Web東京創元社マガジン

〈Web東京創元社マガジン〉は、ミステリ、SF、ファンタジイ、ホラーの専門出版社・東京創元社が贈るウェブマガジンです。平日はほぼ毎日更新しています。  創刊は2006年3月8日。最初はwww.tsogen.co.jp内に設けられました。創刊時からの看板エッセイが「桜庭一樹読書日記」。桜庭さんの読書通を全国に知らしめ、14年5月までつづくことになった人気連載です。  〈Webミステリーズ!〉という名称はもちろん、そのころ創刊後3年を迎えようとしていた、弊社の隔月刊ミステリ専門誌〈ミステリーズ!〉にちなみます。それのWeb版の意味ですが、内容的に重なり合うことはほとんどありませんでした。  09年4月6日に、東京創元社サイトを5年ぶりに全面リニューアルしたことに伴い、現在のURLを取得し、独立したウェブマガジンとしました。  それまで東京創元社サイトに掲載していた、編集者執筆による無署名の紹介記事「本の話題」も、〈Webミステリーズ!〉のコーナーとして統合しました。また、他社提供のプレゼント品コーナーも設置しました。  創作も数多く掲載、連載し、とくに山本弘さんの代表作となった『MM9―invasion―』『MM9―destruction―』や《BISビブリオバトル部》シリーズ第1部、第2部は〈Webミステリーズ!〉に連載されたものです。  紙版〈ミステリーズ!〉との連動としては、リニューアル号となる09年4月更新号では、湊かなえさんの連載小説の第1回を掲載しました(09年10月末日まで限定公開)。  2009年4月10日/2016年3月7日 編集部

またまた桜庭一樹読書日記 【第4回】(1/3)[2010年11月]


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ポジション・デ・ピエの一番
【ポジション・デ・ピエの一番】飯田橋の「鳥どり」のお座敷で。やおら立ちあがったK島氏が華麗に見せてくれたバレエのポーズ。
ポジション・デ・ピエの五番
【ポジション・デ・ピエの五番】そしてポーズその2。や、やわらかい……!
トゥ
【トゥ】ポーズその3。つま先で立ったー!?(桜庭撮影)

10月某日

 修道女たちはわたしたちを騙していたのだと結論を下す、もうひとりのわたしがそこに立ち会っていた。僧服を着る男と、ズボンをはく男の両方が生きている中間の世界が存在するのか、もしくは僧服の衣の下でなされていることをわたしが知らないだけだったのか……。

「善」と「悪」の中間は存在しなかった。

わたしは生まれて初めて「世界」の真の自然というものを理解できたのである。もしかしたらそれは「悪」の領分だったのかもしれないが、「知識」の領分でもあったのだ。

――『誇り高い少女』


F嬢 「いたい! 紙で手を切りました……」
I川君「えーっ、手のどこですか!(と、机によじ登らんばかりに身を乗りだす)」
わたし「あっ、心配してるの?」
I川君「いえ、あの、前から、なんとなく、F先輩の血の色って赤じゃないような気がしてて、ついコーフンしちゃって……」
F嬢 「むむっ(睨む)」
わたし「あぁ!」

 夕方である。
 東京創元社の一階に、今年になって突如出現した(というか改築した)ぴかぴかの応接室。
 刊行されたばかりの『赤朽葉家の伝説』文庫をテーブルいっぱいに真っ赤に積んで、ごそごそとサイン本の作成中である。編集部と営業部から交代でお手伝い人員がきてくれては、お喋りして、また去っていく。いまは編集F嬢と、営業I川君、SF班K浜氏である。このI川君はおそらく三年ぐらい前に新人で、読書日記のサイン本を作っているときに「あ、これもお願いします」と色紙を渡されてサインしているとき、K浜氏がふっと「ん、これはどこに飾るの?」「いや、これはぼくが家に持って帰ります」で、一同ドリフのコントみたいに倒れた、というやりとりがあった男の子……だと思う。(いや、人違いかも?)
 K浜氏が「そういや、前、時間SF傑作選『時の娘』を褒めてくれてたよねぇ。中村融の編纂だったらホラーSFのアンソロジー『影が行く』もオススメ!」と教えてくれる。メモメモ。……そういや、アンソロジストで選ぶ読書っていままであんまりしてなかったな?
 さいきん編集さんたちと話しているうちに、だんだんわかってきたのだけれど、アンソロジーの編纂にはどうやらいろいろな切り口があるらしい。ひとつめの方法は、傑作短編をかっちりそろえること。みんなが読んではずれなしのお買い得に仕上げるのだ。もうひとつは、傑作の間にゆるやかな(?)作品もさしこんで、全体のバランスをとる方法。……あれっ、これってなんだか音楽のアルバム作りに似てるなぁ。ということは、ダウンロードの増加で、アルバム買いから好きな曲だけバラ買いする方法が増えたように、短編小説もバラ買いされることが増えていくのかしら。うーん。
 サイン本はようやく半分ぐらい片付いたところだ。そうだ、トイレに行こう、と一階の裏口を出て、ゴス心を熱く刺激するでっかい倉庫(罅割れたコンクリート、謎の機械、生きてるものの気配のなさ!)を横切って、トイレに入った。……うぉっ! ここも改築されてるぞ! 『2001年』の宇宙船みたいな、四角くて真っ白な空間がとつぜん目前に現れた。まるでコックピットのような真新しい洋式便器が、静かな狂騒状態で鎮座している。あれっ、れれっ、いつものちっちゃい和式便器は……? 昭和から近未来にうっかりタイムスリップしちゃったみたいだ。
 う、ぃ、ぃ、ぃ、ん……と震えながら便器の蓋が開いたので、こわごわ、座る。すると、どこからか電子のクラシック音楽が流れだした。うわぁぁぁ! びびってトイレを出て、ゴス倉庫を抜けて、応接室にもどった。あれっ、F嬢が、黒魔術みたいに縮んだ!……んじゃなくて、いつのまにかオカッパで小柄な新人S嬢と交代していた。トイレが、トイレが、トイレがね、と言うと、「ふふふ、四階と五階のトイレも改築したんですよ」と得意そうに胸を張り、ちょこちょことエレベーターにわたしをのせて、四階に連れて行ってくれた。
 おぉ、ここにも宇宙船のコックピット的なトイレが……。「じつはですね、内蔵音楽の四番は『残酷な天使のテーゼ』なのですっ」とぽちっとボタンを押すと、なるほど、懐かしい『エヴァンゲリオン』のテーマ曲が流れだした。

わたし「えーっ。これって、最初から入ってた曲なんですか!?」
S嬢 「いいえ。製作部のS谷氏が入れました。彼は昔から『エヴァンゲリオン』のファンなのです」
わたし「おぉ!」

 しばらく遊んでから、一階にもどって、サイン本の山の残りを片づける。
 時計を見ると六時をすこし過ぎていた。編集部からふらふらと下りてきたK島氏と、F嬢と三人で、いつもの「鳥どり」に行って一杯飲むことにする。
 わたしは生チュー。F嬢はハイボール。K島氏は……なにかよくわからないけど、すっごく甘そうな飲み物。そういえばK島氏が飲むグラスにはいつも、この南国のピンクのでっかい花(ブーゲンビリア?)が一輪、ささってるなぁ。あの秘密の飲み物はなんだろう。
 そういえば、先週、サラ・ウォーターズの新刊『エアーズ家の没落』を読んだ角川書店K子女史から、「あのラストの解釈は○○○○でいいのかな?」と聞かれたことを思いだす。そのときはたしか、わたしが頭を洗濯機の脱水みたいに絞りまくって、

わたし「うーむ、古典的ゴシックホラーにはお作法みたいなのがあってね。『ねじの回転』(ヘンリー・ジェイムズ)とか『黒衣の女』(スーザン・ヒル)とか。いろいろな解釈ができるんだけど、ミステリーのようにどれが真相、と決めすぎないというか。だからエアーズ家も、幾つかの選択肢を出しながらもその中のひとつを選ばせないし、べつの説に誘導した伏線を、ミスリードでしたーと回収することもない。どれが真相かを決めすぎると、無粋になる……。えーと……。そうですね……。やっぱり専門家(って誰?)に聞いてくださいよ!(急に自信喪失)」
K子 「ええー」
わたし「って、なんでいやそうなんですか。だいたいわたしに聞くなんてさ!(逆ぎれ?)」

 ということがあった。そうだそうだ、ここに専門家(?)のF嬢がいるじゃないかと気づいて聞くと、ハイボールをお代わりしながら、

F嬢 「桜庭さんがいまおっしゃったのは、“朦朧法”といいましてね」
わたし「あっ、聞いたことある? でも誰から? それなんだっけ? ……あぁ、ワカラナイ」
F嬢 「朦朧法とは、作中で起こる怪奇現象の原因を明らかにしないで、読者の想像にゆだねることで、恐怖を増すという方法のことです。ヘンリー・ジェイムズやデ・ラ・メアが代表と言われてますが。エアーズ家もまた、犯人を特定する証拠を、おそらくですが意図的に提示せずにいるので、この方法論による作品と言えるのではないかと」
わたし「はー。なるほどー」

 そのあと書評の話になって、K島氏がとつぜん、

K島氏「やはり、坂東齢人の書評は素晴らしかった。後にノワール作家として鮮烈にデビューした馳星周の、書評家としての筆名ですが。ぼくは昔、彼の書評に魅せられて『天下を呑んだ男』(中村隆資)を読んだんですよ」
わたし「あぁ! 書評家・坂東齢人の伝説はよく聞きます。でもじつは書評じたいを読んだことはなくって……」
K島氏「彼が、笠智衆のバー『深夜プラス1』のバーテンダーをしながら、書評を書いていたころ……」
わたし「……」
F嬢 「……」
K島氏「彼が、内藤陳のバー『深夜プラス1』のバーテンダーをしながら、書評を書いていたころ……」
わたし「……」
F嬢 「……」
K島氏「うるさいですよッ!」
わたし「えっ、なにも言ってないのに!? なぜわたしだけ怒られる!?」
K島氏「いや、でも、顔が……。桜庭さん、さいきん、お気づきになってないかもしれないですけど、顔芸が発達してて、そこだけべつの生き物のように不気味に動くんですよ……」
わたし「そういやこないだ、マキメさんからも『顔の中からもうひとつ顔が出てきてコワイです』って褒められた(?)けど……。『白い果実』(ジェフリー・フォード)の顔面凶器みたいだ……。でもさ、だってさ、うっかり笠智衆と内藤陳を言いまちがえるなんて、そんなことがほんとにあるのかって、驚愕したんですよ! しかも、わたしならともかく、しっかり者のK島氏が……」
K島氏「ぼくは、疲れてるんですよッ! やってもやってもゲラの山が。それに原稿が、今週は長編一本、短編四本、いろんな作家さんから一気に届いたりして。いや、ありがたいんですけど……。あっ、そこでコソコソなにしてるんですか!?」

 よれた紙ナプキンに、ボールペンでこっそり“ないとうちん”と書いたところを、K島氏にみつかり、さらに怒られる。

わたし「いや、なにも……。わたしは、ただ……読書日記のネタにしようと思って……。忘れないように、その、メモを……」
K島氏「くぬっ! こやつの前で口を滑らすと、こうだ!」

 武将のように悔しがる。あはは、ないとうちんー。
 その後、わたしがとつぜんダンスを習いたいと言いだし、するとF嬢が、K島氏が遠い昔、五歳ぐらいのときに函館でバレエを習ってたと暴露する。踊って見せてと女二人でやいやい言っていると、しばし無言で、肩で耐えていたK島氏だが……やおら立ちあがり、「鳥どり」のちっこいお座敷で、びっくりするほど華麗に、「ポジシオン・デ・ピエの一番」と「五番」と「トゥ」を見せてくれた。す、すごい……! 足が軟体動物みたいだぞ……!

K島氏「そして、これが……ピルエットー!!(くるくるくるーっ)」
わたし「あわわわ!」
F嬢 「ブ、ブラボー!」

 そういやF嬢もバイオリンが弾けるし、チェロが弾ける編集長もいるし、編集者の副業というか、副特技はなかなかあなどれないのだ……。
 終電間際まで呑んで、地下鉄の改札で二人と分かれた。
 一人になった途端に、すーっと辺りの空気が冷えていって、同時に、あれっ、でもまだ、あの二人に聞いてないことがあるぞ、大事なことを……でも思いだせないおかしいな……という気持ちになった。
 本を読む人たちと会うと、別れ際に、ときどきこういう気分になる。本とは一人で読むものだし、すすんで孤独になる装置だけど、そうやって一人で読んで歩いていって、ときどき曲がり角で再会した誰かに、あの、あれはさ……と聞いたり、師匠すじみたいな人をみつけると、教えを請いたいことがあるのだ。
 でも、問いが思いだせない。理想とする答えも、いまだわからぬ。ぼんやーりした夢の中をずっと、目も見えず、音も聴こえないまま歩き続けてるみたいだ。
 地下鉄に揺られて、帰った。
 鞄に放りこんでいた『誇り高い少女』(シュザンヌ・ラルドロ)を読みながら帰って、家についてからもぐいぐいと夢中になって読んだ。
 第二次世界大戦終了後、フランスには無数の“ボッシュの子”(ナチス・ドイツ軍兵士の子)が残された。カトリック社会で、異国の血を引く父なし子を生んだ若い母親たちは責められ、子供たちの多くは修道院の運営する孤児院につめこまれて、貧しく苦しい暮らしを余儀なくされた。著者のシュザンヌもその一人。現在では五十歳を過ぎ、安定した職につき、夫と子と孫に囲まれる彼女は、だが、当時は“誇り高すぎる”という謎の理由で里親にも捨てられ、孤児院でナイトメアじみた不思議な灰色の暮らしを送っていた。
 ノンフィクションだけど、大人版『少女パレアナ』『秘密の花園』といった、少女ジュブナイルらしい冒険と反骨精神に満ちていて、苦しいけど、ずっと楽しい。孤児院の暮らしと、正反対の性格の少女との友情が、『ジェーン・エア』の少女時代のジェーンとヘレンを思いださせる。ジェーンのように卒業していけないまま、使者とともに、永遠にローウッドに閉じこめられているような……。
 訳者解説によると、現在、フランスには“ボッシュの子”が約二十万人いるという。シュザンヌのようにひどく差別されて育った孤児もいれば、家族の“愛情による沈黙”でそのことを隠されて育ち、五十年も経ってから真実を知る場合もある。後者の立場の女性が記した、その名も『ボッシュの子』という本も同じ訳者で刊行されている。
 ひどく酔いが回ってきた。読み終わって、寝た。




本格ミステリの専門出版社|東京創元社

東京創元社・文庫創刊50周年記念対談〈第4回:ホラー編 宮部みゆき×風間賢二〉(3/3)[2010年11月]




●番外
風間 宮部さんが挙げたキングの『死の舞踏』はホラー評論書ですね。これはマニアックな本なんだけど、キングが特別講師として母校のメイン大学でやった講義をまとめたもので、とてもわかりやすく書かれている。キングは単なるホラー・マニアというだけでなく、かなり系統的に読んで勉強している人だと思う。巻末に「付録」として映画と小説のそれぞれベスト100が付いてるんですが、トマス・ピンチョンの『V.』を挙げたりしてる。でも、そのベスト、ちょっと首をかしげたくなるような作品もけっこう入っているけど(笑)。
宮部 『死の舞踏』、何度も読んだんです。私、同じ本を何度も何度も読むんですよ。映画も、何度でも観る。何度でも楽しい(笑)。
 で、これで紹介されているアン・リヴァーズ・シドンズのThe House Next Door(『隣の家』)を読みたくてしょうがないんです。
風間 はいはい、そのことを事前に知りましたので、ここに持ってきました(笑)。これが原書です。
宮部 わー(喜)。これの翻訳が出ないかと、『死の舞踏』を最初に読んだときから思ってたんですよ。なぜ出ない、なぜ出ない、と(笑)。
風間 時期を逸したんですよね。1978年出版だからリチャード・マシスンの『地獄の家』や映画の『悪魔の棲む家』が公開されたときに翻訳が出ればよかったんでしょうね。
宮部 南部小説だというだけで大変なんだろうな、とは思ったんですけど。「一軒の家が幽霊屋敷になっていくまでを描く」というのが発想の転換だなと思ったんですよ。
風間 僕は編集者時代に原書で読みました。大衆小説の作家ですが、この作品は純文学寄りです。創元推理文庫で言えばT・E・D・クライン(『復活の儀式』)やピーター・ストラウブ(『シャドウランド』)の系統ですね。日常を丹念に描いていく感じ。長いんですが、エピソード形式で三つの中編、三組のカップルの話が並んでいるので飽きずに読めると思いますよ。
宮部 読みたい! ぜひ東京創元社で出してください(笑)。絶対翻訳されると思ってたんです。キングがあれだけ褒めてるし、面白そうだと思って。
風間 『死の舞踏』自体が翻訳されたのも遅かったですしね(原著1981年刊、邦訳は93年)。
宮部 待っても待っても出ないから、とうとう諦めてしまったんです。ホラー・ブームも下火になっていましたし。やっぱり好事家のものなんだろうなと思いながら。でもずっと心に引っかかっていたから、今回ベストに入れたんです。
 でも最近は「これ読みたいな、でも翻訳出ないな」と思うこと自体が減りましたね。
風間 『死の舞踏』みたいな、煽(あお)るような評論集が出てないですからね。
宮部 そう。そこでタイトルと作者を憶えて、翻訳されてなかったら、どこか出してくれないかな、とずっと待つんです。そういう楽しみもあるんですよね。
風間 紹介文を読むとメチャクチャ面白いのに、現物を読むと……ということもありますよ。映画でいうと予告編はものすごく面白そうでも、本編はつまらないというような(笑)。
宮部 それはそれでまた話のタネになります(笑)。
風間 真っ正直な人ばかりで、ペテン師がいなくなったということでしょう(笑)。
 で、僕は番外にはジャック・サリヴァンの『幻想文学大事典』を選びました。これは、タイトルどおりの事典ですが、読み物として一ページ目からの通読に堪えうる稀有な書です。気ままにパラパラ読んでいくだけでも、自然と怪奇幻想の世界がわかります。そして「創元の本を読まなくちゃ」という気になります(笑)。いやマジで、古典からモダンホラーまで肝心なところはすべて収録していて、残念ながらキングの長編はありませんが、創元推理文庫は怪奇幻想小説の宝庫ですよ。
宮部 『死の舞踏』ほどわかりやすくはないですけれど、面白いですよね。あと、こんなものも持ってきました。ジェフ・ロヴィンの『怪物の事典』(青土社)。これも読んでいて楽しい事典で、映画や小説に出てくる怪物がみんな載っているんですよ。

●短編・アンソロジーの楽しみ
宮部 テラーとホラーというテーマでお話をするときに、絶対に核としてはずせないのは東京創元社と早川書房の翻訳物ですね。私もごくごく若いうちから読みはじめましたけど、なかなかハードカバーでは買えなかったんですよ。だから創元推理文庫で重要な作品が揃っているのは本当にありがたいです。ラヴクラフトだって、今のような全集は出ていなくて、それこそ稀覯本みたいな扱いでしたよね。文庫で出ていなかったら今ほど読まれてないと思います。私にとってそういうものの典型がM・R・ジェイムズでした。創元推理文庫の最初の一巻本の前に出ていた、やはり紀田先生の編まれた単行本が伝説の本になっていて、手に入らなかったんですよね。
風間 創土社の二巻本ですね。
宮部 ずっと欲しかったんですけど、手に入らなくて。持っている人は手放さないですし。で、創元推理文庫でようやくめぐりあった。ジェイムズって、怪談の上手な教授がお話ししてくださっているという感じで、大好きなんです。
 私はこういう、手軽に手に入る文庫や、文庫のアンソロジーでどんどんホラーの深みにはまっていったんですよ。
風間 宮部さんは短編がお好きなんですね。
宮部 そうです。自分では正調ホラーは書いてないし、長編でも長いものばっかり書いてしまうんですけど(笑)。でも本当は恐怖物は短編が一番だと思うし、本当に上手い作家って、短いものが上手い人なんだと思います。今でも自分で読むものは短編が多いです。アンソロジーも大好きです。
 アンソロジーの楽しみって、ベタな喩えなんですけれど「紅白歌合戦」だと思うんですよ。読みはじめた頃が小学校高学年で、「紅白歌合戦」が一番よかった時代だからなんですけど、たくさんの作家の名前が並ぶのはかっこいいことに思えるんです。自分の短編がアンソロジーに収録されると、すごく嬉しいですね。「選抜された」みたいな(笑)。
『異形の白昼』は王道です。筒井さんが編まれたというだけでもすごいです。これも収録されている作品は筒井さんの「母子像」、小松左京さんの「くだんのはは」をはじめ、玉ばっかり、語り継がれる傑作ばかりです。
風間 講談社文庫の『世界ショートショート傑作選』(全三巻)ってありましたよね。ホラー、SF、ミステリ、ファンタジーなどいろんなタイプの作品の秀作が精選されている優れたアンソロジーだった。
宮部 ときどき思い出したように読み直します。装幀も洒落(しゃれ)ていて良いですよね。中学、高校のときに初めて読んで意味がわからなかったものが、いま読んで、「あっ、こういうことだったんだ」とわかったり。
風間 日本でも70年代はアンソロジーの出版が盛んだったけど、80年代からは下火になりましたね。70年代はSFのアンソロジーも多くて、例えば講談社文庫からはヒューゴー賞の傑作選(『世界SF大賞傑作選』)も出てましたし。あと角川もすごかったです。たとえば、『クリスマス・ストーリー集』(全二巻)も、さまざまなジャンルの〈異色作家短編〉風のものが詰まっていた。
宮部 ショートショートや短編一つ一つを編みなおして、好きな人たちがいつでも読めるように出してくれるというのがありがたいですね。私は「影が行く」を図書館で、ハヤカワSFシリーズ(ハヤカワ・ポケットミステリと同じ造本の、70年代初頭まで刊行されていたSF叢書)で読んだんです。それっきりどこにもなくて。もう読めないのかと思っていたので、東京創元社から出たときは本当に嬉しかったです。やっぱり、こういうものにちゃんと目を配っていて、出してくれる翻訳家の方やアンソロジストの方がいるんだと思って。
風間 編むほうもマニアですよね。僕もアンソロジーを編みましたけど、「マニア向けのものを作らなきゃ」という思いもあるんですけど、でもまだウブな読者のための入口的なものでもありたいからといって、有名な名作・傑作をいくつも収録するにはプライドが許さないみたいな、そういうところの葛藤が難しいところだと思います。
宮部 いろいろ混じっているのがいいんですよね。
風間 初級編・中級編・上級編なんて分けるのもいいかも。ただ、海外ものを編むときには版権の問題があるから、そのへんも編者が歯がゆい思いをするところですよね。
宮部 私も光文社でホラーの翻訳短編アンソロジーをつくったことがあるんですが、そのときに現役で手にはいるものはほとんど東京創元社のものだった。「あらためて東京創元社に敬礼」って書いたんですよ。

●子供たちへ
風間 今はもう、ホラーも変わっちゃいましたよね。ホラー専門誌が〈幽〉〈怪〉と二誌も出てるんだから。だいたい日本では「ホラー」とさえ呼ばれなくなっちゃったんじゃないかな。怪談ですよね。先に断っておきますが、そもそもホラーと怪談はちがう、といった言葉の定義は、話が長くなるので、とりあえずここではしませんが。
宮部 そうですね。私の世代だと、『怪奇小説傑作集』を入口に、どんどん読めました。十九世紀のものでも短編なら読めました。でも例えば今の子たちは、怖いものを読みはじめようとするときに、さすがにアーサー・マッケンからスタートするのは無理だと思うんです(笑)。他にも本はいっぱいあるので、ちょっと手強そうなものをスルーしても、読む本には困らないですから。
風間 僕の世代でいうと、都筑道夫さんなどがジュヴナイルとしてわかりやすく訳して紹介してくれたものがたくさんあったから、それを読んでいましたね。
宮部 講談社の《世界の名作怪奇館》(全七巻)ですね! 私はまさにこれが入口でした。都筑さんと福島正実さんが翻訳なさってて、黒い本で。サキの「死者を待つまど」やディックの「にせもの」なんて、もうものすごく怖かったです。学校の図書館に入っていて、夏休みの間じゅう延長を繰り返して一人で借りてました(笑)。「誰にも渡すものか!」って。
風間 当時は他に借りる人もいなかったんじゃないですか(笑)。
宮部 そういえば苦情は来なかったですね、一件も。「また借りていいですか?」って図書委員の子に言うと「いいよ」って言われましたから。夏休みの日記に延々とその全集の話を書いて。担任の先生から「他に本は読まなかったのか」って言われた(笑)。
風間 一年じゅう借りてなさい(笑)。
宮部 そこから今の人生が(笑)。本当にあの全集が入口でしたね。そこからすぐに『怪奇小説傑作集』へ行きました。
風間 今の子は違いますよね。『学校の怪談』や、ライターが書いた子供用の実録風のものから入ってくるから。
宮部 そっか……、今は実話怪談が主になってるんですね。そうするとやっぱり、このあたりで古典のジュヴナイルをやらなきゃいけないんですね……。マジで今そう思いました(笑)。後半生の仕事にしようかな、と(笑)。ホラーやテラーは、最も時代の変化に耐え得るジャンルなんじゃないかと思います。「怖い」という感覚は変わらないですから。ミステリだと、「このトリックはさすがにもう……」というような、時代と合わない部分が出てきてしまうけど、例えばいまラヴクラフトを読んでも怖いし、いまアーサー・マッケンを読んでも怖い。
風間 ラヴクラフトの言葉がよく引き合いに出されますよね。「恐怖は人間の最も古い、最も強い情感だ」。
宮部 ジェイムズは好きで何度も読み返すんですけれど、いまだに「絶対骨董品には手を出すまい」と思います。五十近くなった今でも思うんですよ。それぐらい鮮やかに怖くて面白かった(笑)。ちなみに私、ツインの部屋には泊まれません。
風間 純情ですね(笑)。でも基本的にはそうですよね、人間って。有名なある伯爵夫人のセリフ。「幽霊なんて信じません。でも、怖いです」。これですよ。いくら大人になってものごとを合理的に考察し、科学的な精神をもっても、怖いものは怖い(笑)。
宮部 そうなんです……仕事で事務所に宿泊先を手配してもらうときに、ツインはやめてねって頼むんです。「何で?」と訊かれるんですけど、「それはあなたM・R・ジェイムズを読みなさい」(笑)。「『笛吹かば現れん』という短編を読めば、絶対ツインの部屋には泊まれなくなるから!」って(笑)。
 でも、それぐらい心に残る「お話の怖さ」「怖い小説の力」を、今の子供たちに伝えたいですね。やっぱりジュヴナイルをやるべきだなあ……。

(2009年8月25日、ホテルメトロポリタン・エドモント〈平川〉にて)


宮部みゆき(みやべ・みゆき)
作家。『パーフェクト・ブルー』で長編デビュー。『龍は眠る』で第45回日本推理作家協会賞を、『理由』で第120回直木賞を受賞。著書多数。
風間賢二(かざま・けんじ)
翻訳家・評論家。首都大学東京、明治大学非常勤講師。著書『ホラー小説大全』は第51回日本推理作家協会賞を受賞。訳書にキング『ダーク・タワー』他多数。


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東京創元社・文庫創刊50周年記念対談〈第4回:ホラー編 宮部みゆき×風間賢二〉(2/3)[2010年11月]




■宮部みゆき先生のベスト6【東京創元社以外編】(順不同)
『呪われた町』(上下)スティーヴン・キング(集英社文庫)
『ファントム』(上下)ディーン・R・クーンツ(ハヤカワ文庫NV)
『怪奇と幻想』(全三巻)ロバート・ブロック他(角川文庫)
『異形の白昼』筒井康隆編(集英社文庫)
「鼻」曽根圭介(角川ホラー文庫『鼻』所収)
『モンタギューおじさんの怖い話』クリス・プリーストリー(理論社)
○番外:『死の舞踏』スティーヴン・キング(バジリコ)

■風間賢二先生のベスト5【東京創元社以外編】(順不同)
『幻想と怪奇』(全三巻)レイ・ブラッドベリ(ハヤカワ文庫NV)
『シャイニング』(上下)スティーヴン・キング(集英社文庫)
『血の本』(全六巻)クライヴ・バーカー(集英社文庫)
『隣の家の少女』ジャック・ケッチャム(扶桑社ミステリー)
『フリッカー、あるいは映画の魔』(上下)セオドア・ローザック(文春文庫)
○番外:『幻想文学大事典』ジャック・サリヴァン編(国書刊行会)


●ジャンルミックスについて
風間 僕はそもそも活字に触れるのが遅かったので、年齢こそこちらのほうがだいぶ上だけど、ホラー歴はだんぜん宮部さんのほうが上だと思います。
宮部 そんなことないですよ。
風間 宮部さんは小学生の頃からすでに読んでましたよね?
宮部 はい。でも読みたいけど手に入らないという時代が長かったですよ。例えばこれはミステリですけど、ポプラ社の《少年探偵団》シリーズ(《少年探偵・江戸川乱歩シリーズ》)も、自分では一冊も持ってなくて、友達に貸してもらったんです。放課後にみんなで声を出して読んだりしていたんですよ(笑)。中学生になって文庫が買えるか、図書館で借りるかしかなくて。そんな時期が長かったですね。
風間 多感なときにそういうものに出会った宮部さんと違って、僕は大人になってから読んだので、かなりカルチャーショックがありました。なにしろ、大学時代はヌーヴォー・ロマンみたいな退屈の極地のようなクソつまらんものをイキがって読んでいたんですから(笑)。
宮部 私は逆に、正統派の文学を全然知らずにミステリやホラーばっかり(笑)。ホラーのほうが先でした。私の世代ってテレビっ子なんですよ。要するにサブカルの人だったんです。私と同年代の評論家の方が言ってらしたんですけど、いつの間にか、私たちの親しんでいたもの、愉しんでいたものがサブカルじゃなくなってる、って。文学というのは全然違う高みにあるもので、それとはまったく関係ないところで楽しくやっていたつもりだったんですけれど、少し事情が変わってきました。
風間 大学で教えていると、学生から「純文学と大衆小説はどこが違うんですか」と訊かれちゃうことがありますよ。そういった違いもなくなってるみたいですね、かつての正統と異端の区別が、もうないのと同じように。司馬遼太郎や松本清張を純文学だと思ってる。かれらにとって読みづらいのは純文学。すらすら読めるのはラノベなんです。だから村上春樹はラノベ(笑)。
宮部 私ね、それこそカポーティが『冷血』を書いたように、純文学の作家の方がたまに犯罪小説に手を染めることがあると思っていたんですけど、でも最近はその傾向が顕著だと思うんですね。たまに出てくるんじゃなくて、しょっちゅうだし、こぞって書かれていますし。そうすると、「私たちミステリ作家とはどう違うんだろう」と思っちゃうんですよ。でもミステリ好きからすると、もうちょっと謎がいっぱい欲しいよなあ、とも思っちゃう。題材さえも拡散しちゃって、どのジャンルの作家がどこでどんな作品を書いたとしても全然不思議じゃなくなってるんじゃないでしょうか。
風間 純文学との融合ということではSFもそうですね。でも、娯楽小説におけるジャンル・ミックスということでは、60年代に始まるモダンホラーが意識的に推進させたという感じですね。アイラ・レヴィン(『ローズマリーの赤ちゃん』)やウィリアム・ピーター・ブラッティ(『エクソシスト』)にはじまって、怪奇・恐怖の要素を全体のトーンにして、いろいろなことを描く人が増えました。
 まあそれを言えば、イギリスが早かった。そもそも18世紀のゴシック・ロマンスがそうなんですが、モダンホラーの文脈で言えば、英国のデニス・ホイートリーがすでに20世紀初頭にジャンル・ミックスをやってるんですね。キングみたいなことを当時すでにやってました。『黒魔団』とか『悪魔主義者』とかね。でも対抗文化旋風の吹き荒れた60年代という時代精神が、そういう感じなんです。つまり、異種混交の時代。「ジャンル・ミックス自体が一種のポスト・モダンだ」と言われた。純文学の作家もSFやミステリやウエスタンやポルノなどの枠組みを意識的に用いて創作した。SFではトマス・ピンチョンとかヴォネガット。ミステリではボルヘスやナボコフとかね。ラテンアメリカの魔術的リアリズム系の作家の短編なんて、もろ「ミステリ・ゾーン」タイプだったり。コルタサルやフェンテス、ビオイ=カサーレスとか。
宮部 あるときにスティーヴン・キングやディーン・クーンツがぐわーっと出てきて「アメリカの長編ホラーは怖くないんだ」ということになったときに、新しいホラーが来たんだな、と私なんかは思っていたんですけれど。
風間 そう、怖くないけど、抜群に面白い娯楽作品。基本的には長編。それがモダンホラーですね。たとえば、キングは別格として、当時のイギリスにはジェームズ・ハーバートがいます。イギリスのキングと言われているのに、わが国ではほとんどの人が知らない。
宮部 キングも『死の舞踏』の中でエールを贈っていますよね。残念ながら日本で出た小説はカバーのせいかうさんくさく見えてしまって(笑)。読めば楽しいし面白いんだけど。気の毒だなと思います。
風間 でも中身があれだからしょうがないかも。つまり、ナスティ(お下劣)ホラーと言われるようなB級グロ作品、バッド・テイストだから。そこがいいのだけれど。
宮部 お色気シーンもありましたよね。
風間 それと映画との関係がありますよね。スプラッタ・ムービーの影響でどぎつくなった。イギリスには〈ハマー・フィルム〉がありましたし。アメリカならロジャー・コーマンあたり。60年代のジャンル・ミックス的なものは、小説が映画と混淆して生まれてきました。キングやクーンツがホラー以外の要素を上手く取り入れてエンターテインメントにしていったんですね。
 また、出版界全体の事情が変わった、ということもあります。一大産業になったんです。業界の巨大複合企業化ですね。それによる超ベストセラーの誕生。そして70年代にはメディア・ミックスが進んで、とてつもないベストセラーがつぎつぎに生み出されていくんです。マリオ・ブーヅォの『ゴッドファーザー』なんて最たる例。当時の作家でいえば、代表的なのがアーサー・ヘイリーです。
宮部 うわあ、そうですね。いまでは名前が挙がらなくなりましたね、アーサー・ヘイリー。
風間 「ミスター・ベストセラー」なんて呼ばれていたのにね。あの人が世に出たときにベストセラーというシステムができたといっても過言ではない。巨大化した出版界の流通や広告システムと関係していたんです。シドニー・シェルダンもね。煎じ詰めれば、ジャンル・ミックスは作家と企業が売れる要素を模索していった果ての語りの技法だった。ようするに、いろんな分野のオイシイところを寄せ集めた、お得感たっぷりの作品というわけです。
宮部 そうか、商業的にいわゆる「ブロックバスター」という言葉が使われるようになったのが60年代、70年代のアメリカなんですね。
風間 「ロックスター」などと同じく、「ベストセラー」も英語じゃなくて米語ですからね。その時期から、ビジネス・モデルとしてベストセラーを生み出すというのが始まりました。
宮部 それが、私が中学生で触れたキングやクーンツだったっていうことなんでしょうね。キングって最初からベストセラー作家だったんですか?
風間 はじめはペーパーバックの分野でベストセラーになった。三作目の『シャイニング』はハードカバーで出版されてもベストセラーになりました。『キャリー』が映画化されて売れていったんだと思う。そのデビュー作のハードカバーのセールスは三千部ぐらいだったけど、映画化にあわせたペーパーバックで三百万部ぐらいになった。まさにメディア・ミックス戦略の勝利です。
宮部 私、キングにはこんな思い出があって。子供の頃から映画が好きだったんですけど、その頃〈ロードショー〉〈スクリーン〉という二大洋画雑誌があって、あるときそのどっちだったかの裏表紙に、これから配給される映画のお知らせが出ていたんです。「東宝のパラサイコ・シリーズ」と書いてあって、そこに『キャリー』が出ていたんです。そこにはポスターもスチール写真もなくて、新潮社から出ていたキングの原作の書影が載っていたんですね。それで興味を持って本を買いに行ったんです。で、読んでみたら、「こんな小説あるのか!」って。新聞や雑誌や記録、インタビューを寄せ集めた構成で。もう「見てきたような嘘」なんですけど、本当に現実にあったものを引っ張ってきて合成したような、あれほど凝った小説を読んだのは初めてでした。
風間 じゃあ『吸血鬼ドラキュラ』(ブラム・ストーカー)を読んだのはその後?
宮部 そうですね。大人になってから読みました。
風間 『ドラキュラ』を読んでれば、その真似だってわかったのにね。というか、ゴシック小説の常套的な語り=騙(かた)りの技法です。
宮部 そうですね。そのときに歴史の流れを遡(さかのぼ)って読むことの大切さを知りました。
風間 『ドラキュラ』も遡ればウィルキー・コリンズの『白衣の女』の叙述を模倣している。でもやっぱり、ああいう新聞、雑誌記事、録音記録、日記、インタビューなどを寄せ集めて構成するという書き方は、今日的な意味としては、「断片を寄せ集める」という70年代のポスト・モダンの手法のひとつだと思います。
宮部 つまり、絶対的に観測する立場の、一人の人間の目から描写するのではなくて、一個の出来事が無数の視点から語られるという感じですね。
風間 相対的、複数の現実、統計的というのが時代の流れだったんです。量子力学的世界観から出てきたものですね。

●東京創元社以外のベスト作品
宮部 なので、キングの『呪われた町』とクーンツの『ファントム』は、これが一世を風靡したころを知らない若い人に読んでもらえたらと思って挙げました。
『呪われた町』は初刊のとき、〈集英社プレイボーイブックス〉で出たのを、高校生のときに、お小遣いつらかったんですけど自分で買って。家で読んでいて、はじめは静かな部屋で読んでいたんですけど、途中から一人でいるのが嫌になって(笑)。人の多い、家族でテレビを囲んでる、うるさいところに行って。「なんでこんなうるさいところで読んでるの?」って言われた(笑)。それぐらい怖かった。
風間 どこが怖かったんですか?
宮部 すべてが(笑)。ドラキュラ映画なんかをテレビで見ていて、燭台を交差させて十字架にして逆襲するとかね、本当に怖かったんですけど、そのとき以来でしたね、ヴァンパイアをあれほど恐いと思ったのは。もちろんすでに『キャリー』を読んでいたので、ものすごくわくわくして買ってきたんですけどね。「この人は絶対に怖くて面白い」って。でも、あたっちゃった、というか、しばらくはその世界から抜け出せなくなってしまいました。両親は共働きだったんですけど、思ってたと思いますよ、「大丈夫だろうか、この娘は」って(笑)。『エクソシスト』を読んでたときには、さすがに母に「あんた、そんなもんばかり読み過ぎてんじゃないの」って(笑)。
――そのほかの作品はどうですか。
宮部 角川文庫の『怪奇と幻想』で一番ショックだったのは、装幀です。辰巳四郎さんのイラスト。これはちょっとすごい装幀だと思います。でも買ったんですけど、高校生だった私も(笑)。これも「あんた何読んでるの」と母に心配されました(笑)。
風間 それはそうでしょうね。エロくてグロかったですから。
宮部 次に日本の作品として一つだけ、どうしても挙げたいと思ったのが、曽根圭介さんの「鼻」です。近年の短編では本当に傑作だと思います。この作品でホラー大賞特別賞を受賞したあと江戸川乱歩賞も受賞した、ホラー系ミステリ作家の新星、という方ですね。
風間 「鼻」は発想の逆転がみごとに功を奏した作品ですね。
宮部 すごく救われない話なんですけど、ある意味、復讐譚でもあるんですね。いま現在の状況の原因となった人を最後に排除する。要するに「世界なんて人間の脳内宇宙なんだ」ということを、かなり身も蓋もなく描いてるんだと思います。この作品もそうですけど、京極夏彦さんによって触発されたものが多いんじゃないでしょうか。「個人のアタマのなかに〈世界〉がある」ということを、小説の構造そのものを使ってくっきり描いているところが。
 それから、実は今週読んだんですが、『モンタギューおじさんの怖い話』は本当に傑作です。心が洗われる怖い話(笑)。理論社の児童書なんですけど、一話完結の連作短編集で、すごくよくできた怪談集なんですよ。「正調イギリス怪談健在なり」と思って。暗い話、それも子どもが出てくる怖い話ばかりなんです。最後に語り手のおじさん自身の種明かしがあって、おじさんがどうしてここまで怖い話を知っているのか、というのが明らかになります。最後に「あ、そうなんだ!」とわかる。
風間 その手のオチでうならされるタイプの作品は、僕もすごく好きです。
宮部 一作一作についている挿絵がこれまた良くて。私最近腰痛がひどいんですけど、腰が痛くて横になって読んでいても、腰の痛みを忘れるほどの面白さがあります(笑)。
風間 僕がキングの『シャイニング』を選んだのは、まあ当然の選択というか、宮部さんに先に『呪われた町』を挙げられちゃったから(笑)、じゃあ僕は『シャイニング』だ、というだけのことです。個人的な思い出で言えば、結婚して一軒家を購入し、妻が実家に帰ったときに夜一人で読んでいて、ものすごく怖くなった。カバーが冷や汗でふやけてしまったほどです。初めての体験だった。最後の父親との対決シーンでは、「そこまでやるか!」という驚きがありましたね。
宮部 ああ、ラストは怖いですね。
風間 あと、『血の本』は、日本版が出たときは本当にショッキングでした。
宮部 大ショック! 何か、ニューウェイヴの黒船という感じでした(笑)。
風間 実は僕が早川書房の編集者時代に〈モダンホラー・セレクション〉を始めたのが87年なんですが、『血の本』が出たの86年。本来なら〈セレクション〉に入れるべく版権を取っていなきゃいけない作品でした。
宮部 なんで集英社文庫から出たんだろう、と思ってました。
風間 短編集は売れないといった先入観によって、これを見逃したのは編集者として悔しかったです。ちなみに、ハヤカワFTも僕の担当だったのですが、創元に《ゴーメンガースト》三部作を出されたときも血の涙を流しました(笑)。
宮部 クライヴ・バーカーはこの作品でいきなり出てきたひとなんですか?
風間 そうです。新人でいきなり短編集六冊でデビューというのがスゴイ。個人でこれだけいろいろなタイプのものが書けて、どれもレベルが高いというのも驚きでした。
宮部 でも『血の本』って六冊全部読みきった記憶がないんですよ。たしか三冊目ぐらいでバテてしまって。あの装幀が微妙だったんですよ(笑)。これはないでしょ、っていう。
風間 わかります(笑)。内容もけっこうエログロ悪趣味路線、英国伝統のナスティ・ホラーの作品が収録されています。ほかにお下劣路線の代表選手が、アメリカの作家ですけど、ジャック・ケッチャム。この作家の鬼畜ぶりは最高です。それとリチャード・レイモンとか挙げたかったんですが。『殺戮の〈野獣館〉』とか。
宮部 私ね、『殺戮の〈野獣館〉』はまだ笑えたんです。でもケッチャムの『隣の家の少女』は笑えません。一読して嫌になっちゃった。表紙を見るだけで嫌な気分になってしまう(笑)。でも忘れられないんです。ラストまでしっかり憶えてます。でもキングが激賞してる作品なんですよね……。
風間 『隣の家の少女』は暗黒版『スタンド・バイ・ミー』みたいな話ですからね。映画化されているのに、さすがに日本では未公開ですね(編集部註:その後2010年3月に日本でも公開され、9月にはDVDが発売された)。
宮部 女性読者には耐えがたいですよ。ここまで人間の暗黒面を描けるというのはすごいと思いますけど。アンリアルではないアメリカの暗黒面をしっかり描いている。ケッチャムはすごい作家だと思うんですが、もうこれ以外読んでいないです。名前を見るだけでもう嫌(笑)。
風間 そこまで嫌われたら、鬼畜ホラー作家の本望です(笑)。本人にしてみれば、もっと売れてほしいでしょうけど(笑)。
宮部 風間さんの挙げられた『フリッカー、あるいは映画の魔』は読んでいないんですが、これはどんな感じの本なんですか?
風間 これはポスト・モダンホラーと言ってもいいかな、『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン)と『薔薇の名前』(ウンベルト・エーコ)とをハイブリッドしたような、映画史にまつわるオカルト話です。
宮部 それは読まなきゃ。これは出たときに絶賛する人と全然わからないと言う人とまっぷたつに分かれていたので、手を出してないんですよ。
風間 知的スノッブ向けの一冊ですね。純粋なエンターテイメントとして読みきるのはつらいかもしれないけれど、ローレンス・ノーフォークの『ジョン・ランプリエールの辞書』とかロバート・アーウィンの『アラビアン・ナイトメア』、あるいはそれらよりもうすこし娯楽よりのキャサリン・ネヴィルの『8(エイト)』などを読みふけったことのある人ならはまると思います。



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