ミステリをはじめ娯楽小説において、主役の魅力の有無は、商業的成否を分けるとても大事な要素である。筋立てにどんなに工夫を凝らそうとも、ひとたび主役が「どうでもいい人間」と感じさせてしまえば、その作品からは、途端に輝きが失せる。

 その点、今号で紹介する作品の主役連は感情移入または興味をそそり、物語への読者の没頭を促進してくれる。ノルウェーの大家ジョー・ネスボ『贖(あがな)い主(ぬし) 顔なき暗殺者』(戸田裕之訳 集英社文庫 上下各840円+税)もその一つである。

 本書はオスロ警察刑事のハリー・ホーレが主役を張るシリーズの6作目(本国での発表は2005年)であり、癖の強いハリーの個性が遺憾なく発揮される。特に今回は、彼に理解のあった上司が異動となり、新上司が悪目立ちするハリーを牽制(けんせい)しコントロールしようとしてくるのだから、聞かん気の強い主人公はこれに猛反発。もちろん怒鳴ったり暴れたりはしないが、不服を隠さず、ややもすると指示を無視する。こういった反骨精神の発揮は、ハリー・ホーレの人格をよく象徴する。らしい言動に満ち溢れる本作は、ファンには嬉しいところだろう。

 今回の事件内容は、救世軍のメンバーが射殺されるというものだ。警察小説に登場する刑事は、非常にしばしば、事情聴取をおこなう事件関係者の言動、性格、人生に関して感傷や感慨に耽(ふけ)る。ハリー・ホーレは自身がアルコール依存症ということもあるためか、その感慨がとても深い――ほとんど彼個人の内省に近いところまで行く。そんな彼が、キリストの教えに従い、貧者を助ける救世軍に身を捧げた人々の人生に深く踏み込んでいく。彼らとの対話は、必然的に宗教的、倫理的な要素を多く含み、ハリー・ホーレの思慮深い一面がいつも以上に表れる。読み応えは確かなものである。なおミステリとしては、事件構図が複雑で読み解き甲斐がある。また、伏線もしっかり張られているのが嬉しい。あそこはそういう意味であったか……。

 ハリー・ホーレが、その強面(こわもて)なイメージに反してちゃんと他人の生き様をじっくり見届けるタイプなのに対して、猪突猛進(ちょとつもうしん)にして短兵急に事を進める刑事が、アンジェラ・マーソンズ『サイレント・スクリーム』(高山真由美訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1100円+税)の主役であるキム・ストーンだ。

 学校の校長が溺死させられた事件を皮切りに、廃止された児童養護施設に関係した人物が次々に殺されていく。施設の跡地を発掘すると、そこからは、当時の入所者らしき少女の白骨死体が発見された。過去にこの施設で何があったのか?

 キムは生い立ちがなかなか凄惨(せいさん)(今回の事件が他人事(ひとごと)に思えない程度には)であり、それを常に意識して生きている。そのためか、人と衝突しがちな攻撃的な性格をしており、不必要な場面でも、捜査を優先するあまり、敵対的な言動を繰り広げる。外面だけで見ると単に腹立たしい人間に見えるが、内面描写にも付き合わされる読者から見れば、彼女の言動には痛々しさが付きまとい、手負いの獣という言葉すら連想される。

 ただ、こういったキャラクターにありがちな「やる気の空転」は起こしておらず、彼女の検挙率は何と100%。心理的荒れ模様が、仕事の結果と噛み合ってしまうのである。ここで重要となるのが部下のブライアントで、彼が癒し系の飄々(ひょうひょう)たる態度でキムに応対してくれるので、彼女は孤立しないで済んでいる。そのありがたみ、キムは理解しているのだろうか。

 一方、捜査される事件は、過去に根を持つ連続殺人であり、端的に、わかりやすく派手だ。筋運びや語り口も堂に入ったもので、次々に新たな事象を発生させて読者を飽きさせない。惜しむらくは、伏線や真相に気付くトリガーが弱いところだ。キムの勘でしかない部分すら散見される。作品内のとある仕掛けも、蛇足の感は否めない。これらが改善されたらいいのに、と思うが、こういうベタな勘や仕掛けが好きな人もいるはずだ。主人公が魅力的なのは間違いないので、ここは「まずは一読」とおススメするのが適切だろう。

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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。

(2018年5月22日)



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