海外ミステリ出張室

2018.03.06

ビュッシ『黒い睡蓮』、ノイハウス『穢れた風』…「ミステリーズ!87号」(2017年12月号)書評 酒井貞道[翻訳ミステリ]その2

 すれすれを狙った挑戦的なミステリとして、今月はミシェル・ビュッシ『黒い睡蓮(すいれん)』(平岡敦訳 集英社文庫 1200円+税)も忘れてはならない。

 画家モネの《睡蓮》連作で有名な村ジヴェルニーで、殺人事件が発生する。殺されたのは恋多き男性眼科医モルヴァルで、彼は絵画のコレクターでもあった。しかも懐(ふところ)からは誰かの11歳の誕生日を祝うメッセージが見つかる。同機は痴情絡みか、絵画取引絡みか。捜査を指揮するセレナック警部は、被害者と噂のあった美貌の女性教師ステファニーに会い、彼女に惹(ひ)かれる。一方、夫の死を間近に控えた八十近い老婆が、村を徘徊(はいかい)する。また、画家をめざす少女ファネットは、アメリカ人の老人に、絵の手ほどきを受けていた。

 老婆は自らのパートで、「わたし」と一人称で語り手を務める。これに加えて、セレナック警部やファネットなどが、三人称のパートでそれぞれ視点人物を務め、事件は多視点から多面的に描かれていくのである。本書はフランスの小説であり、日米英のミステリではまず見ないほど簡単に、登場人物が恋に落ちる。刑事も含めて、事件そっちのけで色恋沙汰(ざた)が前面に出る局面すらある。ここら辺はいかにもフランスっぽい。

 しかし本書を特徴づけるのは、やはりその仕掛けだ。読んでいる途中で何かありそうだと勘づく読者は多いと思う。特に老女の一人称パートは怪しさ炸裂である。しかし具体的なところまで予想するのはたいへん難しく、大多数の読者にとって本書の仕掛けは驚天動地のはずだ。しかも、種明かしの後に来る、物語の幕切れとその余韻(よいん)がとても味わい深いのである。晩年のモネが《睡蓮》にかけた妄執(もうしゅう)が渦巻くような、雰囲気作りもとてもいい。本書はフランスで、ミシェル・ルブラン推理小説賞をはじめとする五賞に輝いている。それも納得の、素晴らしいミステリだ。

 最後に、ドイツの人気作家ネレ・ノイハウスの刑事オリヴァー&ピアのシリーズ第5作=和訳ある作品では最新作『穢(けが)れた風』(酒寄進一訳 創元推理文庫 1400円+税)を紹介しておきたい。

 風力発電施設建設会社で、警備員の死体が発見された。オリヴァーとピアは捜査を始め、やがて風力発電の利権や環境問題を巡る対立と暗闘に行き当たる。今回の特徴は、オリヴァー自身が個人の事情で事件に思い切り巻き込まれる点にある。彼の父が発電施設の反対運動に関与しているうえに、オリヴァー自身、ある事件関係者に、強く感情移入してしまう。刑事自身の人生模様が事件とリンクし、しかも今回はそれが尾を引きそう。シリーズとして佳境に入ったとも見え、続編が非常に楽しみである。

 なお、本書は社会派ミステリとしては、エコロジーを社会的腐敗の温床に据えている。日本だとイメージが良いエコという概念は、ドイツでは既に成熟し、その光と影が十分に認識されているのだろう。環境問題をこう描く人は、日本にはまだいないように思う。現代社会を切り取る真に優れた小説は、他国の読者に、自国と他国の差異を痛感させるものなのである。

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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。

(2018年3月6日)



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