海外ミステリ出張室

2018.03.26

柿沼瑛子/ロス・マクドナルド 新訳版『動く標的』解説(全文)

柿沼瑛子 eiko Kakinuma


動く標的
 一九六一年から六三年にかけて、当時小学生だった私は父の仕事の都合でロサンジェルスに住んでいた。一ドルはまだ三六〇円の時代で、家具付きのアパートの窓から見えるのはロサンジェルス国際空港を飛び交う飛行機、中古のおんぼろフォードの車窓から見えるのは砂漠の中に点在する鋼鉄製の水呑み鳥のような石油掘削機と、まことに殺風景な眺めのなかで暮らしていた。ディズニーランドなど高嶺(たかね)の花で、楽しみといえば一か月に一度日本人町に日本映画見にいくことくらい、その余裕すらないときはお屋敷町をミニドライブ旅行して楽しんだ。なかでもとりわけお気に入りの町があった。町の名前はサンタ・バーバラ。私たちは車窓の外を流れるスペイン風の町並みや、咲き乱れる花々、美しい教会に見入ったものだった(今でいうなら田園調布のお屋敷を見物にいくような感覚かもしれない)。日頃暮らしている光景とはまったく違う、地上の楽園がそこにあった。もちろんその地にロス・マクドナルドという作家が住んでおり、作中でサンタ・バーバラがサンタ・テレサという名前で登場していることなど、九歳の少女には知るよしもなかった。後年、高校生になって初めて『地中の男』でこの作家に出会った私は、物語のおもしろさはもとより、アーチャーという探偵が持つ、燦々(さんさん)と降り注ぐカリフォルニアの太陽とは裏腹の、ひんやりとした翳(かげ)のような哀しみに深く惹きつけられることになる。

 よくデビュー作にはその作家のすべてが詰まっているといわれる。この『動く標的』はロス・マクドナルド(便宜上ロス・マクと呼ばせていただく)のデビュー作ではないが、リュー・アーチャーのデビュー作という意味で、後年大きく変化を遂げていくアーチャー像の原型が詰まっているといってもいい。この作品を初めて読んだときは、どことなく陰鬱な印象があったのだが、今回あらためて新訳で読むと、閉塞感のなかにも、風が吹いているような、前方が開けているようなスピード感がある。
 なんといってもひとりひとりのキャラクターの造形が際立っている。バツイチのアーチャーはもとより、若い娘に少年のように恋している中年の弁護士、はなばなしい軍功をたてながら戦後は身をもてあましているプレイボーイのパイロット、億万長者と結婚しながら事故で半身不随になってしまった年の離れた妻、生きている実感をスピードに求める美しい金持ちのわがまま娘、最初から失踪しっぱなしでほとんど登場しない誘拐された大富豪にいたるまで、誰もがそれぞれに壊れた夢を抱き、孤独の影を負っている。アーチャー自身も三十五歳と若く、まだ精神的な余裕を残している。その象徴ともいえるのが午前四時にひとり冷凍の牡蠣を出して牡蠣のシチューを作るシーンだ。元妻は牡蠣が嫌いな女性だったが、いまは夜だろうと昼だろうと、好きなときに台所で心ゆくまで牡蠣が食べられるのだと述懐する場面がなんともいえない。孤独でも自由なのだという気概のようなものを感じさせる。
『動く標的』の中でアーチャーは鏡にうつった自分をこんなふうに描写している。「痩せ細った略奪者の顔をしていた。鼻は細すぎ、耳は頭蓋にくっつきすぎていた。瞼は外側が垂れ下がり、それでたいていは眼の形が自分でも気に入っている三角形になるのだが、今夜の私の眼は瞼のあいだに押し込まれた小さな石の楔のようだった」。まさしく「鉄の心臓に犀の皮をかぶったような男(『魔のプール』)」にふさわしい強面(こわもて)のルックスだといえるが、その直前ではこんなこともつぶやいている──「忘れ去られていたものに息吹(いぶき)を与える助産婦役でもあるアーチャー」この当時のアーチャーはまだハメット=チャンドラーの影響下にあったが、ロス・マクのファンとして田辺聖子氏は『ほのかに白粉の匂い』というエッセイ集のなかで、初期のアーチャーについてこう指摘している。「ちょうど悪に敏感なように、美しいもの、善きものにも鋭敏である。しかしその鋭敏さをまるで傷手のように、わがアーチャーは注意深く、かくしもっている」後年の過去にとらわれた人間を解き放つ救済者としてのアーチャーの姿はまだ見られないが、第一作で早くも自身のことを「忘れ去られていたものに息吹(いぶき)を与える」存在とみなしているのは興味深い。

 ロス・マクドナルドこと本名ケネス・ミラーは一九一五年、カリフォルニア州ロス・ガトスで父ジョン・マクドナルド・ミラーと母アン・モイヤーのあいだに生まれた。ロス・マクが生まれてからすぐに両親はカナダに移るが、元ジャーナリストであり、冒険家でもあった父親は根っからの自由人だった。看護師である母親が生計を支えていたが、ケネス少年が四歳のとき父親は家族を捨て、残された母と子は親戚を頼ってカナダ中を転々とすることになる(本人が数えたところによれば高校卒業までの十六年間に五十回)。彼は自分を捨てた父親を恨むと同時に激しい憧れを抱き、その鬱屈した感情は一生ついてまわった。
 不幸な家庭に育った頭のいい子供のごたぶんに漏れず、ケネス少年もかなり早熟だったようで、早すぎる性体験はもとより、飲酒や窃盗や喧嘩の常習犯でもあった。一九九九年に刊行されたトム・ノーランの伝記Ross Macdonald: A Biography によれば少年時代のロス・マクは本来マグマのような激情の持ち主であり、自分の内部にともすれば悪に強く惹かれる部分があることを自覚していた。いつかそれが爆発するのではないかという恐怖を常に抱き続けていた彼は、必死に意志の力でもちこたえ、ヘミングウェイやフォークナーといった作家たちの小説に生きるよすがを求めるようになる。親戚からの援助でなんとか学業を続けながら、しだいに高校の校内誌などで頭角をあらわし、自分にとってよすがになってくれた文学を一生の仕事にしようと決意する。

 ロス・マクといえば、やはり妻である作家のマーガレット・ミラーの存在を抜きにしては語れない。ケネス少年と同じ高校に通っていたマーガレットは市会議員の娘であり、マドンナ的な存在だった。当時のケネス少年にはとうてい手の届かない高嶺の花であり、声をかけるどころか、彼女の学校の行きかえりにこっそり後をつけるのが精一杯だったという。後年、父親が遺した保険金で大学に入ったロス・マクは、ヨーロッパ放浪中に偶然にもマーガレットとロンドンで再会する。当時マーガレットは自分の母親の死に精神的打撃を受け、ロンドンのおばのもとに身を寄せていたのだ。再会したとたん、彼女こそが自分の運命なのだと直感したロス・マクは猛烈なアタックをかけて、同じ作家志望という熱意で意気投合したふたりはたちまち恋におち、スピード結婚する。
 ロス・マクは大学院に籍を置きながら高校で教え始めるが、マーガレットは生まれ育った環境とはあまりに異なる極貧生活に加え、娘のリンダを妊娠したストレスでほとんどベッドから出られなくなってしまう。そんな妻にせめてもの気晴らしにと夫は図書館から大量のミステリ小説を借りてきてやる。どれもつまらないと息巻く妻に、だったらきみが書けばいいじゃないかと焚(た)きつけ、それが作家マーガレット・ミラー誕生のきっかけとなった。それでも当初はロス・マクがプロットを考えてやったり、文章を直したりしてやっていたという。やがてマーガレットはThe Invisible Worm で夫よりひと足先にデビューを果たすが、ロス・マクの協力はそれ以降も続いていく(ちなみにマーガレットがアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞した『狙った獣』でもラストの重要な改変にかかわっている)。
 そして夫もまた妻から遅れること三年『暗いトンネル』というエスピオナージュで作家としてデビューするが(当時は本名のケネス・ミラー名義)、彼にとってエンターテインメント小説はあくまで生活の資を得るための「売文」であり、本格的なシリアス・ノベルを書けるようになるまでの生計を得る手段にすぎなかった。 一方、マーガレットは『鉄の門』で成功をおさめ、ベストセラー作家としての地位を決定づける。『鉄の門』は映画化が決定し(実際には映画化されることはなかったが)貧乏な若夫婦には想像もつかないようなハリウッド・マネーが一気に舞い込んでくることになった。結婚後は夫の大学や教職の都合でカナダとミシガン州を行ったり来たりしていた夫妻だったが、たまたま車中からサンタ・バーバラを見て、ひとめ惚(ぼ)れしたマーガレットは、即金で家を購入する。それ以降、離れていた時期はあったが、サンタ・バーバラは夫妻にとって終(つい)の住処(すみか)となった(後年ロス・マクは冗談まじりに私の地獄((インフェルノ))と呼んでいる)。彼女は夫にしきりに執筆に専念しろと勧めたが、ロス・マクには妻の収入だけには頼りたくないというプライドがあった。彼としては博士号を取り、ある程度定期収入を確保してからシリアス・ノベルの創作に本腰を入れようという心づもりがあった。そこには夢を追いかけて生活をないがしろにした、自分の父親のような破綻者にはなるまいという彼なりの思いがあったと思われる。
 先のノーランの伝記には『動く標的』をめぐる興味深いエピソードが紹介されている。『暗いトンネル』『トラブルはわが影法師』『青いジャングル』『三つの道』の四作を本名のケネス・ミラーで上梓したロス・マクは、本腰をいれてシリアス・ノベルを書くためにより確実な収入を求めて、私立探偵を主人公にした、後に『動く標的』となるSnatch という新作を用意したが、前作の売れ行きが芳(かんば)しくなかったことで、頼みとしていた出版社に新作をボツにされてしまう。そこで考え出したのがエージェントにケネス・ミラーではない、別のペンネームを使って売り込みを頼むという苦肉の策だった。そのときにペンネームとして選んだのが、かつて自分と母親を捨てた父親の名前ジョン・マクドナルドだった。だが、この名前は後にトラヴィス・マッギー・シリーズで知られることになるジョン・D・マクドナルドから紛らわしいというクレームが入り、あらたに「ロス」というミドルネームをいれてジョン・ロス・マクドナルドとなる。一九五六年にはさらにジョンが取り除かれて、ようやくロス・マクドナルドという名前が定着した。
 ロス・マクの脳裏には常にシリアスな小説を書きたいという思いがあったが、ミステリという形を取りながら、本当に自分が書きたかったものをブレンドしていくことで、しだいに折り合いがつけられるようになっていく。特に大きな転換点となったのがアーチャー・シリーズ八作めの『運命』であり、この作品でロス・マクは初めてアーチャーを「解放」する。悪夢から覚めたようなラストで作家はアーチャーにこんなことを言わせている──「生れてはじめて私は何も持たなかったし、何も求めなかった」。デビュー当時は「鉄の心臓に犀の皮をかぶったような男」だったアーチャーがゼロになると同時に、まるで呪縛から解き放たれたかのようにロス・マクは失われた父親探しの旅に出る。アーチャーを過去から自由にしておきながら、逆に作者はひたすら過去へ過去へと父親を求めてさかのぼっていくのである。
 だが、彼を真に解放したのはある痛ましい「事件」がきっかけだった。一九五六年当時十六歳だった娘のリンダが飲酒運転のあげく、ふたりの少年をひき逃げし(うちひとりは死亡)さらに別の車と衝突するという交通事故を起こしたのだ(実際に運転していたのはリンダではないともいわれる)。両親が奔走した甲斐もあって、リンダは刑務所送りにはならず、八年間の保護観察処分に付されることになる。皮肉なことにマクドナルドは『動く標的』で当時十歳だったリンダの未来をはからずも予言していた。この作品に登場する金持ちの若い娘ミランダは、山道を時速百五マイルで飛ばすのが好きだといい、その理由を「退屈なときにやるのよ。何かに出会えるかもしれないって自分に言い聞かせて。何かまったく新しいことにね。道路上にあって剥き出しで、きらきらしている、いわば動く標的に」とアーチャーに語っている。この事件は両親がともに有名な作家ということもあって一大スキャンダルとなり、マクドナルド夫妻も一時サンタ・バーバラから退去を余儀なくされた。ロス・マクは娘とともに精神療法を受け、その影響は作品にも色濃く現われるようになる。さらにそれから三年後、リンダは保護観察を逃れて失踪し、ロス・マクは娘の行方を求めて東奔西走し、自らテレビ局や新聞社に働きかけた。やがてリンダは無事保護されて事なきを得るが、それが彼に与えた精神的・肉体的打撃はひき逃げ事件のときよりもさらに大きかったといわれる。
 リンダ失踪事件を経て二年後に書かれたのが『ウィチャリー家の女』であり、皮肉にも『縞模様の霊柩車』『さむけ』とロス・マクの三大傑作といわれる作品が続くのだが、これらはまるで父親から娘への詫び状のようにも取れる。娘がこうならないためにはどうすればよかったのか、どうすれば救えたのかをロス・マクはひたすら作品のなかで追い続けた。リンダが三十歳の若さで突然死した一九七〇年代以降の作品には、大人(親)たちの過去の犯罪に巻きこまれながらも、生き延びるために戦う娘たちが登場するようになる。そうした囚われの娘たちに対するアーチャーの感情は異常なまでに敏感になる。彼は少女たちの「はげしく強い無垢な感じと彼女を傷つきやすいものに見せている孤独な感じ(『一瞬の敵』)に激しく心を揺さぶられずにはいられない。そのまなざしは時としてエロチシズムすら感じさせるほどなまなましいが、それだけにいっそう切なさを感じる。ロス・マクは死んだ愛娘(まなむすめ)の代わりに、失われた時間と生をこれらの若い娘たちに取り戻してやろうとしたのだろうか。

 かくして「鉄の心臓に犀の皮をかぶったような男」であることから解放された後期のアーチャーは、過去という牢獄から現在を解き放つ救済者となる。それをもっとも的確にあらわしているのは村上春樹氏の次の言葉だろう。「登場人物は(中略)それぞれに不幸への道をたどりつづける。誰も幸せにはなれない。でも、それでも、人は歩きつづけるし、そうしなければならぬのだとロス・マクドナルドは叫びつづけているように見える」(『象工場のハッピーエンド』より)
 この「叫び」こそマクドナルド作品の本質ではないだろうか。もちろんそれは外に向けてやみくもに発散される子供の叫びとは違って、心のなかに向かう「静かなる叫び」だ。ロス・マクドナルドはそうした「静かなる叫び」の作家であり、それこそが彼の作品全体を覆っている哀しみの正体だと私は思うのだ。

 晩年のロス・マクは妻マーガレットの失明や、自身のアルツハイマー病発症などに苦しめられたが、数年にわたる闘病生活ののち一九八七年サンタ・バーバラにて死去。享年六十七歳。

(2018年3月26日)



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