一枚の紙片が示す“意外な犯人”
これぞ完璧なフーダニット!

『本格ミステリ・ベスト10』連続1位作家
本邦初訳の傑作長編



 公共事業の不正入札疑惑。上司との不倫に悩む女性。職場での出世争い。
 ……と並べてみると、わざわざミステリとして読みたい題材には思えない。
 だが、それがD・M・ディヴァインの手にかかるとなれば話は別だ。凡庸に思えた要素の組み合わせが、しっかりとしたドラマに支えられ、驚きに満ちたミステリに仕上げられる。スケールの小さい地味な話なのに、驚きに満ちた展開が大きな興奮をもたらす物語として楽しめる。
 本書『紙片は告発する』は、そんなディヴァインらしい作品である。
 原題はIllegal Tender――「不正入札」。邦題がこの四文字だったなら、日本の社会派ミステリなどを連想するところだが、これはそういう趣向の物語ではない。地方都市の人間関係を軸にしたドラマのなかで、巧みに読者を欺いて驚かせるミステリである。
 D・M・ディヴァインは、デビューから亡くなるまでの約20年の間に13作の長編を書いた。1970年に発表されたこの作品は、第九作に当たる。本書の刊行によって、残る未訳作品はあと二作となった。
 ここで改めてディヴァインについて、そして本書について、その魅力を述べよう。

 ディヴァインのミステリを支える要素として真っ先に挙げられるのが、その丁寧な人物描写である。それは本書でも変わらない。
 冒頭の二つの章は、町政庁舎(タウンホール)に勤めるタイピスト、ルースの視点から語られる。彼女が朝起きて、出勤して、職場で一日を過ごして、帰宅して……という流れを描く30頁ほどのなかで、家族や同僚や上司といった人々、つまり本書の主要登場人物の姿を鮮やかに浮かび上がらせる。そして、家庭でも職場でも冴えない彼女が、たまたま誰かの重要な秘密をつかんだかもしれないことも。
 3章から物語の視点は町の副書記官、ジェニファーに移る。彼女はルースとは対照的に、有能な実務者として描かれている。その優れた能力によって順調に昇進してきたが、女性を高い地位につけるのを好まない町議会議員たちの偏見によって、さらなる昇進は難しくなっていた。いっぽう、私生活では絶対に守らなくてはならない秘密を抱えていた。上司にあたるローリングスと不倫の関係を続けていたのだ……といったことが、事件発生が読者に知らされるまでの間に語られる。その後は彼女の視点から、主な登場人物たちの言動と、その状況が描かれる。
 本書は事件の謎解きを描く一方で、ジェニファーが日々の業務をこなす姿も丁寧に描いている。彼女の職場には優秀な人もいればそうでない人もいて、特に仕事のできない人の駄目なところ(そして、環境が変わるとそれなりに良くなるところ)などの描写は実に生々しい。組織のなかで働いたことのある人にとっては、なかなか真に迫る物語ではないだろうか。
 興味深いのが、1章から2章にかけてのルースの視点と、3章以降のジェニファーの視点の使い分けだ。『こわされた少年』『悪魔はすぐそこに』などの作品で、より積極的に多視点を駆使しているディヴァインにしてはずいぶん控えめなやり方ではあるが、本書でも主観の違いによる人物像の違いが描き出されている。同じ人物でも、ルースから見た印象と、ジェニファーから見た印象は異なっている。
 ジェニファーの視点に統一される3章以降も、似たような描写が見られる。例えば、ローリングスをめぐる、ジェニファーと警部補のクリスの意見の違い。副書記官のラルフについての、ジェニファーとローリングスの認識のずれ。
 そうした認識の差異は、誰にでもあることだ。それぞれの主観や、相手との関係が異なるのだから、当たり前といえば当たり前のことだ。
 だが、その当たり前を掘り下げて、ディヴァインは人物像を作り上げる。
 人間の持つ顔はひとつではない。主観と相手との関係によって、時には全く異なる顔になる。同じ人物どうしでも、関係が変化すれば見せる顔も変わる。あるいは、決して他人に見せてはいけない顔もある。
 人物造形が謎を紡ぎ出す。人と人との関係が、真相を覆い隠す。ディヴァインの作品では、ある人物に対する印象の違いが、ストーリーに影響することも珍しくない。

 本書の犯人が施す仕掛けは、いたって地味で小粒なものである。
 にもかかわらず、事件の真相が明かされる瞬間には驚きがある。それは、人物描写を活かしたミスディレクションに負うところが大きい。
 ディヴァインのミステリにシリーズ探偵は登場しない。それぞれの作品で、それぞれの事件に巻き込まれた当事者が探偵役を務める。当事者の人生と事件とが交錯し、物語はより切実なものになる。効果はそれだけではない。あらかじめ人間関係の網のなかにいる人物の視点に立つことによって、当人の先入観がミスディレクションとして機能する。
 彼の作品の視点人物は、いくぶん矛盾する二つの役割を担っているのだ――事件を解き明かす役割と、そして読者を惑わす役割を。
 かくして、ミステリとしての驚きと人物描写は、切っても切れないものになる。ミスディレクションを有効に機能させるためには、読者が視点人物と一体になって先入観を共有してしまうくらいの、しっかりした人物描写が求められるからだ。

 さまざまな顔を持つ人間どうしの関係を活かして驚きを仕掛けるディヴァインの手法は、作品にあるパターンをもたらしている。
 他人には見せられない顔――すなわち秘密をめぐる駆け引きの存在だ。
 彼の作品でしばしば描かれるのが恐喝である。デビュー作の『兄の殺人者』も、殺された兄が恐喝者の汚名を着せられるという物語だった。本書のジェニファーも、不倫を暴露するという脅迫状を受け取る。冒頭のルースの言動も、本人の意図はさておき、「秘密の暴露」という脅しとして作用してしまう。
 過去の秘密、特に性に関わる秘密を暴露するという脅しは、ディヴァインの作品では頻繁に用いられる。人間関係が謎を織りなす物語では、秘密とその暴露は、事態を動かす力を帯びているのだ。彼の作品は、秘密をめぐるパワーゲームとして読むこともできる。
 そうした目で本書を読むと、捕らえられた瞬間の犯人の叫びもまた、痛切に胸に響く。できることなら、読み終えたあとでもう一度ばじめから読み返してほしい。読む文章は同じでも、一回目に読んだときには見えてこなかった人物像が浮かび上がってくるはずだ。
 優れたミステリは再読もまた楽しい。作者が書かなかった余白を想像で補うのは、読者にとっての大きな楽しみである。


【Webミステリーズ!編集部付記】本稿は創元推理文庫『紙片は告発する』解説の転載です。


(2017年2月17日)




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