海外ミステリ出張室
2010.07.05
礒部剛喜 ジョー・ウォルトン『英雄たちの朝』が暴き出す、第二次大戦下の隠された英国史(1/2)[2010年7月]
礒部剛喜 tsuyoki ISOBE (UFO現象学者)
●茂木健/ジョー・ウォルトン『英雄たちの朝 ファージングI』訳者あとがき[2010年6月]を読む【ここをクリック】
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『英雄たちの朝 ファージングI』を拝読しました。一読して驚かされたのは、この作品が改変された歴史を舞台にしたミステリであることにとどまらず、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』の末裔に位置するディストピア小説であると同時に、イギリス人の歴史的タブーに切り込んだ小説であることでした。
ジョー・ウォルトンが描きだした第二次世界大戦で英独が和睦した後の世界は、レン・デイトンの『SS‐GB』、P・K・ディックの『高い城の男』、ロバート・ハリスの『ファーザーランド』のような、ドイツが戦争に勝っていたらという仮定の歴史を構築したものではなく、イギリス人にとって恥ずべきことであったために封印されていた史実に基づいているからです。
その史実とは、イギリスを全体主義社会に改造しようとする〈ファージング・セット〉というパワーエリートのグループに実在のモデルがあったということです。本書にさりげなく記述されているキーワードを追っていくことで、〈ファージング・セット〉のモデルとなったグループに辿り着くことができます。
以下、ウォルトンが物語に組み入れた禁断の歴史に関する箇所を提示します。
1 ヘスの飛行
1941年5月10日に、ドイツ帝国副総統ルドルフ・ヘスがスコットランドにメッサーシュミット戦闘機で強硬着陸し、独力で独英単独講和をまとめようとした事件ですが、これまで欧米の歴史家のあいだでは、これはヘスの個人的な行動であって英独両国の組織的関与はなかった、という見解が支持されてきました。
このヘスの飛来事件が本書の核となっていますが、最近になってようやく、イギリス側にドイツとの和睦を求めていた有力者の一団があり、かれらの存在がヘスをして渡英に踏み切らせたのではないかという歴史的解釈がなされるようになってきました。
ヘスが接触を求めたのは、国王の側近に父を持つ空軍中佐のハミルトン公爵でした。
『英雄たちの朝』333頁で、「イーデンの後釜として首相になることが噂されていたハミルトンは、植民地相になった」と書かれています。このハミルトン植民地相とは、ヘスが頼りにしたハミルトン公のことだと思われます。
ヘスは、日本語の達者な有名な地勢学者カール・ハウスホッファー教授の仲介で、かつてミュンヘンでハミルトン公と会っていると主張しました。ハミルトン公は、ヘスとは会ったことがないと否定しましたが、彼は〈リンク〉という組織と関係があったようです。
この〈リンク〉がファージング・セットのモデルだと思われます。
2 〈リンク〉
同書145頁末~146頁の「(ヘスの)この提案をチャーチル首相は一蹴しようとしたが、現実派の人々から説得され」というくだりの現実派の人々が〈リンク〉を指していることは、ほぼ確実です。
戦時中のチャーチル内閣は、〈英独友好協会(フェロウシップ)〉、〈ライト・クラブ〉、〈北方同盟〉といった政財界の有力者たちの派閥によって、その存続を常に脅かされていました。特に〈英独友好協会〉の内部には、ドイツとのより緊密な関係を持った〈リンク〉と呼ばれる秘密結社がありました。
そのリーダーは、海軍情報部長、国王ジョージ五世の副官、王立海軍大学校長を歴任し、退役した1936年当時もなお海軍省で確固たる名望を得ていた、親日家のサー・バリー・ドムヴィル海軍大将でした。彼を支えていたのは、王立歴史院副会長、王立地理院評議会員を務めていた当代屈指の地勢学者であるサー・チャールズ・ベアズリーでした。
この組織は、ボリシェヴィキの侵略からヨーロッパ文明を守護する戦士団を自称する反共主義者の集まりで、ナチスとの融和に積極的だったのです。
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