海外ミステリ出張室

2017.06.23

川出正樹/チャールズ・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』解説(一部先行掲載)

6月30日に発売となる、チャールズ・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』に収録された川出正樹氏の解説を、発売に先駆けて、一部無料公開いたします。事件の真相にふれる後半部分については省いていますので、ぜひ現物の書籍にてご確認下さい。



ミステリに変革をもたらした、現代にも通ずる不朽の犯罪実話集

川出正樹 Masaki Kawade


「この本の中で取り挙げられた殺人は作り物ではない。すべて実際に起きたこと なのだ」          
ヒラリー・ウォー “The Poice Procedural”
『彼女たちはみな、若くして死んだ』を読んだ所感


「われわれは殺人事件の実話にどういう要素を求めているのか?」
ジョン・B・マーチン『悪魔の1ダースは13だ』


 一冊の本が、ミステリに変革をもたらした、と言ってしまうのはあるいは大袈裟すぎる ことかも知れません。けれども、一九四九年九月に、駆け出しの売れないハードボイルド 作家だったヒラリー・ウォーが、とあるペイパーバックと出会ったことによって、ミステリ小説界に新たなジャンルが確立されることになったのは事実です。
 若い女性が被害者となった事件の顛末を綴った作品十篇を収録する、この犯罪実話集を偶然手に取ったウォーは、事実のみが発することのできるオーラの虜となり、一言一句、貪るようにして読んだ、とジョン・ボールが編纂したミステリ評論集The Mystery Story(1976)に寄せた“The Police Procedural”の中で語っています。そして、現実の事件を扇情的になることなく淡々と詳細に描写する独特のタッチをフィクションに応用して、これまで書かれたことのないミステリを作ることはできないかと思案、試行錯誤を重ねた結果、一九四六年に起きた未解決事件〈ポーラ・ジーン・ウェルデン失踪事件〉に目をつけ、取材を繰り返し、三年後の一九五二年に『失踪当時の服装は』を発表します。
 実在する都市や施設の名を作中に取り入れ、事件の進行に即して具体的な日時を記載した上で、関係者の反応を細密に描写することで“ノンフィクションのようにリアルなフィクション”に仕上げた『失踪当時の服装は』は、若く美しい女子大学生の身に一体何が起きたのか、という謎の究明一本にストーリーを絞って、主人公の警察官が仮説・検証を繰り返し捜査する過程の面白さで読ませる作品です。このまったく新しいタイプのミステリ の誕生によって〈警察捜査小説(ポリス・プロシーデュラル)〉というジャンルが確立されました。
 そんなパラダイム・シフトを引き起こすきっかけとなったペイパーバックこそ、本書『彼女たちはみな、若くして死んだ』(原題:They All Died Young)なのです。
 これは、後の一九五五年に、〈フローレンス・メイブリック事件〉を題材にしたルイス・トンプソンとの共著The Girl with the Scarlet Brand(1954)でMWA賞最優秀犯罪実話賞を受賞することになる犯罪ジャーナリストのチャールズ・ボズウェルが、一九四九年に刊行した初めての著作であり、一九四〇年代を通じてStartling Detective やTrue Police Cases といった、当時、推理小説と並んで盛んに読まれていた犯罪実話誌(トゥルー・クライム・マガジン)に発表してきた膨大な記事の中から、ボズウェル自身が、若い女性が犠牲者となったケースばかり十篇を選んで編纂した先駆的な犯罪実話集です。
「ボルジアの花嫁」「ランベスの毒殺魔」「絞殺された女」のように、コリン・ウィルソンを始めとする犯罪研究家が、後年たびたび俎上に載せることになる悪名高い兇行から、「サラ・ブリマー事件」「6か9か」「彼女が生きているかぎり」といったあまり言及されることのない犯罪まで、多種多様な悲劇が取りあげられています。これらの痛ましい事件は、一八九一年から一九三六年までの半世紀弱の間にアメリカとイギリスで発生したもので、舞台となった土地は、ロンドン南部の下町やニューヨークのマンハッタンといった大都会から、ドーヴァー海峡沿いのリゾート地やアメリカ中西部の田舎町、果ては南フランスのニースまで、多岐にわたります。
 チャールズ・ボズウェルは、それら一つ一つについて克明に調査を重ねた上で、一歩引いたニュートラルな立場から、被害者と加害者、遺族や捜査関係者の姿を描き出しています。その中立姿勢は徹底していて、いたずらに読者の好奇心を刺激するセンセーショナルな書き方は決してしません。と同時に、犠牲者や犯人を始めとする関係者の内面描写も、一切行いません。あくまでも冷徹に淡々と事実のみを綴って行き、最後に犯人を明かした後、裁判の結果まで記すのですが、そのシンプルな筆法が、逆に、悲劇に見舞われた人間が抱いたであろう失意や哀惜、怨嗟といった心情をくっきりと浮かび上がらせていて、思 わぬ場面ではっとさせられるのです。
 例えば、最初に収録された「ボルジアの花嫁」の終盤で、容疑者の有罪を頑として信じなかった被害者の母親が、刑事がある事実を告げた瞬間に百八十度態度を変えて、隠してきた事柄を語り始めるシーンがあるのですが、この一瞬の変化の裏で、どんな心の動きがあったのかについて、ボスウェルは一言も触れていません。
 けれども、腑に落ちるのです。生身の人間の反応として、実に納得がいくものであると。だからこそ、悲劇に見舞われた女性とその母親、さらに犯人が、時空を隔てながらも自分が今いる世界に生きた人々だったということを実感できるのです。
 刊行後七十年近く経った、異国の事件を集めた犯罪実話、しかも最も古いものは〈切り裂きジャック〉が跋扈していた時代にまで遡り、最新の悲劇でも第二次世界大戦開戦以前に起きたものという、二十一世紀の日本人からは、時代も場所も遥か遠い出来事を、敢えて今、手に取って欲しい一番の理由は、この普遍性にあります。
 というのも、ここに収められた残酷な犯罪は、本質的に何ら変わることなく、今日に至るまで世界中で繰り返されているものばかりだからです。相手を同じ人間と見なさず、歪んだ欲望と自己承認欲求に根ざした身勝手な理屈で女性の命を奪う男たちは、いつの時代にもどこの国にも常に存在します。女性に対する蔑視や偏見も、依然としてなくなっていません。本書『彼女たちはみな、若くして死んだ』は、埃を被った博物館の収蔵品(コレクション)ではないのです。
 各話二、三十ページ程度の短さ故、個々の内容については敢えて触れません。一言だけ補足しておくと、各エピソードの冒頭に置かれた、思わせぶりかつ被害者を色眼鏡で見た前説は、著者ではなく原書の編集者が書き足したものです。また、同じく編集部の手になる「殺人の動機」と題した前書きが原書にはあるのですが、「被害者の容貌の美しさ、即ちセックスアピールが事件の要因となった」といった類の、今日の目から見てあまりにも偏見に満ちた趣旨で書かれている上に、特筆すべき情報が記載されていないので、翻訳は見合わせています。
 覗き見趣味がしたたる実話読み物とは一線を画すチャールズ・ボズウェルのジャーナリ ストとしての矜恃がはっきりとうかがえる不朽の作品集を、ぜひ多くの方に読んで頂きたいと思います。



■ 川出正樹(かわで・まさき)
書評家。著書に『ミステリ・ベスト10』『ミステリ絶対名作201』『ミステリ・ ベスト201 日本篇』(すべて共著)がある。「ミステリーズ!」にて「ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 魅惑の翻訳ミステリ叢書 探訪記」連載中。




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