海外ミステリ出張室

2017.09.21

ウィングフィールド『フロスト始末』…「ミステリーズ!84号」(2017年8月号)書評 酒井貞道[翻訳ミステリ]その1

 人気シリーズの最期は、いつだって物悲しい。しかも、ストーリーに区切りを付けて終わるのではなく、作者が亡くなったから次が出なくなったのだから、哀愁は一入(ひとしお)だ。ここ23年の間、日本のミステリ・ファンを楽しませてきたフロスト警部シリーズが、終幕を迎えた。作者のR・D・ウィングフィールドが2007年に他界し、最終長篇《KillingFrost》は翌年に刊行されていた。その翻訳『フロスト始末』〈上下〉(創元推理文庫 各1300円+税)が、とうとう出てしまったのである。

 今回もデントン署は人手不足だ。マレット署長が、お偉方にいい顔をするため他地区の大事件に人員を派遣したためである。フロスト警部は例によって、帰宅もままならぬ繁忙に巻き込まれる。死体の発見、少女暴行、少女の行方不明、スーパーの商品への毒物混入脅迫事件――多種多様な事件がフロストの下へ押し寄せる。一方、マレットはフロスト追放を企んでおり、新任のスキナー主任警部と示し合わせて、他署への異動を強要する腹積もりであった。イヤミの多重攻撃をする上司たち、使えない部下、身勝手な事件関係者に翻弄(ほんろう)されつつ、フロスト警部は下品な言葉を相棒に、破天荒な捜査をしつつ、デントンを駆け回る。

 複数の事件が交錯・輻輳(ふくそう)し、そこに警察内部の人間ドラマが、猫の目の色が変わるように目まぐるしく展開される。続発する事件と、それによる警察署の多忙さは、抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)の喜劇的色合いをもって読者に迫る。主人公フロストはもちろん、どんな端役にも活き活きした人間模様(見せ場と言い換えてもよい)が用意される。会話は当意即妙、台詞(せりふ)回しは気が利いていて、ストーリー展開は劇的で勢いがよい。要するに、本シリーズを人気シリーズたらしめる要素が、今回もまた潤沢に用意され、万全に機能しているのだ。いつも通りにパワー全開に面白い。これでこそフロスト!

 しかし今回は、様子が違う側面もある。フロストが、亡くした妻のことを思い出してよく涙に暮れるのだ。その嘆きは暗くシリアスである。また、終盤の展開も「いつも通り」の愉快さとは言えまい。ウィングフィールドは、本書で確かに変調を来しているのだ。聞けば、ウィングフィールドは本書執筆中に、長年連れ添った夫人を亡くし、落ち込んでいたという。その影響があったはずだ。しかし彼はプロとして誇りをかけて、最後の力を振り絞り、死の直前に、フロストをいつも通りに滅法面白く仕上げたのだ。これは意地と意志の勝利である。

 ウィングフィールド節を満喫させる訳文も素晴らしい。このシリーズは、ただでさえ地の文が饒舌(じょうぜつ)なうえに、プロットは錯綜し、スラングは頻出、前提知識を要する冗談も多用される。訳は大いに手間だ。そのためか、本シリーズの長篇は、本国での刊行と翻訳刊行とのタイムラグが、最短で9年、最長で14年とかなりある。一方で、第一作『クリスマスのフロスト』が1994年に翻訳されて以降ずっと、ファンは一貫して、早く続きを、の大合唱だった。恥ずかしながら私もそのような発言を弄(ろう)したことが(私的な場とはいえ)一度ならずある。こういった無責任な声は、訳者の耳にも入ったはずだ。ご苦労・ご心労も多かったろうが、無事に、シリーズ全長篇の同一訳者による翻訳が完遂された。大作揃いのシリーズでの偉業の達成を寿(ことほ)ぎたい。

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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。

(2017年9月21日)



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