柱など、実験的な作品がごっつぉり入っていて、読んでも読んでもまだ読むところがあって、飽きない。『夕凪の街 桜の国』のときは迷ってたけど、この人はやっぱり高野文子の隣に置こうと思って、読み終わったら入れる棚を横目でチラッと見てから、まだ読んでないページを捜して、ぱらぱら、ぱらぱらと音を立ててめくり続けた……。 (2011年1月) | |
■ 桜庭一樹(さくらば・かずき) 1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』『道徳という名の少年』『伏-贋作・里見八犬伝-』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』など多数。最新刊となる読書日記第4弾『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』は1月27日発売。 |
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