〈このミステリーがすごい!〉1998年版第1位!
超人気警察小説シリーズ、記念すべき第2作!

声を大にしては言えないが、問答無用の仕事中毒、
フロスト警部の奮戦ぶりは泣かせるのだよ。



 解  説                温水ゆかり

『クリスマスのフロスト』って読んだ? いやア、面白かったな。去年の一番かもしれない」
 男友達がそんなことを言って私を驚かせたのは、95年、年あけ早々のこと。
「うん、あれは思わぬ傑作だった」
 相づちを打って、ひとしきりフロスト話に花を咲かせたけれど、おやおや、これは一体どうしたこと? 10年近いつきあいなのに、彼が海外ミステリを読むなんて知らなかった(向こうも私が読むなんて知らない)。
 年度末恒例のベストテンごっこで94年度は、ダークホース狙いで『クリスマスのフロスト』に1票入れたけれど、あれよあれよの1着入賞。でも、しょせんが内輪のお祭り。まさか、ミステリに縁のない人にまでフロスト現象が及んでいたとは意外だった。この友達、テレクラでの失敗談と手柄話だけが生きがいのようなヤツなのに。ん? オタンコナスなところがフロストと似ていなくもないか……。
 というわけで本書は、首を長くして待ち続けたジャック・フロスト警部シリーズ、第2弾の邦訳である。まず、このシリーズの舞台となるイギリスの架空都市、デントン市を旅してみよう。
 デントン市はロンドンから120キロほど離れた地方都市だ。東京とその近郊の関係に似て、このデントン市にもニュータウンという名の波がひたひたと押し寄せている。周辺の農地や森林がまっ先に姿を消し、宅地造成された地域には若いカップルの上昇志向をあおるようなこぎれいな一軒家が立ち並び、彼らを働き手として吸収するエレクトロニクス関連の工業団地も形成されている。この近代化という地方色破壊の魔の手は、じわじわと市の中心に向かっており、陥落は時間の問題に過ぎない(なんとも冴えない町だ)。
 フロスト警部が勤務するデントン警察署はそのジョージ王朝式の家並みと丸石敷きの路地がのこる旧市街にある。近くには、この町がもともと市場を中心に発展したという歴史が地名にうかがえるマーケット・プレイスがあり、その通り沿いには灯りのついたショーウィンドウをもつ店や、市民の生活に欠かせない銀行や公衆便所(?)が並んでいる。ここが目抜き通りといったところか。しかし、シーズンになると、この公衆便所の横の木が大きなクリスマス・ツリーになるというのはロケーション的にあまり感心できない(たいして何も考えてない町なんだよなぁ)。
 デントン警察署は赤煉瓦造りのどっしりした建物だ。青いネオンサインで「POLICE」とあり、正面のスウィングドアを押してロビーに入ると、受付デスクに座っている当番警官が、受話器を顎で押さえながら、侵入してきた風に書類が吹きとばされないように両手をバタバタさせているのが見える。灰色の壁、隅に、光沢(つや)出しされているが尾骶(びてい)骨に頑(がん)として抵抗しそうな硬い木のベンチ。ロビーには、ツンとくる消毒薬と人工香料の入ったワックスと、階上の食堂からもれてくる調理中の食べ物の臭いが入り混じって、異様な臭気が漂っている。
 気が滅入(めい)るから、とっとと2階に上がってみよう。食堂では折りしも、退職する警官のパーティが開かれていて、暖かい空気と熱気に包まれている。ビートのきいたディスコ・ミュージック、テーブルの上に並べられたソーセージロール、オニオンリング、かりかりに焼いたローストポークの皮、ポテトチップスのご馳走(というここは、紛れもなくイギリスだわね……)。非番の警官達が陽気に飲み食いする中で、りゅうとした身なりで警官というよりは成功したビジネスマンに見えるのが、このデントン警察署の署長マレット警視だ。こんなただ酒ただ喰いの機会を逃すなんて、貧乏クジを引かされたヤツもいたもんだ。
 と思っていると、階下では、風をおこさないようスウィングドアを少しずつ押し開けて、忍び足でロビーをつっ切り、食堂に通じるドアにこっそり手をかける不審な輩(やから)が――。そのとき、ロビーに響き渡る受付当番巡査の非情な一喝。
「パーティはあきらめるんだな、フロスト」
 さぁ、われらがフロスト警部の登場である! その風体はというと、吊るし専門の安売り店で買ったよれよれのスーツの上に薄汚れたレインコートをはおり、垢じみたえび茶のマフラーを盛大にたなびかせ、だらしないことこの上なし。年の頃は40代後半か。農夫のように陽焼けした顔にそばかすが浮き、生え際は時との格闘にさっさと見切りをつけて前線より後退、天使のなれのはてのような産毛(うぶげ)が、頭の周囲で無秩序なダンスを踊っている。よくよく目を凝らすと、右眼の下に白っぽい傷痕も走っている。唯一、誉めるところがあるとすればいきいきと輝く活力に溢れたブルーの眼だろうか。
 しかし、その「活力」だって、あてにはならない。なにしろこのフロスト警部ときたら、耳クソ、鼻クソ、ケツの穴と、人体の穴に関する偏愛が目立ち、下品な冗談を連発。適切なときに最も趣味の悪いエピソードを際限なく蒸し返す得意技に恵まれ、捜査に赴(おもむ)けば、女性のオッパイやお尻の値ぶみをせずにはいられない。
 まだある。間違った直観に基づく失態は数限りなく、反省はするが、するのは自分に都合のいい反省だけ。目の前の事件にとびつくが、いきあたりばったりで、書類仕事となるとまるで無能。フロスト警部が本部に提出しないかぎり支給されない残業手当のことで、署内は暴動勃発寸前だ。癌で亡くなった妻の誕生日を思い出し、これには読んでるこちらもホロリとくるのに、丁度(ちょうど)その日マレット署長に呼び出しをくらっていたものだから、行きもしない墓前に花を供(そな)えにいっていたのだと、ヌケヌケと遅刻の言い訳に使う始末(ああ、情緒欠乏症男め)。
 そんなキャラクターの人物が、もちこまれる種々雑多な事件や犯罪を時間差で追いかけるモジュラー型警察小説の主人公になったらどうなるか。それはもう決まっている。ただでさえ錯綜する捜査が、混乱を極めて迷走の一途をたどるべく運命づけられている。前作ではまだ、幼女誘拐という本筋はあったものの、今回は人手不足もあってものすごいことになっている。公衆便所に浮かんだ浮浪者の死体、森の連続婦女暴行魔、老人の轢き逃げ、未成年の少女の失踪、押しこみ強盗、エトセトラ(とても書ききれない)。
 しかし、飽きない。今回、前作以上の大部(たいぶ)なのに、ハチャメチャなフロストのキャラクターに引きこまれ、一見、無関係に思えた事件が微妙にリンクしていく連鎖の面白さを堪能してしまう。やっぱり、前作はフロックではなかったのですよ、読者のみなさん。
 それにしてもなぁと思う。かつてこれほどいい加減な男がミステリ史上に登場したことがあっただろうか? 英国は味のある警官をうんできたことでは歴史のある国だ。例えば、コリン・デクスターのうんだペダンティックで部下にちゃっかりビール代を押しつけるモース警部、P・D・ジェイムズがうんだクールな知識人にして詩人でもあるアダム・ダルグリッシュ警視、レジナルド・ヒルが30年近くにわたって生命を吹きこみ続ける、口の悪さと強引な直観捜査がお得意の不敵なダルジール警視、近年、ピーター・ラヴゼイが活躍させているダイヤモンド現→元→現警視など、ひとクセもふたクセもある魅力的な人物がきら星のごとく並ぶ。
 しかし、フロストが彼らの列に加わることは決してないと断言できる。なぜなら、モースのようなバロック的教養にも、ダルグリッシュのような人間洞察における哲学的推理能力にも、ダルジールのような諧謔(かいぎゃく)にみちた行動能力にも欠けているからだ。
 根の深い英国病と、その切り札として猛威をふるった効率の嵐サッチャリズム。そのような社会を生きる一警官という意味では、ダイヤモンド警視に一抹(いちまつ)の共通項をみつけられなくもないが、ダイヤモンドにはデントンと違って蜂蜜(はちみつ)色に輝く風光明媚(めいび)な歴史都市バースが与えられている。
 ろくでもない主人公、描写すべくもない町の景観、それでいて犯罪だけは妙に都市化している殺伐さ。それなのに、なぜこんなに惹(ひ)かれてしまうのか、全く不思議だ。
 ま、ちょっとばかり真面目にいえば、組織の一員でありながら、効率、規律一辺倒のシステムを無視して身の丈(たけ)の勝手さで生きるフロストに、同じような閉塞状況にあえぐ私達がささやかな小市民的共感を覚えるというのはあるかもしれない。感情移入はしないが、自己投影はしてしまう。その辺が、このシリーズの「やれやれ」的魅力だろう。しかしそれ以上に私は、さりげなくはしばしで描写される、フロストが町の無名の人々や小悪党と知りあいであることをうかがわせる雰囲気がとても好きだ。フロストは彼らを見守り、気遣っている。本書でケチな犯罪者の妻セイディがフロストを頼るのも、言及はされないが、過去になにかあったはず。
 フロストは、前作で警官に1ポンド札をくすねられたと言ってきた浮浪者が凍死したあと、当の警官にこう語りかけた。

「おれだけじゃなく、おまえさんにも後味の悪さを感じてほしいと思う。心ない仕打ちだったと後悔してほしいと思う」

 ひょっこり顔を出す、フロストのこの、自分も人も等しく罪を犯す者という認識の上に立った優しさ。今回も“殉死”した若い警官の身重の妻やもうひとりの警官に、それはさりげなく発揮される。ろくでなし、いい加減、下品と言いつのったあげく、こんな形で誉めるのは、身内を誉めるようでちょっと照れてしまうが――。そう、さっき情緒欠乏症といったけれど、フロストにおけるそれは、はにかみのうら返しでもある。
 このシリーズは警察小説だと書いたが、奥深いところに横たわる魅力において、実はフロスト版「我が町」シリーズではないかと私は思っている。
 どこにでもありそうな町、どこにでもいそうな人々、どこかにあってほしいフロスト的なるもの。作者のR・D・ウィングフィールドが3作目、4作目とこの物語をどう書き継いでいるのか、ますます楽しみになってきた。



《ジャック・フロスト警部シリーズ作品リスト》
●長編
 1 Frost at Christmas 1984 『クリスマスのフロスト』創元推理文庫
 2 A Touch of Frost 1987 『フロスト日和』創元推理文庫
 3 Night Frost 1992 『夜のフロスト』創元推理文庫
 4 Hard Frost 1995 『フロスト気質(かたぎ)』創元推理文庫
 5 Winter Frost 1999 『冬のフロスト』創元推理文庫
 6 A Killing Frost 2008 『フロスト始末』創元推理文庫

●短編
 1 Just the Fax(マイク・リプリー編のアンソロジー Fresh Blood II 1997 に収録)「ファックスで失礼」〈ミステリマガジン〉98年6月号/〈ミステリーズ!〉vol.82
 2 Early Morning Frost(Daily Mail, 2001/12/22,24,26)「夜明けのフロスト」〈ジャーロ〉2005年冬号/『夜明けのフロスト』光文社文庫)

【編集部付記】R・D・ウィングフィールドは2007年7月31日に逝去しました。享年79。
【Webミステリーズ!編集部付記】本稿は創元推理文庫『フロスト日和』解説の転載です。



(2017年4月13日/2017年6月26日)




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