櫻田智也さんの〈エリ沢泉〉シリーズの第三作『六色の蛹』が5月に、今村昌弘さんの〈明智恭介〉シリーズ第一短編集『明智恭介の奔走』が6月にそれぞれ刊行されました。東京創元社主催のミステリ新人賞を経てデビュー後、ともに本格ミステリ大賞を受賞したお二人に対談をお願いしました。(『紙魚の手帖』vol.17【2024年6月号】より転載)
【対談の《前編》はこちら】
■探偵像
――それぞれの探偵像で、イメージしていることを教えていただけますか。
櫻田 個人的には、刑事や私立探偵のような職業的に事件に関わる探偵の方が好きなんです。泡坂さんの亜愛一郎を別にすれば、コリン・デクスターのモース警部、マイクル・Z・リューインのサムスン、原尞さんの沢崎とか。
本格ミステリに登場する探偵は、事件に対する積極性、執着がありますよね。一方でハードボイルド系の私立探偵は、あくまで依頼を受けて動き出すんですが、いつのまにかもっと大きな事件に巻き込まれているんです。その過程が面白くて、何かが起きている「ホワットダニット」がハードボイルドの魅力なんですよね。エリ沢はアマチュア探偵ですが、心情を語りたくないのは、ハードボイルドの影響かもしれません。
――エリ沢くんがハードボイルドの潮流にあるとは、意外でした。
櫻田 かっこつけました(笑)。ただ、『六色の蛹』の中の「緑の再会」は、エリ沢が気持ちを吐露する場面が必要かなと思って書きました。
今村 明智は探偵としての素養はあると思うんですけど、大事にしているのは「失敗する」ことですね。先走ったり、違う真相に飛びついたり。
櫻田 比留子さんとの対比が面白いですね。
今村 比留子自身は事件に巻き込まれる体質なので仕方ないんですが、葉村を事件に巻き込むことをどう考えるかという問題は、比留子が素人探偵だからこそ避けられなかったんですよね。明智シリーズでは殺人は扱わないので事件に首は突っ込んでいいんですが。長編と短編では、書くときに使う筋肉が根本的に違う感じがします。
櫻田 探偵の書き分けもそうですけど、二人の探偵に仕えるワトスン・葉村の書き方は何か違いますか?
今村 助手とはいえ、葉村は遊戯的にミステリと付き合いたかったと思うんですよね。でも比留子が一人で事件現場に向かったり、葉村を突き放したりすると、自分には何ができるのか? と考え始める。異性としてではなく、探偵と助手という関係でもなく、凶悪犯罪に立ち向かおうとしている、自分より力量がある相手のそばで何ができるかを考えたのが『兇人邸の殺人』までの三作の流れでした。なので、助手という言葉の持つ重みが違いますね。
櫻田 『明智恭介の奔走』では、純粋に助手の役割を楽しんでいた葉村が見られるわけですね。
――各シリーズのカバーイラストで河合真維(かわい・まい)さん、遠田志帆(えんた・しほ)さんにお力添えいただいていますね。
櫻田 カバーイラストでエリ沢くんが帽子をかぶっている姿を見て、確かに虫捕り中は帽子をかぶるだろうなと気付きました。それまで外見の描写をしなかったのですが、今作ではアイテムとして取り入れています。作品に思ってもいなかった彩(いろど)りが加わって、こういうこともあるんだなと思いましたね。
今村 遠田さんにはまず〈剣崎比留子〉シリーズでお世話になり、鋭い印象のある美人という比留子の設定にぴったりだと思いました。明智はコミカルな人なので、明智らしさをご相談しながら進めています。あとは、やはり中村倫也さんの影響は大きいですね。生身で動いているところを拝見して、こういう話し方をするのか、と感動した経験が明智像に結びついています。
■短編と長編、そしてシリーズの変化
櫻田 実は〈エリ沢泉〉シリーズの長編を検討したこともあったんですが、短編用に設計している探偵で長編を書くのは無理があって……。長編の探偵が短編に登場するのは、恐らく問題ないと思うんですけど。
今村 そうですよね。僕も、比留子が日常の謎に向き合ったら、そんなのほっとけよと思います(笑)。僕は長編メインで書いてきたので、短編が難しいです。『六色の蛹』の中だと、先ほど話題に出た「赤の追憶」が、僕も完成度が高いと思いました。作品に合ったトリックと人間ドラマが組み合わさって、すごくいい短編ですよね。
僕は普段はトリックから考えているので、まず密室や仕掛けの説明をするなど、本質的に遠回りで小説を作っている感じがします。トリックが一つのエッセンスとして働き、いくつか重なった結果、長編になる形式の方が書きやすいですね。長編は無駄があっても味になりやすい気がします。
櫻田 勉強になります(笑)。長編は加点法で読まれ、短編は減点法で読まれる気がしますね。一つ一つの要素に目をつぶってもらえないというか。
今村 短編の場合、短編じゃないと魅力が発揮されない謎、トリックがないとなかなか満足がいかなくて……そういう言い訳で短編を避けています(笑)。櫻田さんは、シリーズ三作目で何か変化したことはありますか?
櫻田 エリ沢のキャラクター性は『蝉かえる』から強くなりましたね。たとえば過去の事件を扱う場合、事件発生当時の人の気持ちといった、答えを聞けない過去の出来事を類推します。その際、正解を決める人物として説得力を持たせるために、エリ沢の雰囲気が変わったのかもしれません。
今村 エリ沢くん、作中で年齢を重ねていますよね。気のまわりきらないところがあったり、冗談を言ったりするところはそのままに。
櫻田 そうなんです。失礼な態度を取ってしまったり、相手の気持ちを忘れてしまったりする、初期のテイストはなくさないようにしています。あるいは、エリ沢はそういうフリをしているだけかもしれませんが……(笑)。
――ちなみに、お二人のお好きな短編集を教えていただけますか?
櫻田 連城さんや泡坂さんはいつも触れているので、今日は別の作品を挙げますね。連作短編集なら伊坂幸太郎さん『死神の精度』、筒井康隆さん『富豪刑事』、横山秀夫さん『動機』、独立短編集なら長岡弘樹さん『傍聞き』です。特に『死神の精度』は謎解きの完成度と各話の仕掛けが、すごいなと思います。魔法にかけられたような気持ちになりました。
今村 クリスチアナ・ブランドの『招かれざる客たちのビュッフェ』、ミステリ作家を目指す前に読んで印象深いのが米澤穂信さん『儚い羊たちの祝宴』ですね。
――ありがとうございます。今後のシリーズの予定を教えてください。
櫻田 今後も、〈エリ沢〉シリーズを続けて行けたらと思っています。僕自身、読者としてシリーズが回を追うごとに雰囲気が変わると戸惑いがあるので、少しずつ発展、進化がありつつ、エリ沢のシリーズはこれだよね! と思ってもらえるように良さを押さえながら、書き続けていきたいですね。
今村 〈明智〉シリーズが一冊にまとまったので、次は〈比留子〉シリーズの長編を予定しています。
――最後に、読者へメッセージをお願いします。
今村 明智のさまざまな面が見られる短編を集めました。〈比留子〉シリーズとは違う趣向を楽しんでいただけると思います。ぜひ手に取っていただければ。
櫻田 三冊目を出せてよかったです。謎解きは勿論、何度読んでも楽しんでいただける作品集になったと思うので、ぜひよろしくお願いします。
*本記事は『紙魚の手帖 vol.17 JUNE 2024』掲載の対談を記事化したものです。(編集部)
■今村昌弘(いまむら・まさひろ)
1985年長崎県生まれ。岡山大学卒。2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は『このミステリーがすごい!2018』、〈週刊文春〉ミステリーベスト10、『本格ミステリ・ベスト10』で第1位を獲得し、第18回本格ミステリ大賞[小説部門]を受賞、第15回本屋大賞3位に選ばれるなど、高く評価される。映画化、コミカライズもされた。シリーズ第2弾『魔眼の匣の殺人』、第3弾『兇人邸の殺人』も各ミステリランキングベスト3に連続ランクイン。2021年、テレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として参加。他の著作に『でぃすぺる』がある。
■櫻田智也(さくらだ・ともや)
1977年北海道生まれ。埼玉大学大学院修士課程修了。2013年「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞。17年、受賞作を表題作にした連作短編集でデビュー。18年、同書収録の「火事と標本」が第71回日本推理作家協会賞候補になった。21年、『蝉かえる』で第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞。最新作は『六色の蛹』。