Web東京創元社マガジン

〈Web東京創元社マガジン〉は、ミステリ、SF、ファンタジイ、ホラーの専門出版社・東京創元社が贈るウェブマガジンです。平日はほぼ毎日更新しています。  創刊は2006年3月8日。最初はwww.tsogen.co.jp内に設けられました。創刊時からの看板エッセイが「桜庭一樹読書日記」。桜庭さんの読書通を全国に知らしめ、14年5月までつづくことになった人気連載です。  〈Webミステリーズ!〉という名称はもちろん、そのころ創刊後3年を迎えようとしていた、弊社の隔月刊ミステリ専門誌〈ミステリーズ!〉にちなみます。それのWeb版の意味ですが、内容的に重なり合うことはほとんどありませんでした。  09年4月6日に、東京創元社サイトを5年ぶりに全面リニューアルしたことに伴い、現在のURLを取得し、独立したウェブマガジンとしました。  それまで東京創元社サイトに掲載していた、編集者執筆による無署名の紹介記事「本の話題」も、〈Webミステリーズ!〉のコーナーとして統合しました。また、他社提供のプレゼント品コーナーも設置しました。  創作も数多く掲載、連載し、とくに山本弘さんの代表作となった『MM9―invasion―』『MM9―destruction―』や《BISビブリオバトル部》シリーズ第1部、第2部は〈Webミステリーズ!〉に連載されたものです。  紙版〈ミステリーズ!〉との連動としては、リニューアル号となる09年4月更新号では、湊かなえさんの連載小説の第1回を掲載しました(09年10月末日まで限定公開)。  2009年4月10日/2016年3月7日 編集部

【特別掲載 先行公開】平田真夫「潮騒――矩形の海」(1/2)[2011年2月]


2011年3月発売、新人作家・平田真夫の『水の中、光の底』《梶尾真治氏推薦》。ほんの少しずつ重なり合った10の短編世界。そのなかで“酒場の主人”だけが同じ人物で共通しているという趣向の連作集です。新しくて懐かしいSF幻想。〈Webミステリーズ!〉では、発売に先がけて収録作の1編「潮騒――矩形の海」を特別公開いたします。
平田真夫 水の中、光の底







「ここには海があるそうだな」
 カウンター越しに言うと、主(あるじ)は、おや、という顔をして、瓶を持つ手を止めた。
「ご存じなんですか?」
「誰でも知ってるさ。わざわざ訊く奴が少ないだけだ」
「そうですかね」
 蓋を開け、冷たくしたグラスに注いでくれる。
「ご覧になりたいんですか?」
「ああ」
「じゃあ、後程ご案内しましょう。まずは、これをどうぞ」
 グラスが置かれる。狭い店内には他に客もいない為、カウンター周り以外の灯りは程々に落としてあった。薄暗い照明の下で、主の禿頭と眼鏡だけが光っている。彼の動きに連れて、大きな影が移動して行った。
「どうしてそんな物があるんだ?」
 グラスに口を付けながら尋ねてみる。味は水晶のように透明で、酔いだけが廻っていくようだ。始めはただの水ではないかと思ったくらいだが、飲み進むにつれて、たまにはこういう酒も悪くないと感じ始めた。
「さあ――あたしはよく知りません。先代から受け継いだだけなものでして。ここが建った時からあるそうですが――余り興味はありませんから」
「でも、時々は降りて行くんだろ。中を見た奴も、何人かいるそうだぜ」
「そりゃまあ。でも、あたしはやったことはありませんよ。あ、もしかしてお客さんも?」
「そうだ。潜ってみたい」
「ふうん、そうですか」
 折しも窓の外では、地平線から月が昇ろうとしていた。地平線とは言っても、単に家並が続いているだけだ。屋根屋根の上に差し懸かった月は、空にある時に比べて妙に大きく見える。何かの本に、地上に近い月が大きいのは、そばに比べる物がある故の錯覚だと書いてあったが――。
 ぐっと飲み干して、グラスを置く。勘定をしようとすると、主は痩せた手を上げて押し留めた。
「後で結構です。まずは地下にご案内しましょう」
 言われてみれば、戻ってから飲み直すこともありそうだ。支払いはそれからの方がよかろう。立ち上がると、心なしか冷たい風が吹いているような気がする。
「さ、こちらです」
 カウンターの左には古びた木の扉があり、主が先に立ってそれを開ける。中から冷えた空気が流れ出し、今の風が気のせいではないと判った。建付けの悪くなった隙間から吹き込んでいたのだ。それは冷たいだけでなく、水を含んでじっとりしていた。中は明かりも届かず、真っ暗だ。
「滑りやすいから、足元に気をつけて下さい。電灯はあるんですが、しばらく使ってないから点くかどうか――いや、大丈夫みたいだ」
 主が手を伸ばして内側の壁を探ると、カチリと音がして裸電球の黄色い光が点された。彼の肩越しに覗くと、電灯に積もっていた埃のせいだろう、微かに焦げくさい空気が漂ってくる。先程の水を含んだ風と混じって、妙に黴臭い。左右の壁は漆喰も剥げ、もう何年何ヶ月も人の手が入っていないことが見て取れた。
「済みませんねえ、掃除が行き届かなくて。普段あんまり降りないもんだから、放っぽらかしなんですよ」
 言いながら、先に立って主が入る。そこは小さな踊り場で、人一人がやっと通れそうな狭い階段へと続いていた。溜まった塵に、細い靴跡が点々と付いていく。
「さあ、行きましょうか。結構降りますよ」
 後に着いて行くと、石で出来た階段は十段も行けばすぐ向きを換え、狭い踊り場を繰り返しながら螺旋状に下っていた。限りのある面積を利用しているのだから仕方なかろうが、それにしても狭い。ちょっとでも足を滑らせたら、あちこちにぶつかりながら落ちて行くことになりそうだ。そうして、下に着く頃には、体中の骨がばらばらになっているのに違いない。
 主は先を歩きながら、時々壁のスイッチを押していく。そうすると、今通り過ぎたばかりの階の灯りが消え、同時に前方の電球が点るのだ。電力を無駄にしない為の配慮なのだろうが、これでは自分達がいる所以外は真っ暗である。誰かが上から覗いても、人がいるとは判るまい。つまりは、何かうまくない事態が起きても助けは期待出来ない訳であり、そう考えると不安になってくる。
「どれだけ深いんだ?」
 つい大きな声を出してしまい、反響にぎょっとする。上にも下にも木霊が走り、無数の自分がいるようだ。思わず声の調子が下がり、今度は囁くように後を続けた。
「随分降りたと思うんだが……」
 すると、足元が危ない為だろう、主は振り向きもせずに答えた。
「申し訳ありませんが、まだ半分も来ちゃいません。さっきも言ったけど、相当あるんですよ。正確にはどの位だったかなあ。あたしも二年ばかり行ってないもんでして。何しろ暗いし、一人で行くにはちょっと――。答になってなくて済みませんが――」
「いや、いいんだ。元々俺が来たいと言い出したんだし」
 さもありなんというところか。誰でも、ここから先はお前だけで行けと言われたら、考えてしまうだろう。
「で、前に潜った奴はどの位いるんだ?」
「さあてねえ。あたし自身は二人ばかりご案内しましたが、先代や先々代、それより昔なんかはどうなっていたのか」
「変なことは起きなかったのかな」
「そりゃ、別にご心配には及びません。あたしがご案内したお二人もですし、先代からも妙な話は聞いちゃいません。皆さん、ぴんぴんして上がってらっしゃいますよ。でなきゃ、とっくに封鎖してます」
 これで少し安心した。確かに、こんなことで他人を嵌めても何の価値もない。
「で、みんな上がってきた後に何と言ってる?」
「特に何も。別に言う程のこともないんじゃないですか。あたしも尋ねないし」
「ふうん」
 気がつくと、途中の踊り場の横にさっきと同じような木の扉があった。立ち止まって手を掛けると、気配に感づいた主が振り返る。
「どうかしましたか」
「この中には何があるんだ?」
「見てもいいけど、面白くはありませんよ。ご自分で開けて下さい。鍵は掛かってませんから」
 確かに扉は苦もなく開いた。当然ながら中は真っ暗だ。扉の横にスイッチがあるので点けてみると、がらんとした部屋に、店で使うグラスや古い酒瓶が転がっているだけで、要はただの物置らしい。いつの間に忍び寄ったのか、すぐ後ろから主の声がした。
「あれらの酒も、店で出せるといいんですがねえ。調べてみると、結構年代物のいい奴が見つかるんです。先代もたまにしか降りて来なかったそうだし、そのまま放っておいたんでしょうな。何しろ、一人でまとめて運ぶにゃ重過ぎて、こんな下からじゃとても無理な訳でして。途中でひっくり返しでもしたら、元も子もありません。それで、こんな風にお客さんの案内で降りて来た時に、ちょこっと持って帰るくらいなんですよ。せいぜいがとこ、一本か二本ですけどね」
「何だってまた、こんな不便な所まで持って来たんだろう」
「さあ。泥棒が怖かったにしても、ちょっとやり過ぎですよね。そもそも、こんな下に酒蔵を作ってどうしようってんだか。だけど、店が出来た時のことなんざ、話が古過ぎて判りません」
「一本貰えないかな。代金は、後でつけてくれればいいだろ? ――いや、待ってくれ。年代物だとすると、高いのか」
「そうですねえ、ものによると値が張るのもあるんですが、どっちにせよ、お客さんが来たいとおっしゃらなければ放りっぱなしになってた訳だし――。ちょっと待ってて下さい」
 主は先に立って入口をくぐると、無造作に転がしてある瓶の中から一本を拾い上げた。
「この辺りなんかは、そんなでもない筈なんですけどね。……ああ、やっぱりこりゃ、わざわざ店に持ってってもしょうがない酒だな。――いいでしょう、代金はいりません。その代り、あたしもお相伴に与ります。何だったら、ご一緒に二、三本持ってきませんか」
 よっしゃとばかりに、二人で適当な瓶を漁ることにする。そして、余り大きくないのを二本ずつ取り上げ、それぞれ両手にぶら下げた。
「グラスも持って行きましょう。でないと、喇叭飲みになっちまう」
 瓶をそばにおいて、足のないグラスを二つ、ポケットにねじ込む。
「行きましょうか」
 再び階段を降り始める。二人とも何も言わず、足音だけが上下に向かって響いていた。
 やがて主が、沈黙を破った。
「ああ思い出したぞ。ここで壁の色が変わるんだ。なら、もうすぐの筈です。――ほら、見えるでしょう」
 主の頭越しに見ると、ようやく辿り着いた地下室の入口には扉も無く、向こうから何か生臭い匂いがした。踊り場の明かりが差し込んで、板張りの柵のような物が見える。
「ええと、スイッチは何処だったかな。ああ、ここだここだ」
 主が入って壁を探ると、すぐに灯りが点された。一瞬、目が眩む。ここは階段と違って蛍光灯だ。青いような光に照らされて、先程の木の柵が十メートル四方の正方形であると判る。中には縁すれすれにまで、重たく淀んだ水が張ってあった。
「海です。結構大きな物でしょう。深さもかなりあるんですよ。それに、どうやら底に行く程広がってるみたいなんです」
 見廻すと、地下室はほとんど海で一杯である。床と呼べる部分は柵の手前数メートルしかなく、残りの三方は直接漆喰の壁に接している。壁はもはや灰色に薄汚れ、あちこちに大小のひびが走っていた。見ると、正面の壁に大きな振子時計が掛けられ、コチコチと音を起てている。二年前に来たのが最後だとすれば、その間止まらずにいたのだろうか。
 と、主が声を上げて、入口のそばにしゃがみ込んだ。
「お前、まだ生きてたのか」
 床に置いてあった鉄の籠を取り上げて、ロイド眼鏡の奥から覗き込んでいる。からからと何かが回転する音、真っ白な二十日鼠が一匹、取り付けてある運動用の輪の中を走っているのだ。
「一体、何を食べてたんだろう。ずっと放っぽらかしだったのに。――あ、なんだ。壊れて穴が開いてるんだ。それで何処ぞに餌探しに行けたんだな」
 主は籠を置いて腰を伸ばした。
「いやなにね、二年前に来た時、どうしても餌を食べずに息も絶え絶えだったんで、どうせ死ぬんだろうって放っぽっといたんですよ。まさか、自分で元気になるとはなあ」
 一人でしきりに感心している。鼠はそんなことは意にも介さず、相変わらずからからと車を廻し続けていた。
「さて、それよりもこっちですね。潜るとおっしゃってましたが、ほんとに大丈夫なんですか」
「ああ、迷惑を掛けるようなことはないつもりだ」
「そうですか。まあ、あたしなんざ、とても実行しようという気にはなりませんけど。でも、無理はしないで下さいよ」
「解ってるって」
 心配そうな主に答を返してから、柵に手を掛けて中を覗き込む。視界は一面の緑色、水は深々と光を飲み込み、下に何があるのかは全く判らない。ただ、少なくとも水質は透明で、ある程度は蛍光灯の光も届いているようだ。何も反射する物がないから、先が見えないのだろう。生臭い匂いは明らかにこの水から立ち上っており、しかしそれは決して不快なものではなかった。指を浸けて味を確かめてみると、噂通り、人の体液のように塩辛い。
「さあて、まずは慌てないで、さっきの奴を開けましょうよ」
 言われて、持ってきた瓶のことを思い出す。いつの間に取り出したのか、主は布巾のような物でグラスを磨いており、やがて真っ赤な液体が注がれた。
「ふむ、悪くなってはいないな」
 鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、くい、とグラスを傾ける。そして満足そうな表情で、海の方を眺めやった。
「こんなことなら、チーズの一つも持って来りゃ良かったですね。鼠にもやれたし」
「いいさ、何も飲みに来た訳じゃない」
 これからしようとしていることを思うと、そんなに酔ってしまう訳にもいかなかった。店で飲んだ分は階段を降りるうちにすっかり醒めていたが、ここは控え目にしておこう。
 持って来た瓶が小さかったので、互いのグラスに縁まで入れると、もう空になる。一杯目を空けると、すぐに主が次の瓶の封を切った。これでは、ついつい過ごしてしまいそうだ。だが、上で飲んだ酒とは逆に、濃厚な味の割には余り酔いが来なかった。これなら、そう心配することもあるまい。
 ちびちびと二杯目を舐めながら尋ねてみる。
「前に潜ったとかいう連中は、何を見ようとしたのかな」
「さあねえ。想像もつかないなあ。何度も言うけど、自分じゃあ、入ってみようなんて考えはおきませんから。お客さんだって、どういうおつもりなんですか?」
「単なる好奇心だよ。ここにこれがあるって聞いてから、一度は来ようと思ってた。底が見えない程の深い水――その先に何があるのか、誰も教えてくれない」
「解りませんねえ。こう言っちゃなんだけど――いや、怒っちゃいけませんよ。飲んだ上でのことだって許して下さい。ただ、こんなつまらない水溜りの何処が面白いのか、訳が解らないものでして」
「いいさ。だいたい、これに興味がないから、先代に選ばれたんだろう?」
「まあ、そうですね。自分で興味津々の奴に継がせると、そのうち地下室に入ったまま出て来なくなりゃしないか心配だ、って言われましたよ」
 しばらくは黙ったまま海を見続ける。こんなに大規模に塩水が集まっているのは、他では見られない光景だ。
「もう一本開けましょうよ。持って帰るのも面倒だし」
「いや、この辺で止めておくよ。酔っちまうとまずいだろ。あとは、一人でやってくれ。元々、あんたの店の酒だし」
「そうですか。じゃ、お言葉に甘えて」
 主は新しい栓を抜き、自分のグラスに注ぐ。先程の鼠が籠から這い出して、彼が転がした空瓶の口を舐め始めた。
「さて、そろそろ取り掛かるとするか」
「そうですか。で、どういう風にするんで?」
「はあてねえ。とにかく入って、適当に体を動かせば様子が分かると思うんだ。出来れば腰に縄でも付けて行きたいとこだが、そんな物は無いようだな。まあ、危ないと思ったらすぐに中止するよ」
 立ち上がって服を脱ぐ。主の前で自分だけ裸になるのは気恥ずかしかったが、彼は余りじろじろ見るようなことはしなかった。
 とりあえず柵を跨ぐと、爪先を水に浸して腰掛けてみる。中は生暖かく、力を抜くとふわりと足が浮くようだ。前を眺めやると、向かいの壁が莫迦に遠く見えた。水に入るという行為そのものは解っているつもりだが、あちらに辿り着くのは結構大変そうだ。してみると、あの時計はどうやって取り付けられたのだろう。
 だが、いつまでこうしていても仕方がない。そのまま向きを変えると、手を柵に掛けてそろそろと体を沈めてみる。足を前に伸ばして、触れるものはないかと探ってみたが、それは何処にも届かなかった。木の柵は水面のすぐ下で切れており、下には内壁も何もない。
 しかしどうやら有り難いことに、塩水の中では全身が軽くなるようである。手の力を抜いていっても、直ちに沈むことはない。足を後ろに伸ばして少し動かすと、すぐに体が浮かんで水平になった。問題は、いずれ柵から手を離さねばならないことにある。
「どうですか」
 主が上から覗いて尋ねた。柵に掴まったまま、足を静かに動かしながら、それに答える。
「何とか行けそうだ。ちょっと顔を浸けてみるよ」
「注意して下さいよ。いきなり手を離さないように。何かあっても、あたしじゃ何も出来ませんから」

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創元社初のSF? 『笑の話』――SF奇書天外REACT【第7回】(2/2)[2011年1月]



 というわけで、中央線で立川駅へ。南武線に乗り換えてひとつ目、西国立駅へ。そこから徒歩で十分ほどのところに、都立多摩図書館はあった。なんだ、国立国会図書館や、上野の国際子ども図書館よりも、よっぽどウチから近いじゃないか。
 わざわざ出かけてから「作業中のため該当書は貸し出せません」なんてことのないように、前もって確認はしてある。あっけないほどすんなりと長尾七郎『児童寓話 笑の話 尋常五年生』(昭和十年=一九三五年)を書庫から出してもらえる。……おお、やはり同じ表紙絵だ。
 ではさっそく、と読書コーナーに腰を据えて読み始めた。うむ、今回も注目の作品がいくつかあるぞ。
 「ラジオ版」は、ラジオ放送をテーマにした連作集。そのうち「三、学術講座」は、人間の体を国になぞらえた“人間国”見物記録。おでこ坂の下の二つの望遠鏡(つまり両眼)とか、ラジオの放送所(口)とか。
 「めい土通信」は、お静ちゃんのところへ、亡くなった親友のみね子さんから届いた手紙の内容、という設定。みね子さんは、すいすいと走る“花自動車”に乗ってあの世へ行ったという。これは路面電車全盛の時代に、花や電飾で飾られて市内を走った“花電車”からの発想でしょうな。葬式はお花で飾られるし。
 出迎えてくれたのはお祖父さんや妹のくに子、お友達のお春ちゃん。みな、先に亡くなった人たちらしい。
 めい土の町はとてもきれいで、知っている人とは行き来できるし、知らない人ともすぐに仲良くなれる。そしてみね子さんは、近頃では童謡ダンスの先生をしており、世界中の人たちが教わりに来るのだ。
 一番熱心なのは牛若丸さんだが、下手っぴいで「京の五條の橋の上」もうまくできないとか。その他の生徒は、万寿姫とか西郷隆盛とか乃木大将とかフランクリンなどなど。
 昔はめい土も真っ暗で鬼たちが威張っていたが、電気が輸入されたおかげで昼ばかりになった。夜が来ないので、寝ることもなくなった。
 見たいこと(現世のこと)は家の天井のガラス張りに何でも映るし、聞きたいことは柱のラジオが聴かせてくれる。
 先日はめい土の土長(市長みたいなものですかね)の閻魔さんが、家を新築した。モダーンな洋館で、その日はめい土はじまって以来のお祭り騒ぎとなった。
 閻魔さんはモーニング姿。巡査をしている鬼たちも、その日から制服制帽の洋服姿ということになった。ところが着慣れないものだから、後ろ前に着たり、上着を足にはいてみたり。
 人間たちが笑っても、鬼たちは笑うことを知らないので、しかめ面をしている。しかしそんな鬼たちがついに笑った。それは来年の話をした時だった……といったところ。
昔の空と今の空
「昔の空と今の空」(挿絵)
 「昔の空と今の空」は、天女が空を舞わなくなったのは飛行機や電波が現在の空を飛びまわっているからだ、というだけの話だが、イラストに描かれた“空の交通巡査”は、十分にSF画だ。
 掉尾を飾るのは「極東オリンピック大會」。おお、『尋常六年生』「大野球戦」と同傾向の作品だ。紀元一千五百年、極東蓬莱の島でオリンピック大会が開催された。
 選手陣は陸上競技が木曾義仲(八〇〇メートル)、荒木又右衛門(マラソン)、羽衣天女(走高跳)、岩見重太郎(三段跳)、武蔵坊弁慶(砲丸投)、源義経(十種競技)など。水泳が佐々木高綱(一〇〇メートル)、山田長政(一五〇〇メートル)、弟橘姫(投水)などで、監督が源頼朝。
 “投水”って競技はなんじゃらほい、と思って読んでいると、「飛び込み」のことでした。その選手の弟橘姫(おとたちばなひめ)というのは日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の妃。夫に代わって海に身を投げて海神の怒りを解いたという伝説があるから、飛び込みなんですな。
 選手団は三保の松原から客船(?)大和丸に乗って出発。蓬莱で開会されたオリンピックは、どうやら国別対抗らしい。支那軍、オーストラリヤ軍、日本軍、満州国軍と入場。あとは西洋軍(詳細不明)、印度軍、フィリッピン軍などが登場するものの、何か国が参加しているかは不明。
 孔子率いる支那軍が、優勝旗を返還して、いよいよ競技スタート。四〇〇メートルの阿部貞任(あべのさだとう)、一位だったのに振り向いて一言二言喋っているうちに、二着になってしまう。これは“衣川の戦い”で、逃げる阿部貞任と追う源義家が和歌合戦をした故事を踏まえたもの。昭和初期には、五年生でもそういうことは常識だったのでしょうな。
 砲丸投げの弁慶は、怪力で投げた砲丸を(ぶつけて?)粉微塵にしてしまう。
 走高跳の天女は、地上を離れて大空高く見事に跳びゆく。ずっと飛べるはずだから、記録はどうなったんでしょうね?
 ……こんな具合で、優勝は大日本帝國。祝賀会が開かれ、祝杯、余興のダンス、世界から選ばれた合唱団の合唱、そして大会実況の映写で、物語は終わる。
 挿画は『尋常六年生』と同じ田村孝之介。
 というわけで、確認できたのは三、五、六年生の三冊。これらの作者が長尾七郎なので、シリーズ全体がそうだと思われるが、確認できず。残る学年については、いずれどこかで存在が判明したら、是非とも読みたいと思います。

 さて、『笑の話』の巻末を開いてみると、そこには創元社の児童書の広告が載っており、『美しいお話』『お話讀本』と、短篇集らしきタイトルが見られるではないか。
 そのうちの一冊、小谷良徳編・画の『お話讀本 尋常二年A』(昭和六年=一九三一年)が多摩図書館に所蔵されていることが判っていたので、これも『笑の国』と一緒に出してもらうことにした。ちなみにこのシリーズも基本的には学年別なのだけれども、一年と二年だけは二分冊になっている(活字が大きいためか?)。それゆえ『…A』『…B』があるのだ。よって、全部で八冊。
 作者が文章と絵の両方を書いているが、小谷良徳(一九〇八~二〇〇四)は洋画家なので、それも道理。
 目次を開いてみると「しろうさぎ」「こぶとり」「うしわか」「ものぐさ太郎」「はごろも」……。明らかに、日本の昔話(お伽話)集だ。念のため中をぱらぱらと確認すると、やはり誰でも知っているお話ばかり。これならあえて一冊まるごと読む必要もあるまい、と巻末の奥付&広告を確認。こちらは全巻を小谷良徳が作者であることが分かった。また、ここに重要なデータがあることに気づいた。『美しいお話』シリーズの収録内容が、一覧になっていたのだ。本体は『お話讀本』なのだから、これはあくまで広告なのだ。
 一年生の「キイロイ トリ」「ダイリサマ」などに始まり、五年生の「殿様のお茶碗」(小川未明)、六年生の「母を尋ねて三千里」(アミーチス)などなど……。いずれも、一般的な「童話」もしくはいわゆる「名作」と呼ばれる類のものばかりだ。さすがに��美しい話�≠ナ、SFはなさそうだ。
 その『美しいお話』シリーズは、『尋常一学年』『尋常二学年』が上野の国際子ども図書館に収蔵していることが判明。急いで行って読んでこようかと思ったが、調べたら閉架になっている上に現在は現地へ行っても読むことができない扱いになっている。これは残念……と思いつつ、ハタと気づいてデジタルアーカイヴの一覧を見てみると、おお、そちらに入っているおかげで、かえって自宅で読むことができるではありませんか!
 ツノ書きも含めた正式タイトルは『児童修身 美しいお話 尋常一学年』『児童修身 美しいお話 尋常二学年』。どちらも昭和五年刊で、尾関岩二編。グリムやアンデルセンなど、ファンタジイに分類し得る話も入っているが、基本的には童話集だった。
 尾関岩二(一八九六~一九八〇)は、大正・昭和期の児童文学者。著書に『こどものお釈迦さま』(興教書院/昭和九年=一九三四年)などがある。
 広告によると一・二学年が尾関岩二編、三学年以上が長尾七郎となっている。
 更に更に、国際子ども図書館には創元社刊行の尾関岩二『お話のなる樹』(昭和二年=一九二七年)が収蔵されていた。これもデジタルアーカイヴで読んでみると、『美しいお話』と同傾向の童話集だった。「小さくなる平六」が、身体がどんどん小さくなっていくマシスン『縮みゆく人間』と同じようなテーマではありました。
 本書が、どうやら創元社の子ども向け「お話集」としては最初らしい。表題作「お話のなる樹」ほか数篇は『美しいお話』に再録されているので、本書の評判が良かったために、幾つもシリーズが続くことになったのかもしれない。
 というわけで、創元社初期の児童向けお話集を判明している限りまとめてみると以下の通り。

 『お話のなる樹』(尾関岩二/昭和二年)
 『美しいお話』全六巻(尾関岩二・長尾七郎/昭和五年)
 『お話讀本』全八巻(小谷良徳/昭和六年)
 『笑の話』全六巻?(長尾七郎/昭和九~十年)

 このうち、はっきり“SF”と言える作品が入っていることまで判明しているのは、『笑の話』『お話讀本』については一冊以外の収録作が判っていないが、おそらくはお伽話集だろう。よって、取りあえず現段階では「創元社最初のSFは『笑の話』(の収録作)である」と結論付けて差し支えなかろう。

 では、単行本の一部ではなく、一冊まるまるSFである本の最初は、何だろうか。戦時中の昭和十七年(一九四二年)にジョージ・ガモフ『不思議の国のトムキンス』が出ているが、これはSF仕立ての科学解説書なので例外扱いとすると、もっと時代が下って戦後、テオフィル・ゴーチェ『換魂綺譚―アヴァタール―』(一九四八年)ということになるだろう。
 これはフランスの幻想作家による“精神交換”テーマの小説だ。「アヴァタール」というのは昨今流行の「アバター」と同じことで“化身”といった意味。ちなみに創元SF文庫からは、ボール・アンダースンの『アーヴァタール』も出ております。
 主人公は、オクターヴ・ド・サヴィユという青年。彼はとある美女に一目惚れしてしまった。しかしその女性は人妻だった。ポーランド人のオラーフ・ラビンスキー伯爵の奥方、プラスコヴィ・ラビンスカ伯爵夫人だったのだ。しかも伯爵夫妻は相思相愛のおしどり夫婦。とても入り込む余地はない。
 叶わぬ恋の病に、生きる気力を失ってどんどん弱っていくオクターヴ。そうとは知らぬ周囲の人間は医者たちに見せたが、インド帰りのバルタザール・シェルボノー博士だけが真実を看破した。シェルボノー博士はかねてより精神と肉体とを分離、さらに再結合させる研究をしており、科学と呪術を組み合わせることによって、それを可能としていた。
 シェルボノー博士はオクターヴの望みを叶えるため、オクターヴと伯爵の精神を入れ換えた。伯爵の肉体を手に入れたオクターヴは、伯爵邸へと向かった。果たして、その結果やいかに……。
 作中、精神の交換を行うのにメスメリズムなどが用いられているので、科学ロマンスだと言っても過言ではないだろう(一八五六年に発表されたので、まだサイエンス・フィクションという言葉はありませんでした)。
 訳者の林憲一郎(一九一三~二〇〇三)は、フランス文学者。著作に『フランス童話』(広島図書・銀の鈴文庫/一九五〇年)など。ネット上の訃報によると京都大学の名誉教授にまでなっていたようだ。
 本作は、その後『ゴーチエ幻想作品集』(創土社/一九七七年)で「化身」のタイトルでも翻訳されている(小柳保義訳)。そちらの訳は更にゴーチェの作品集『変化(へんげ)』(小柳保義訳/現代教養文庫/一九九三年)で、改題されて表題作となった。ちなみに現代教養文庫には、他にも『魔眼』『吸血鬼の恋』とゴーチェ作品が収録されている。
換魂綺譚
『換魂綺譚』
 現代教養文庫は、版元の社会思想社が倒産したために絶版となってしまったが、一部が文元社から〈教養ワイドコレクション〉としてオンデマンド復刊されている。ゴーチェは幸いにも三冊ともこの〈教養ワイドコレクション〉にラインナップされているため、現在でも入手は可能だ(オンデマンドゆえ、ちょっとお高いですが)。
 『換魂綺譚』は、創元社の〈百花文庫〉という叢書の一冊。“文庫”という名ではあるが、文庫判ではなく、四六判ソフトカバーの単行本である。ゴーチェの「ェ」は創元版では小さいが、ここで言及したその他の版では大きい「エ」で表記されている。
 そんなわけで、創元社まで遡ってのSFのルーツは、『笑の話』『換魂綺譚』にあり、ということになる。
 ――いつも以上に書誌にこだわって調査魔になってしまったが、ご容赦を。それだけ、『東京創元社 文庫解説総目録』の及ぼした影響が大きかったということなのです。今回は現物を確認できなかったものもあったので、引き続き調査は継続したいと思う。……いざとなったら、大阪の創元社に連絡を取ってみるかなあ。
(2011年1月6日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


SF小説の月刊ウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社

創元社初のSF? 『笑の話』――SF奇書天外REACT【第7回】(1/2)[2011年1月]


◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
奇書好きのわたしとしては、
「『東京創元社 文庫解説総目録』に載っていない本」が
気になって仕方がなくなってしまった。


北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
 【 第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回

 

 

 二〇一〇年末、東京創元社の文庫五十周年を記念して、『東京創元社 文庫解説総目録1959.4-2010.3[付・資料編]』が遂に刊行された。“遂に”と言うのもわけがある。これはそもそも、文庫四十周年の際に企画されていた本だったのだ。
 手元に届いた際には、思わず踊り出してしまった(←ホントです)。今度こそ本当に刊行されたという喜び、装丁の素晴らしさ、そして中身の充実ぶりゆえにである。
 本体の総目録は、ただ過去の文庫目録をまとめたというだけでなく、収録短篇やその原題まで判るようにしてある丁寧さ。
 分冊の[資料篇]は、過去の月報類から貴重な座談会を再録しただけでなく、本書のために新たに座談会やインタビューを行っている。これがまた、面白い上に読み応えたっぷり。
 嬉しいことに『ドイル傑作集』の編訳者としてわたしも目録に名前を連ねることができたのは、十年遅れたがゆえの怪我の功名。
mokuroku.jpg  ……ここでは、これ以上は「ここがイイ」「あそこが最高」と述べるのはやめておく。それだけで本連載一回分になってしまうし、手に取って頂けば判ることだからだ。
 とにかく、監修者の高橋良平氏、そして“目録奴隷”編集氏に感謝感激あめあられ、である。
 ひとつ言えることは、この『総目録』を読んだ人はみんな、ここに載っている本が読みたくてたまらなくなる、ということだ。かくいうわたしもそのひとりなわけだが、奇書好きのわたしとしては、更には「ここに載っていない本」が気になって仕方がなくなってしまった。
 それはどういうことかというと、東京創元社ではなく「創元社」の本についてもっと知りたくなってしまったのだ。
 創元社は一九二五年(大正十四年)に取次を母体として設立された大阪の出版社で、その東京支社が一九四八年に別法人となり、一九五四年に東京創元社となったのだ。
 創元社は割と固めの本を出す出版社で、文学系の本や“推理”抜きの「創元文庫」などを刊行していた。
 そこで自分が創元社の本は何を持っているか、確認してみることにした。まず創元文庫は中勘助『中勘助自選随筆集(上)』(一九五三年)とイリン『書物の歴史』(同)。前者については拙著『新刊!古本文庫』(ちくま文庫)にて紹介したので、ご参照頂けると幸い。
 阿部知二『微風』(昭和十四年=一九三九年)は、創元推理文庫版のホームズ物も訳した(現在、深町眞理子訳に入れ替わりつつありますが)文学者の小説集。「アフリカのドイル」という短篇が収録されているために買いました。
笑の話 尋常六年生
『笑の話 尋常六年生』
 そして長尾七郎『児童寓話 笑の話 尋常六年生』(昭和十年=一九三五年)は、かなりレトロな児童書。記録を確認したら、六年前に神田と高円寺の古書即売会をハシゴした際、高円寺で見つけたものだった。即売会場でなにげなく手に取ったら、目次の「百年後の日本」というタイトルが目に飛び込んできたので、こりゃめっけものだと購入したのである。函欠な上に少々ボロくて表紙の絵が擦れてしまっているけれども、格安だったので文句ありません。
 この短篇はそのタイトル通りの内容、つまりSFだった。ここでわたしは、創元社時代まで遡って、同社が最初に出したSFって何だろう? と疑問に思ってしまったのである。一旦疑問を抱いたら、気になって気になってしょうがない。……というわけで、今回はこれがテーマであります。
 まずは同書の内容をご紹介。件の「百年後の日本」は、座談会形式だったので完全な物語形態ではないものの、十二分に未来予測SFである。
 交通機関は、当初は地上が車であふれ、人間が歩くとすぐひき殺されてしまうようになった――というあたりは、交通地獄(←これも死語?)を予見している。車優先のため、歩いている人間は逮捕されてしまうそうだ。やがて、交通は空中と地中に追いやられ、洋館の屋上が飛行機発着場、地下室が地下鉄の停車場となるのだ。
百年後の日本(挿絵)
「百年後の日本」(挿絵)
 建物はどんどん高くなり、都会は最低で十階建て。地上は家で一杯になり、やがては稲を見るのに観覧料を取られ、れんげ草が一株いくらなどというれんげ狩が催されるようになる。
 食べ物は、キャラメル一個で一回の食事になるようなものが発明される。うーん、現在のカロリーメイトなんかが、ぎりぎりそれに当たるでしょうか。
 ……といった感じで、延々と予測が続く。座談会形式ゆえ「いや、僕はこう思うよ」などと、反対意見も出されたりする。
 本書には、これ以外にもSF系・奇想系の作品が幾つか収録されている。「桃太郎の土産話」も、そのひとつ。最近洋行から帰朝した桃太郎が、全世界に向けて富士山頂から放送した土産話、という設定。鬼が島がよく治まるようになり、大変開けたから一度来てくれ、と招かれたのだという。で、行ったのは推古天皇の時代――って、西暦六〇〇年前後ってことか? ずいぶん昔ですな。
 船が桟橋に着くと、桟橋がエレベーターになり、陸に上がると船が自動車になった。おお、SFだSFだ。
 洞窟が大庭園になっており、そこで人々が桃太郎を待ち受けていた。先頭は浦島太郎。奥の中央公会堂の門番は加藤清正(だんだん時代設定が滅茶苦茶になってきましたな)。園丁は花咲爺さん。
 公会堂で、桃太郎は貴賓席へ案内される。そして特別プログラムで、歓迎してくれる。開会の辞は豊臣秀吉。歓迎の挨拶はコロンブス。その他、菅原道真の詩吟やら、竜宮乙姫一座のレビュウやら。
 翌日は天女から天空旅行のお誘いが、乙姫から竜宮へのお誘いがあったが、これは断ってしまう(残念!)。博物館を見物すると、コロンブスの卵とか、エジソンの電気とかが展示されているのだ。
 帰ろうとして、何日経ったかと尋ねると、ざっと二千年だという。これはまた、浦島太郎どころではありませんな。超光速飛行でもしないと行けないところにでもあるんでしょうか、鬼が島。
 帰りは南米から北極探検に行く飛行機に乗せてもらったところ、顔見知り(有名人)もたくさん乗っていた。日本の幼稚園に入りたいというダーウィン(日本の教育が進んでいるという意味?)、南米へ野球の試合に行っていた牛若丸、国家非常時の世界経済視察からの帰り道の二宮金次郎、満州国視察へ行くリンカーンなどなど。ちょっと時局ネタが入ってきました。かくして、富士山に到着したのである。
 で、鬼が島は蓬莱の島となり、新南群島になったのだという。だから新南群島は日本のものなのである――という、愛国的テーマが述べられて話はオシマイ。
 でも帰ってきたのが昭和の御世だというから、ちょっとおかしい。推古天皇の時代から二千年経ったら、西暦二六〇〇年(皇紀紀元ではなく)になってしまうぞ。
 それに、鬼が島を「再訪」したのが推古天皇の時代ってことは、最初に鬼退治したのは一体いつのことだ。……とにかく、滅茶苦茶である。
 巻末の「大野球戦」も圧巻だ。世界各国の親善のために、全世界野球試合を行うことが平和会議で提言されたが、そのチームが発表されるや、全世界が震駭した。一方が列強を網羅した全世界チームで、もう一方が日本一国のみのチームだったのだ。常識で考えると不公平極まりないが、それだけ日本チームが強いということなのだろう。
 試合が近付くにつれ、日本各地に官民合同でラジオやテレビが設置され、交通巡査代用のロボットが急設され、臨時交通飛行機がトンボのように群がり飛ぶ。おお、これまたSFだ。
 さて、各チームのメンバーはというと――ご期待に違わず、歴史上の人物ばかり。全日本は源義経、坂上田村麻呂、武蔵坊弁慶、源為朝、荒木又右衛門、河野通有、阿倍比羅夫、武田信玄、上杉謙信、山田長政、宮本武蔵。全世界はネルソン、ルーズベルト、ビスマルク、ガリバルヂー、モルトケ、シーザー、コロンブス、クロパトキン、モンロー、李鴻章、ナポレオン。
 試合経過は、ラジオおよびテレビにて中継される。試合経過は長ったらしいので省略。要するに、はらはらと気を持たせた末に、日本の逆転勝ちである。
 翌日、太陽や月世界から祝電が届く。なんと、月人が存在するのみならず、天然の核融合炉たる太陽に生命体がいるらしい! 凄い、凄すぎる。また火星や木星でも、このニュースは報道されているから、火星人や木星人もいるぞ!
 いやはや、有名人が野球をするだけの話かと思ったら、とんでもないスケールのSFになってしまった。これだから、SF味のなさそう(と思える)奇想小説も、丹念に読んでみないといけない。
 作者の長尾七郎は、学校の先生だったらしいのだが、詳細は不明。編著書に『児童生活に即したる芸術表現の修身例話』(石塚松雲堂/大正十三年=一九二四年)がある。
 挿画は、洋画家の田村孝之介(一九〇三~一九八六)で、『田村孝之介画集』 (日動出版部/一九七七年)などがある。
 この『笑の話』は、タイトルからもお分かりの通り、学年別に「尋常一年生」から「尋常六年生」まであるシリーズ。なので、続いては同シリーズの別な巻に当ってみることにした。
 ネットで国会図書館の蔵書を検索してみると――一冊もない! うわあ、一番の頼みの綱だったのに。
笑の話 尋常三年生
『笑の話 尋常三年生』
 改めてネット全体で調べてみたところ、『尋常三年生』の巻を古書検索サイトで発見した。それなりのお値段は付いていたけれども、函が付いているし、国会図書館を含めて(ネットで検索できる)どこの図書館にも所蔵されていない模様。ならばお安い部類だと判断し、ポチっと注文。
 数日後、長尾七郎『児童寓話 笑の話 尋常三年生』(昭和九年=一九三四年)が届く。函から出してみて、オドロキ。『尋常六年生』と同じ表紙絵が使われていたのである。そうか、擦れていないとこういう絵だったのか!
 函絵は、表紙絵とは別物。函絵も各学年共通の可能性があるが、比較対象がないので何とも言えない。
笑の話 尋常三年生(函)
『笑の話 尋常三年生』(函)
 中身を読んでみると、やはりユーモア系の寓話が続く。三番目の「鉛筆ものがたり」は、“鉛筆”が一人称(僕)の語り手となっているではないか。おお、これは横田順彌氏が「吾輩もの」と名付けた、奇想小説の一種だ! その他、注目の作品をピックアップしてみよう。
 「金持の國」は、ファンタジイ系の寓話。たみちゃんは家がとても貧乏だったので、お金持ちになりたいと願ったところ、神様がそれを叶えてくれた。しかし社会全体も逆転しており、物を買う時はお金をもらわなければならず、強盗はお金を無理矢理置いていくのだ。お金を捨てることも罰せられ、お金は増えるばかりで往生する……という話。
 「りゅうぐう見物」は、現代(あくまで昭和初期という��現代�≠ナすが)のおじいさんおばあさんが竜宮城へ行く話。しかし二人が乗って行くのは亀の背中ではなく、なんと潜水艦。これでもう、本作は“SFファンタジイ”に認定だ。
 海底の国に着いてからは「ぎよけいすゐらい」に乗る。これは「魚形水雷」、つまり魚雷のこと。アレを乗り物にするのはちょっと……。
 いよいよお城に到着。おじいさんとおばあさんは、大歓迎を受ける。たくさんの出し物を見せてもらったが、二人の他にも「ロシヤ人やフランス人、イギリス人、支那人」の見物人がいた。彼らは「戦争のとき軍艦と一しょにしづんだ人たち」で、何も言わずに愉快そうにニコニコしている。……それって死人ってこと? 死人が無言で笑っていたら、とても怖いんですけど。
 帰りがけに乙姫様が「大きな箱」をくれると言うが、「したきりすずめ」で懲りたおばあさんは、それを断ってしまう。代わりに小さな貝をひとつずつもらうことにした。帰ってみると、数百年経っているかと思いきや、たったの一日。しかし貝を開けて真珠が転がり出ると同時に、二人は子供になってしまった。そこでおばあさんは尋常一年生に、おじいさんは尋常三年生に入ることになった……という結末。
 「うさぎとかめ」も“昔話の続篇”モノだ。兎が亀に、再戦を申し込む。現代の競走なのでオートバイに乗ると兎は言うが、亀は自分の脚で良いと言う。ところが兎はスピードを出しすぎてゴールを見逃し、ぐるっと地球を一回りしてしまう。おかげで今回も亀に負けました、というオチ。
 以上、『尋常六年生』「百年後の日本」のように“これぞSF!”と断じ得るものはなかったけれど、これだけ奇想小説が入っていれば充分だ。
 でも『尋常三年生』は昭和九年十二月の発行、『尋常六年生』は昭和十年四月の発行。下の学年から、順番に発行されたのでしょうか。
 挿画を描いているのは、『尋常六年生』とは違って小寺鳩甫(一八九九~一九六二)。大正から昭和初期にかけて人気のあった漫画家で、弟子筋に酒井七馬(手塚治虫と合作で『新宝島』を描いた人物)がいる。
 現物入手できたのは以上の二冊。しかし更に検索するうちに、都立多摩図書館『尋常五年生』が所蔵されていることが判明! この図書館の蔵書は、これまでにも近所の図書館に取り寄せる形で利用したことがあった。だが今回は古い本のためか、他館への貸し出しは不可。いずれにせよ、時間がない。ならば、直接行って読んでこようではないか。



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