謹聴! 謹聴! すげぇヤツが現れたぜ!
驚異の新人作家が贈る、ノンストップ青春+強盗小説。
(08年9月刊 トロイ・クック『最高の銀行強盗のための47ヶ条』解説[全文])

村上貴史 takashi URAKAMI

 

クライム・コメディはお好き?

 エルモア・レナードの手になる犯罪小説が好きな人。
 ジョー・R・ランズデールが描くテキサスのならず者たちの活劇が大好きな人。
 カール・ハイアセンが社会性というスパイスを効かせて料理したフロリダの変人たちの物語が好きで好きでたまらないという人。
 伊坂幸太郎が個性派揃いの強盗団を大暴れさせた『陽気なギャングが地球を回す』(祥伝社文庫)およびその続篇『陽気なギャングの日常と襲撃』(祥伝社ノン・ノベル)に惚れ込んだ人。
 ドナルド・E・ウェストレイクが生んだ強盗プランナー、ドートマンダー・シリーズを愛し、彼が別名義のリチャード・スタークで生んだ犯罪プロフェッショナル、悪党パーカー・シリーズも愛する人。
 そしてそれらの全部に夢中になった人。
 そんな人には、トロイ・クックのデビュー作である本書『最高の銀行強盗のための47ヶ条』は大のお薦めである。
 骨があって乾いていてちょいとヤバくて――なんともキュートで刺激的な一冊なのだ。

クーデターに巻き込まれた?

 そんな作品を世に送り出したクックは、そもそもは映画畑の出身である。
 本人のホームページ(http://www.troycook.net/。カラフルな蛙の写真がトップに飾ってあるという、これまたキュートなページだ)のバイオグラフィーのofficial short versionによれば――正確には本書をイカした文章で訳された高澤真弓さんの翻訳の力をお借りしているのだが――クックが行ったエキゾチックなロケ地での映画撮影は、ロシア人マフィア、マネーロンダラー、殺人者たちとの間で悶着を引き起こしたとのこと。そして、クーデター未遂、暴動、激しいデモを切り抜けた彼は、小説を書いている方が安全だという結論を下すに至ったのだそうだ。ホントかしら? バイオグラフィーのlong versionには赤の広場での撮影にまつわるエピソードも紹介されているので、気になる方は前述のサイトを確認してみてもらいたい。
 そのlong versionによれば、アシスタントカメラマンから映画人としてのキャリアを重ね始めた彼が、初めて脚本および監督を担当したのは1993年のことだった。この映画で資金を調達した彼は、1994年に、ロサンゼルスを舞台に二組の犯罪組織が抗争を繰り広げる"The Takeover"(邦題『テイクダウン』)の監督を務める。95年には、SF陰謀アクション映画"Phoenix"(邦題『スター・コンバット』)の制作・監督・脚本を担当。自身のウェブサイトでのバイオグラフィーによればこれが最後の映画作品だとのことだが、98年に"Centurion Force"(邦題『センチュリオン・フォース』)なるSF作品も監督している模様である。
 その後彼は子供が生まれたのを契機に、映画とロサンゼルスという二つの"craziness"におさらばすることを決め、コロラドに転居する。そして彼は小説を書き始めた。大好きなクライム・コメディを……。

9歳で銀行強盗を?

 クックが6ヶ月で最初の草稿を完成させ、さらに6ヶ月を費やして磨き上げたという『最高の銀行強盗のための47ヶ条』は、22歳のタラ・エバンズを主人公とした物語だ。
 男たちを虜にするルックスとバディを備えたタラは、父親のワイアットとのコンビで銀行強盗という仕事に励む。彼らが25万ドルの大仕事を手掛けようとしていたちょうどその頃。個々に動いていた様々な歯車が、妙なタイミングでかみあい始めた。加虐嗜好のFBI特別捜査官とその部下がワイアットとタラの犯罪に関心を持ったり、21歳の元不良少年マックスがタラに恋心を抱いたり、ワイアットのかつての仲間が、彼の金の横取りを企んだり。
 かくして、物語はおそるべき勢いで走り出す。その疾走感は最高。退屈などとは全く無縁だ。書き過ぎや描写不足といったぎこちない凸凹はまるでなく、実によどみなく物語は流れていく。それも、ヘアピンカーブを駆け抜けていくように、幾度も高速で曲がりながらだ。
 おそらく、映画という多人数で作り上げる芸術において多くの経験を積むことで、全体を客観視する才能を彼は身につけたのだろう。その上で、文体が(訳文の効果もあるだろうが)心地よい。減らず口小説としてとにかく愉しいのだ。これは脚本で鍛えられたという見方も出来るが、地の文とセリフの役割分担や、それぞれの表現などを見るに、やはりクックの小説家としての才能であろう。例えば、“ワイアットは、越えてはならない一線などない人間だ”などとさらりと書いて彼の危なさを表現している点などに、それを感じるのである。
 そして何よりキャラクターが強い。タラとワイアット、さらにマックスという三人の中心人物に揺るぎが全くない。しかも、それぞれに(善悪はともかくとして)チャーミングである。そんな三人が繰り広げる騒動に、これまた強烈に個性的な脇役たちが絡んでくるのだ。いずれの面々の造形も、写実的にリアルであるとは言いがたいが、小説の登場人物としての存在感は間違いなく一級品。そんな連中が先を読ませぬプロットと歯切れのよいリズミカルな文章のなかに置かれているのだから、これはもうページをめくる手が止まるはずがないのである。
 ちなみに本書は、アンソニー賞やマカヴィティ賞など、8つの賞において最終候補となったそうである(そのなかで、"Allbooks Reviewer's Choice Award for Best Mystery"と"Silver Evvy Award for Best Novel by Colorado Independent Publishers Association"の2つを獲得)。まずは大歓迎された一冊といってよかろう。

第二作の邦訳はまだなの?

 クックは既に第2作"The One Minute Assassin"を仕上げているという。カリフォルニア州知事選を舞台に、私立探偵と有力候補たち、殺し屋が右往左往するというこれまた魅力的な物語だ。いずれ東京創元社から紹介されるらしいので愉しみに待つとしたい。それを待つ間に、クックが敬愛する諸先輩らの作品に手を出してみるのもよかろう。
 まずは、フロリダを舞台にクライム・コメディの素敵な作品を放ち続けているカール・ハイアセン。個性的な面々を操る才能に長けており、そうした連中による群像劇を得意とする。本書が“誰かがカール・ハイアセンを乾いた南西部に移したような”という惹句で紹介されたことからも明らかなように、かなり共通したテイストを備えている。本書を愉しんだ方なら『殺意のシーズン』(扶桑社ミステリー)以降のハイアセン作品、例えば『珍獣遊園地』(角川文庫)や『虚しき楽園』(扶桑社ミステリー)なども愉しめるだろう。なお、本書でクックは保険会社を揶揄しているが、それがハイアセンと同じく社会批判を意図したものかどうかは本書だけでは不明。2作目以降を読んでからの判断としたい。
 クックは、“ユーモアと良質なクライム・ストーリーを両立させることは信じられないくらい困難だが、それがうまくいったときには、ユーモアでくるんだことで物語はさらに愉しいものになる”と述べており、ハイアセンとエルモア・レナード、ドナルド・E・ウェストレイクの作品が完璧なバランスを備えていると語っている。『スティック』(文春文庫)、『ラブラバ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)などで一時代を築いたレナードをクックがそう評価するのはもちろんのことだが、とりわけ注目したいのはウェストレイクである。ユーモアとクライム・ストーリーの完璧なバランスという点だけでなく、強盗チームという点でも本書との共通性が顕著なのだ。ドートマンダーと仲間たちの世界は、信用できる奴を通じてプロ(例えば運転手役。本書であればピート・コレリ)だけを仲間にすべきというワイアットの“規則”と共通しているし、それは、リチャード・スターク名義で発表されている悪党パーカー・シリーズとも共通だ。本書の強盗シーンをよりコミカルな方向に演出した小説が読みたければ『ホット・ロック』(角川文庫)に始まるドートマンダー・シリーズを、非情な方向なら『悪党パーカー/人狩り』(ハヤカワ・ミステリ文庫)に始まる同シリーズを読んでみるとよかろう。
 クックが日本語を読めれば、ユーモアとクライム・ストーリーを完璧にバランスさせる作家の一人として伊坂幸太郎の名前も挙げるだろう。銀行強盗が“仕事”の最中に銀行員や客に向かってやたらと喋りまくるシーンは、まさに『陽気なギャングが地球を回す』だ。
 また、『罪深き誘惑のマンボ』(角川文庫)等、ジョー・R・ランズデールがハップとレナードのコンビを操る犯罪小説も素敵だ。キャラクターの強さとセリフの強烈さは本書と双璧。
 その他、コメディに振り切って犯罪を描くトニー・ケンリックの諸作(誘拐コメディ『リリアンと悪党ども』(角川文庫)など)や、強盗小説にしてロード・ノヴェル、しかも青春小説であるジェイムズ・カルロス・ブレイク『無頼の掟』(文春文庫)、先の全く読めない犯罪小説であるジェームズ・リーズナー『聞いてないとは言わせない』(ハヤカワ・ミステリ文庫)などもお勧めだ。また、ワイアットが銀行強盗として生き延びるために定めた47の規則を愉しんだ方は、マイク・リプリー『名ばかりの天使』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や、ロス・H・スペンサー『されば愛しきコールガールよ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)もお試しあれ。前者ではロンドン・タクシーを自家用車として乗り回す私立探偵エンジェルの“人生の教訓”が、後者では酒場でくだを巻くアンダーウッドじいさんの警句が愉しませてくれることだろう。
 親子とロード・ノヴェルというキーワードでコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(早川書房)を引っ張ってくるのは、いかにその作品が素晴らしくてもいささか強引すぎるか。ともあれ、ここに紹介した作家や作品を読んでいるうちに時間が経過し、ちょうど第2作 The One Minute Assassin の邦訳が出るタイミングとなることを期待したい。都合よすぎるかしら。

 最後に本書の冒頭でクックが弟に捧げた献辞について。
 本書の執筆を始めた直後、彼の弟が31歳の若さで亡くなったそうである。予想もしなかったその出来事に打ちのめされた彼は、とても本など書ける気分ではなかった。悲しみに浸っている最中にユーモラスなシーンなど書けたものではない。だが、彼は弟が優れて痛烈な機知の持ち主だったことを思い返し、作品にユーモアを注ぎ込むことにしたのだという。弟を笑わせられるであろうユーモアを。それが、この作品を完成させる後押しになったそうだ。
 それを知るとちょっとしんみりしてしまうのだが、本書には、献辞を除いて、みじんもそんな要素は顔を出していない。さすがに映画人としてエンターテインメントのプロであり続けた男である。読者に提供する作品とおのれの感情の間には、きっちりと一線を引いているのだ。
 とはいえ――この『最高の銀行強盗のための47ヶ条』にはトロイ・クックのそんな気持ちがこめられていることを想うと、本国のファンが本書を歓迎したように、日本のミステリファンにも是非とも歓迎して欲しいと、なお一層強く願ってしまうのである。

(2008年9月)

村上貴史(むらかみ・たかし)
1964年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。〈ミステリマガジン〉に日本人作家インタヴュー『迷宮解体新書』を今年から連載開始。著作は『ミステリアス・ジャムセッション』(インタヴュー集)、『名探偵ベスト101』(編著)。共著は『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー事典』他。各種紙誌において書評やインタヴューなどを実施中。