海外ミステリ出張室

2013.12.05

ロジャー・ゼラズニイとロバート・シルヴァーバーグのミステリ発掘!――SFと犯罪の微妙な関係(1/2)


高橋良平 ryohei TAKAHASHI


 ここ数年、月に一度は、新宿・高島屋の先の紀伊國屋書店まで足をのばし、6Fの洋書売り場をのぞくようにしている。渋谷のタワーブックスが、リニューアルで2Fに移ったら、危惧したとおりのていたらくだから(ときどき立ち寄るけれど)、都内でチェックすべき売り場はもう、ほかにはない(ちょっと品揃えのちがう、紀伊國屋の新宿本店の洋書売り場も加えてもいいけどね)。それに、置き場も懐もゆとりがなくなり、少し前にとるのをやめてしまったSF雑誌〈アナログ〉〈アシモフ〉〈F&SF〉の3誌も、紀伊國屋にはかならず入荷するので、拾い読みさせてもらっている。
 ただ、その日はイレギュラーで、渋谷のBook 1stでもmaruzen-junkudoでも、1冊だけ入荷する〈エンタテインメント・ウィークリイ〉の新号が見当たらなかったため、新宿南店に向かった。売り値は高い(他店なら税込903円だが、ここは1029円)が、ここは数冊入荷するので買い漏らす心配はないからだ。
 映画・芸能雑誌の棚で、無事に〈エンタテインメント・ウィークリイ〉を落手すると、お決まりの巡回コースで、SFコーナーからコミック、一般雑誌と順にまわって、最後に新着書籍台をのぞくと、ジェイムズ・M・ケインの新発見の長篇というふれこみのThe Cocktail Waitressが……。
 そのケインの本――黄色地に赤い王冠と黒の拳銃のマークが目立つ“ハード・ケイス・クライム”叢書のおなじみの装幀なのに、いつものペイパーバックではなく、目立つ大判のハードカバーで出ていたから、ちょいと驚く。しばらく見ない間に、なにかあったらしい。その横にも3冊ほど、同じ叢書の近刊の背が見えるが、こちらもペイパーバックでなく、大判のトレードペイパー。なにげなくタイトルを確かめると、そのうちの1冊、Blood on the Mink(HCC-106)の作者はなんと、ロバート・シルヴァーバーグ! 雑誌とちがい、書籍は1ドルが100円ほどの換算だから納得の代価で、即、購入した。
bloodonthemink1.jpg  “ハード・ケイス・クライム”ブックといえば、この夏、ブラッドベリ的な巡回カーニバルを舞台にしたスティーヴン・キングの犯罪&恐怖小説(幽霊登場!)Joylandが話題になった(これも新宿南店で現物を確認)ものだが、名称どおりクライム・ノヴェルに突出したこの叢書が、最初に注目されたのもキング作品で、日本では新潮文庫から愛読者特典版しか出ていない『コロラド・キッド』だった。原書の整理番号は(HCC-013)、つまり、シリーズの13冊目として刊行されたのは、2005年10月――、だから、毎月1点刊行の“ハード・ケイス・クライム”がスタートしたのは、その1年前のことになる。
 でも、そもそもは、さらに遡り、2001年の冬。マンハッタンにある日本食レストラン「あずさ」で、ふたりのミステリー作家が飲んだくれ、怪気炎をあげていた一夜にはじまる。チャールズ・アルダイ(Ardai)が、「どうして近頃は、このテの本が出てないんだ!」とおだをあげれば、マックス・フィリップスがしきりに同意するといった具合。“このテの本”がどんなテの本かといえば、かつての〈マンハント〉やゴールド・メダルあたりの路線を思い浮かべてもらえばいい。
 それだけなら、ただの酒呑み話に終わっただろうが、そのアイデアを拾いあげた編集者がいた。ドーチェスター出版のティム・デヤングである。かくして“ハード・ケイス・クライム”ブックは、アルダイの責任編集、ドーチェスターが発売元で出発した。もちろん、判型はポケット・サイズのペイパーバック、カバー画は小鷹信光さんご執心のみんな大好きロバート・マッギニスをはじめ、グレン・オービック、チャック・パイルらが飾り、懐かしの50年代ペーパーバックのテイストを醸しだしている。書き下ろしのペイパーバック・オリジナルと、アルダイのセレクトによる旧作を復刊する編集方針で、ローレンス・ブロックの長篇デビュー作Mona(1961)を改題したGrifter's Gameが第1回配本だった。
 その後も、ブロックの『緑のハートをもつ女』、ウールリッチの『恐怖』、ウェストレイクの『361』、リチャード・スタークの『レモンは嘘をつかない』、ジョン・ラングの『ジャマイカの墓場』など、日本でもおなじみの作品を復刻しているが、ぼくが購入したのは、前述の『コロラド・キッド』、日本では『ゼロ・デシベル』(新潮社)が翻訳されているマディソン・スマート・ベルのStraight Cut(HCC-021)、ミッキー・スピレインの未完長篇をマックス・アラン・コリンズが補筆したDead Street(HCC-037)の3冊のみ。スピレイン作品は、フロリダで悠々自適のリタイア生活を送っている元NYPDの刑事が主人公。かつて、事件に巻きこまれてハドソン川の底に沈んだ恋人が、じつは生きているらしいという噂を聞きつけた彼は、迷宮入りした事件の真相を調べると……といったストーリイ。いかにもスピレイン風で悪くないけど、ちょっと古めかしいのは否めない。
 そして、叢書の50点記念に、チャールズ・アルダイ自ら執筆したFifty-to-Oneを買ったのは、全50点の書影をカラー写真で収録の“ボーナス企画”に魅かれたからだった。ところが、実際に入手してみると、記念の企画はそれだけでは、なかった。
fiftytoone.jpg  タイトルFifty-to-Oneにも“50”が含まれているが、これは物語中に登場する“フィフティ・トゥ・ワン”というマフィアのボスが考案したトランプのゲーム名。さらに、“50”の数字は、内容と形式にもっと深く関わっている。
 というのは、“ハード・ケイス・クライム”が、2004年ではなく、その50年前、この叢書がモデルにした1950年代に発足していたら……という“IF”の時代設定がひとつ。そのうえ、全50章の章題に、これまで出した50作のタイトルを発行順に使うシバリを課す――いわばムチャブリで、物語を展開させるお遊びが、お祭り気分を盛りたてる。
 さて、物語のヒロインは、サウス・ダコタからニューヨークに出てきた18歳の田舎娘。さっそく姉のアパートを訪ねるのだが、姉は、妹が観光ではなくNYで暮らすつもりでいるのを知ると急に邪険になり、わたしは一人暮らしじゃないと男がいることを臭わせて部屋にもいれず、さっさと田舎にお帰りなさいと追い払ってしまう。アパートの前で途方にくれていると、男が近づいてきて事情を尋ねる。彼女が今夜泊まるあてもない窮状を話すと、同情した男は、叔父が女性専用アパートを経営しているからと電話をかけ、話をつけると前金を要求する。有り金のほとんどを渡したものの一安心、彼女はタクシーで件の住所にゆくのだが、そこは商業ビルだった。だまされたと分かっても、あとのまつり。
 悲嘆にくれるひまなく、夜が迫っている。ビルの入居者表示をみると、3Fにモデルやダンサーのタレント事務所があった。踊りに自信のある彼女は、さっそく事務所にとびこむ。運よくショーダンサーの仕事にありつけ、おまけに相部屋とはいえ、事務所に住み込むこともできた。シャワーを浴びてさっぱりしたところ、突然、部屋に男がかけこんできた。誰かに追われているらしい。男の顔をよく見ると、最前、自分をだました男ではないか! とっちめようとすると、印刷屋に至急の支払いがあったからと悪びれずに言い訳し、そのうちなんとかするとの返事。仕事はなんなの? ときくと、同じ階にある狭い事務所に案内される。ドアには“ハード・ケイス・クライム”とあり、秘書ひとりいるだけの狭い編集部。男はそこの編集長だった……。
 金髪に染め、クラブのショーダンサーとしての暮らしも落ち着くと、彼女の野心がムクムクとくびをもたげる。もともと、ドロシー・パーカーにあこがれ、〈ニューヨーカー〉に執筆するのが夢だった彼女。“ハード・ケイス・クライム”の編集長はつねづね、リアルな犯罪小説を求めていた。ヒロインは先輩作家にも相談し、実録風に書き上げた犯罪小説I Robbed the Mob!を、編集長に知人の作品だと偽って渡すと、彼は大喜び。ところが、出版されるとすぐ、編集部のドアを蹴破って凸凹コンビのマフィアが侵入し、編集長を出せと迫る。暴力をふるわれたものの、なんとか追い返したのも束の間、今度は分署の刑事がやってくる。なんと、小説に書かれた手口そっくりに、大物マフィアの金庫から大金が強奪されていたのだった! しょっぴかれる寸前、秘書が刑事を昏倒させ、ヒロインと編集長、それに秘書の3人は逃走する。それにしても、犯罪が起きたのは出版前のこと、もし手口を真似たのなら、原稿段階で読んだ可能性のある人間は限られてくる。ヒロインたちは、マフィアと警察に追われながら、犯人探しをせざるを得なくなる……。
 これが発端で、次々に明かされる意外な人間関係と、ご都合主義的な成り行きにあきれながらも、サスペンスをそれなりに楽しめ、ハッピーエンドの後味も悪くない。
 この50点記念出版からしばらくして、ウチに届いたマーク・ジーシングのメイルオーダー・カタログを見ていて、“ハード・ケイス・クライム”の新刊に目をまるくする。The Dead Man's Brother(HCC-052/2009年2月刊) なるタイトルの著者が、ロジャー・ゼラズニイとあるのだ。




ミステリ、SF、ファンタジー|東京創元社
バックナンバー