最後は対照的なドイツ・ミステリを2作。訳者はいずれも酒寄進一。

 セバスチャン・フィツェック『乗客ナンバー23の消失』(文藝春秋 2250円+税)は、一寸先は闇の意外な展開が売りだ。一行の描写だけでギョッとさせられることも一度や二度ではなく、随所でプロットがねじれ、ストーリーも急転するので油断できない。

 乗客の失踪が相次ぐ豪華客船を舞台に、この船で消えた妻子の行方を追う敏腕捜査官マルティンが、船主から、同じく同船で失踪したはずの未成年者アヌーク(?)が再び姿を現したとして、この椿事(ちんじ)の調査を依頼される。この調査は営業航海中の船で、私的におこなわれる。つまり、少なくとも当面は、警察機関の協力が得られない。巨大な密室と化した船の中で、サスペンスフルなドラマが始まる、という按配(あんばい)である。

 まず、書き方が上手い。主人公マルティンの他、船に乗る様々な人物が視点を担当し、コソ泥、船主、裕福とは言えない看護師、その多感な娘、あからさまに怪しげな不詳の人物などが、船内を多面的に描出する。これらは、相互の関連性がなかなか見えてこない。たとえば看護師と娘のパートは、中盤までは、乗客の失踪(および再出現)とは無関係の話をしているとしか思えない。もちろん、読んでいるこちらも「いずれ関係はしてくるだろう」と身構えてはいるのだが、具体的な予想となると、とんと見当が付かない。この隠された関連性が明かされ、そのうえで更なるツイストがかけられる終盤は、ミステリを読む醍醐味(だいごみ)に満ち、本書の白眉(はくび)となっている。

 そしてこれら多視点のもう一つの上手さ、それは各人物の描き分けが非常に明快であるという点だ。情熱的、間抜け、あこぎ、悪辣(あくらつ)、卑近、熱情、狂的、こういった個性が様々に入り乱れて、人間模様として見ても読み応えあるものになっているのである。真相が胸を打つものになった(というのが私の見立てである)のは、各人物の描写が、説得力豊かであったからに他ならない。フィツェックの訳出は6年ぶりだが、健在どころか腕が上がっている。となると、未訳のまま残されている作品が気になります。

 アンドレアス・フェーア『弁護士アイゼンベルク』(創元推理文庫 1400円+税)では、外題(げだい)役の女性弁護士が、元恋人のホームレスが被疑者となった猟奇殺人の謎に挑む物語である。ただし、別視点の章で、コソボから逃げて来た女性の逃避行が描かれており、事件が見た目通りのものでないことは序盤から明らかではある。

 ストーリー展開が波瀾万丈で、エンターテインメントとしては満点である。物語の骨子は英米の法廷ミステリに近く、ドイツでもこういう人が出て来たということは、同国にいよいよミステリが根付いた証(あかし)かもしれない。シリーズが進むと、アイゼンベルクの暗い過去が明かされそうなので、続篇の訳出も希望したい。

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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。

(2018年8月3日)



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