海外ミステリ出張室

2017.07.25

ウェイン『コードネーム・ヴェリティ』、ハーパー『渇きと偽り』…「ミステリーズ!83号」(2017年6月号)書評 酒井貞道[翻訳ミステリ]その2

 現代史において、ナチスは不寛容の代名詞となった感がある。それを最大限に強調する作品がエリザベス・ウェイン 『コードネーム・ヴェリティ』(吉澤康子訳 創元推理文庫 1200円+税)だ。

 敵地に潜入していたイギリスの女性軍人クイーニーが、スパイとしてナチスに捕まる。彼女は親衛隊大尉から、秘密情報を手記にするよう強要される。その手記は私小説調で書かれており、彼女の親友マディの、パイロットとしての日々が綴(つづ)られていく。

 以上が第一部である。戦争直前から戦争中にかけて、最初期の女性戦闘機パイロットの活躍と生活が鮮やかに描き込まれていく。普通の若い女性としての明るい側面も強調されるため、クイーニーの現在の過酷な捕虜生活との対比が、読者をいたたまれない気分にさせるだろう。そして第二部に至り、物語は驚愕(きょうがく)の展開を見せる。

 戦争の現実、日常の輝き、友情の篤さ、勇気の尊さなどが、ミステリ的な仕掛けの驚きと共に、読者に迫る。控えめに言っても傑作である。なお、女性パイロット/女性軍人への男側からの強い風当たりも描き込まれており、当時蔓延(まんえん)していて現在も一掃されたとは言い切れない差別や偏見が、隠し味としてうまく機能している。歴史小説において、現代の世相と連結させるのは重要であり、その点、 『コードネーム・ヴェリティ』は抜かりがない。そしてそういった処理が一切なかったとしても、本書で描かれるナチスの不寛容は、今もって現代と不気味に共鳴している。

 最後に紹介するジェイン・ハーパー『渇きと偽り』(青木創訳 ハヤカワミステリ1800円+税)は、紹介した他の三作品とは異なり、同一コミュニティ内の狭さゆえの問題を扱った作品である。

 親友ルークが妻子と無理心中した、との報に接し、葬儀のため20年ぶりに故郷に戻った、オーストラリア連邦警察官フォークは、ルークの母から真相を探ってくれと懇願され、私人の立場で捜査を開始する。だがフォークは、この地では過去、苦い体験をしていた。彼はルーク一家の事件と共に、20年前の事件とも対峙(たいじ)する。

 特筆大書すべきは、本格ミステリとしての性格が強いことである。犯人特定のための伏線や手掛かりはさり気なく提示されており、真相解明時は思わず膝を打った。意外性の演出を図った形跡すらあり、謎解き小説としての完成度は高い。

 一方、本書は小さなコミュニティでの軋轢(あつれき)をまざまざと描き出す小説でもある。舞台となるキエワラはド田舎であり、住民たちの《世界》は狭い。狭過ぎて、時も止まっている節があり、20年ぶりに戻って来た元住民フォークが、現役の脅威と見られてしまう。こういった後進性は、しかし残念ながら田舎特有のものではなく、程度の差こそあれ、社会一般によく見られる。

 以上4作品を通して、巨視的にも微視的にも、また場所も時代も問わず、人間社会は差別、偏見、狭量に蝕(むしば)まれていることを見せつけられた。だが絶望するにはまだ早い。どの作品でも、主人公は果敢に戦った。社会問題が解消される時が永久に来なくても、我々はそれと戦うことはできる。その希望を胸に、この困難な時代に読むにふさわしい作品として、4作品をいずれも強くオススメしたい。

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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。

(2017年7月25日)



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