昨年11月に刊行されたケイト・ミルフォード『雪の夜は小さなホテルで謎解きを』(山田久美子訳 創元推理文庫 1300円+税)は、心躍る素敵なクリスマス・ストーリーだった。

 12歳の少年マイロの里親パイン夫妻は小さなホテルを営んでいる。クリスマス・シーズンは例年なら暇だが、今年は5人も客が来た。しかも無予約。急な繁忙期が到来した一家は、町から応援要員を呼ぶ。やって来た少女メディとマイロは意気投合して、客の秘密を探るごっこ遊びを始めた。

 物語は概(おおむ)ねマイロの視点で語られており、彼の個性が作品の雰囲気に強く影響している。彼はやることが細かい。時間にもうるさく、予定の維持にも拘(こだわ)り、毎日のルーティン活動も重視する。小さなことにもよく気付く。一方で、全体を見て当意即妙に判断するようなことは苦手だ。そんな彼の目の前の出来事や人物が、いちいち緻密に描写されるため、最初のうちはやや煩(わずら)わしく感じられるかもしれない。読みづらいかもしれない。だが慣れてくると、描写の煩雑(はんざつ)さが、解像度の高さに直結していることが痛感されるはずだ。そうなった後は本書が本領を発揮する。

 そしてあの衝撃の展開!クリスマスの夜に訪れる心温まる《いい話》という枠からは一切はみ出さないままで、よくもこれだけ意想外な展開を用意できるものである。これってそんな話だったんだと驚く箇所が、少なくとも2つある。特に終盤のアレは……おっとこれ以上は書けない。

 最後は、故スティーグ・ラーソンの3部作を書き継いだダヴィド・ラーゲルクランツによる『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』(ダヴィド・ラーゲルクランツ ヘレンハルメ美穂・久山葉子訳 早川書房 上下各1500円+税)である。主人公リスベット・サランデルは、前作の行為で罪に問われ、女性刑務所に収監されている。そこで彼女はムスリムの受刑者を迫害から守ろうとして、刑務所を支配する囚人ベニートと対立する。その傍ら、彼女は、自らの少女時代に《レジストリー》なる機関が深く関与していたことを知る。収監中では満足に調査できないため、リスベットは渋々、ジャーナリストのミカエル・ブルムクヴィストに協力を求めるのだった。一方、刑務所の外では連続殺人が発生していた。

 今回は、リスベットの出自の謎に物語が一歩近づくと共に、彼女の入れ墨の由来も明らかとなる。ラーゲルクランツは、故ラーソンの筆致を相変わらず完全コピーしている。特にリスベットの過酷さと苛烈(かれつ)さの描写は、ラーソンが生き返ったとしか思えないほど熱が入っている。翻訳ミステリ史上には稀(まれ)な、この個性豊かなヒロインが、作者の死後も大活躍し続けてくれるのは嬉しいものだ。他の登場人物の使い方も思い切りがいいし、サスペンスの盛り上げも一級で、息つく暇なく一気に読める。《ミレニアム》世界にどっぷり浸れる力作であり、ファンは必読だろう。

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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。

(2018年3月23日)



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