海外ミステリ出張室

2017.11.22

メヒア『ハティの最期の舞台』、モートン『湖畔荘』…「ミステリーズ!85号」(2017年10月号)書評 酒井貞道[翻訳ミステリ]その1

 小説は、何を描くかではなく、どう描くかが重要――当たり前のことである。しかしそれを、実作で痛感させるのは難しい。ミンディ・メヒア『ハティの最期の舞台』(ハヤカワ文庫 1100円+税)はその最高の成功例の一つとなった。

 ミネソタの田舎(いなか)町で事件は起きる。学生演劇で活躍していた女子高生ハティが、死体で発見されたのだ。事件を追う郡保安官のデルは、高校での聞き込みで生徒から、ハティは呪い殺されたとの証言を得る。

 本書は、三人の主人公がそれぞれの視点から物語るパートを、交互させて進行する。一人は保安官デルで、概(おおむ)ねハティの死体発見後の捜査状況や、ハティの家庭や町の動揺を語る。二人目は被害者ハティ本人で、最後の半年間の生活を自身の視点で語る。三人目は、ハティの高校の国語教師ピーターだ。彼は、家庭の事情で都会から嫌嫌引っ越してきたこと、妻との関係がうまく行かなくなっていること、そしてウェブ上で顔も知らぬ人物と急速に親しくなっていくことなどを語る。彼らの視点を通し、事件の全体像が徐々に見えてくる。

 登場人物の強みと弱み、輝きと翳(かげ)りを、作者は包み隠さず、丁寧(ていねい)な筆致で慈(いつく)しむように描き出す。特に、ハティが持つ、若者特有の根拠薄弱な自信は、最後に彼女に死をもたらすことがわかっているだけに、とても痛々しく、同時にいじらしい。ピーターも印象的だ。彼は本質的には文学青年であり、閉塞感に満ちた今の家庭生活に嫌気が差してネットに逃避、そこでも現実に直面して、恋愛に溺れるという自棄(やけ)に走る。

 この両名は、演劇や文芸といった、文化方面の才能を持ち、それを自覚している。だが、その世界で天下が取れるほどのものでもない。その中途半端な才能が、《自分に相応(ふさわ)しい場所は他にあるはず/あったはず》との自意識と結びつけばどうなるか。本書はそれを丁寧に描いた作品だ。身に詰まされない人は、多分いない。

 最後にもう一つ。本書で描かれたような殺人事件の顛末は、ミステリ読者にはありふれたものだ。一方で、実際に事件に巻き込まれた人にとっては、小説でのありふれ度合いとは無関係に、身近な殺人は人生における大事(おおごと)に他ならない。『ハティの最期の舞台』は、読者に、その気分を味わわせることに成功している。粗筋を紹介するだけなら、これほど地味な話もない。だが受ける印象はまるで違うのだ。これを小説の勝利と言わずして何と言う。

 大家ケイト・モートンの新刊『湖畔荘』(青木純子訳 東京創元社 上下各1900円+税)も素晴らしい。

 担当する事件の捜査打ち切りに反対した女性刑事セイディは、事実上の謹慎処分を受け、コーンウォールの祖父宅に滞在中だった。そして犬の散歩中に、たまたま立ち入った湖に近い廃屋(はいおく)で、70年前に赤ん坊の失踪事件が起きていたことを知る。屋敷の住民の生き残りが高名な老推理作家アリスであることを知ったセイディは、当時の情報を求めて、アリスに手紙を出す。

 一方、70年前の屋敷では、アリスと姉妹、そしてまだ赤ん坊の弟が、裕福な父母と一緒に祖母とも同居して幸せに暮らしていた。庭師に恋心を抱く当時のアリスは、近隣住民を招いてのパーティを楽しみにしつつ、日々を快活に過ごしていたが。

 2003年の話と70年前の話が、当時の人間の視点から交互に描かれていく。主要登場人物の性格と、その置かれた状況とがじっくり語られており、必然的に、物語はスロースタートとなる。とはいえそこはケイト・モートン、魅力的な細かいエピソードを多数用意し、心理描写も巧(たく)みに手繰(たぐ)って、読者を飽きさせない。

 またその過程では、真相へ至る伏線と、ミスリードのための偽の伏線とを、緻密かつ密(ひそ)かに仕掛けている。やがて来(きた)る後半では、それが《意外な新事実》の炸裂&誘爆として発現し、読者を翻弄(ほんろう)する。その心地よさと言ったら! 最終盤の、普通であれば《やり過ぎな偶然》と批判されかねない要素すら、説得力が強い。人物描写とプロットのいずれもが最高水準にある素晴らしい物語だ。

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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。

(2017年11月22日)



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