海外ミステリ出張室

2017.11.24

ミウォシェフスキ『怒り』、ライリー『蘭の館』…「ミステリーズ!85号」(2017年10月号)書評 酒井貞道[翻訳ミステリ]その2

 捜査小説としては、ジグムント・ミウォシェフスキ『怒り』(田口俊樹訳 小学館文庫 上下各770円+税)が凄い。街の工事現場で、白骨死体が見つかった。当初、遺体は戦時中のドイツ人のものと思われたが、詳しく調べると、遺体の男は10日前には生きていたことが発覚する。担当検事のシャッキは、本格的に調査を開始する。

 主人公シャッキは検察官であり、刑事ではないものの、やっていることは身元不明の遺体の捜査で、裁判の場面はほぼなく、本書は実質的に、警察小説または刑事小説といえる。近年のこの種の小説の定石(じょうせき)どおり、シャッキもまた、自分の複雑なプライベート事情や、検察組織内のいざこざに悩まされる。しかし、中盤に至るやそれらが全て吹き飛ぶ凄い出来事が起き、不穏なプロローグで予感されていた展開が、現実のものとなって読者に迫る。下巻の緊張感たるや筆舌に尽くしがたい。

 なお『怒り』は、ポーランド産の作品で、シャッキが主役のシリーズの3作目らしい。ミウォシェフスキは「ポーランドのピエール・ルメートル」と称されているようなので、今後翻訳が予定されているシリーズ前二作にも期待がかかる。だって3作目だけが衝撃的なのであれば、ルメートル呼ばわりはされないだろうし……。

 最後に、ルシンダ・ライリー『蘭の館』(高橋恭美子訳 創元推理文庫 上下各1100円+税)を強く推薦したい。主人公が自分のルーツを探る物語と、80年前の恋愛劇が重ねられる。

 プレアデス星団の主要七星の名を付けた6人の養女――つまり1人少ない――を、スイスで大切に育て上げた男パ・ソルトが亡くなった。娘たちには遺書と座標が残される。その座標は、各人の出生地を示しているのか? 長女マイアは、リオ・デ・ジャネイロに飛び、座標の地に古くからの名家カブラルの屋敷があることを確認する。だが、一族最後の生き残りの老婦人から、マイアは拒絶される。そして一転して、80年前にカブラル家に輿入(こしい)れしようとしている娘ベルの物語が始まるのだ。当時の因習に縛られるとはいえ、本質的には快活な少女ベルは、真実の愛とやらに目覚める。

 ストーリーテリングが達者で、すいすい読める。登場人物のキャラクターがほぼ全員、読書には感情移入しやすい。主役格ベルの真実の愛には邪魔なはずの、カブラル家の跡取り息子すら、あまり悪く書かれていない。この手のバランスは、加減が難しく、善悪どちらに振り過ぎても変になるが、ライリーは完璧である。

 なお『蘭の館』は、《セブン・シスターズ》と称される壮大な物語の第1作であるようだ。恐らく今後は、マイアの妹と養父の謎、そして、プレアデス星団でただ一つ姉妹に欠ける《メロペー》の存否が語られる。この技量の作家が書くこの手の話がつまらなくなるはずがない。今後に注目だ。

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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。

(2017年11月24日)



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