海外ミステリ出張室

2017.04.06

深町眞理子/シャーロック・ホームズの事件簿【新版】 訳者あとがき(全文)


 創元推理文庫のシャーロック・ホームズ全集最終巻、『シャーロック・ホームズの事件簿』をお届けします。
 永遠の名探偵シャーロック・ホームズ。その晩年の事蹟を語るこの第五短編集は、いまから27年前の1990年、ホームズの産みの親サー・アーサー・コナン・ドイルの没後60年を経るまで、著作権上の問題で、創元推理文庫には含まれていませんでした。そのため、阿部知二氏訳によるホームズ・シリーズも、わずかに画竜点睛を欠く憾みがないでもなかったのですが、1990年に著作権の保護期間が切れ、いざ『事件簿』を、となったとき、すでにお亡くなりになっていた阿部知二氏に代わり、不肖深町眞理子が翻訳の大任をおおせつかったものです。
 深町訳のこの版が世に出たのは、1991年5月。以来、2015年3月刊の第25版まで、順調に版を重ねてきましたが、このかん、2010年からは、シリーズの他の8巻もすべて新訳に切り替わることとなり、その8巻め、『恐怖の谷』が、ようやく15年9月に上梓されました。そこで、それら8巻との文体上、表記上の整合性をはかるため、かつまた、20余年を経過して、91年版にいくつか意に満たない箇所が見えてきたこともあって、このさい、この9巻めも改訳して、深町訳ホームズ・シリーズの締めくくりとしたい、そう考えた次第です。さいわい読者の皆様のご支持を得て、これまでの8巻ともども長く読み継がれてゆくならば、訳者として、これに過ぎる喜びはありません。なにとぞ皆様の絶大なるご支援を、今後ともこの創元推理文庫のシャーロック・ホームズ全集にたまわりますよう、伏してお願い申しあげます。
 さて、本書におさめられた個々の作品の内容、あるいは、シリーズ全体に占めるこの第5短編集の位置づけ、といった点については、他の8巻とおなじく、戸川安宣氏による詳細な解題がありますし、さらに、これを含むホームズ譚全体のおもしろさについても、有栖川有栖氏が巻末の解説に書いてくださっていますので、ここではくりかえしません。たんに、訳者としての立場から、翻訳そのものについて、二、三しるしてみたいと存じます。
 はじめに、27年前に翻訳に取り組むにあたり、まず考えたのは、これまでの先行訳により、長年にわたって培われてきたシャーロック・ホームズのイメージ――これはそのまま訳者自身、早くから読者としていだきつづけてきたイメージ、ということでもありますが――これをこわさぬように、ということでした。もうひとつ、文章のうえでは、いまからちょうど130年前のヴィクトリア朝末期から、著者も「まえがき」で書いているように、ごく短かったエドワード時代を経て、さらにその後の第一次世界大戦の前後(現在からはおよそ百年前)にいたるまで、それぞれの時代の風潮、社会性といったものをそれなりに出しながら、なおかつ、古めかしい感じにはならないようにと、この点も心がけました。実際、翻訳にさいして原文をじっくり読み、やや意外に思ったのは、文章面で古色蒼然といった趣の表現にはまず出くわさなかったことで、むしろ、ホームズのものの見かたや行動などには、当時のひととしてはとびぬけて明るい現代性、合理性がある、といま読んでも感じさせられます。結果として、そういう明るさが多少は訳文に反映されているかもしれません。
 つぎに、原文について少々気になった点をいくつか挙げておきます。その第一は、「白面の兵士」における病者、「〈三破風館〉」における黒人等の描写に見られる差別感情と、「サセックスの吸血鬼」や、「ソア橋の怪事件」「〈三破風館〉」に見られるラテンアメリカ系の女性への、そこはかとない偏見です。とくにこのラテンアメリカ系の女性への偏見というのは、これまでの巻でも何度か見られたもの(たとえば、『シャーロック・ホームズの復活』収載の「第二の血痕」など)ですが、いずれにしても、こうした偏見は、当時のイギリス人としてはやむをえないものであり、そういうものだったのだと割りきって受けとめるしかないでしょう。ただ、作者の根本的姿勢は変えるべくもないとしても、訳文のうえでは、なるべくそれをあらわにしないように努めたつもりです。なお、「白面の兵士」の病者にたいする誤った認識と、それに伴う差別意識については、戸川安宣氏も解題で説明してくださっています。
 二番めは、「這う男」に出てくる日付けと曜日の食いちがいについてです。冒頭に、〝1903年9月初旬のある日曜日〟とあり、万年暦で調べると、これが6日のことであるのがわかります。のちに依頼人も、〝おとといの9月4日〟と言っていますから、この4日=金曜日を起点に、プレズベリー教授の身に異変が起きる日を見てゆくと、8月下旬の段階で一日のずれがあるものの、それ以外は叙述にほとんど破綻が見られないのですが、ケンフォードに出向いたホームズが、〝来週の火曜日あたりがやまだ〟と言うあたりから、怪しくなってきます。本来なら、つぎに異変が起きるのは、9月4日から9日めの〝13日=来週の日曜日〟でなくてはおかしいのです。
 これについて、著名なシャーロッキアンであるウィリアム・S・ベアリング- グールドの編纂したThe Annotated Sherlock Holmes(邦訳は東京図書刊『シャーロック・ホームズ全集』1982―83年、ちくま文庫刊『詳注版シャーロック・ホームズ全集』1997―98年)では、〝ホームズがケンフォードへ出かけた日を、ワトスンの記述より一週間後、9月14日の月曜日に設定すれば、すべて辻褄が合う〟としていますが、これは訳者としては首肯できません。ホームズは6日の日曜日に依頼を受けたのですから、翌7日の月曜日には、さっそく現地へおもむいたと受け取るのが当然でしょう。ホームズ自身も、「すぐにもこちらから訪問すべきだと考えるのには、いくつか理由がある」と言っているのですから。
 そのほか、おなじ「這う男」で、トレヴァーだったはずの依頼人の名が、いつのまにかジャックに変わっているなど、気にしはじめればいろいろ問題はありますが、しかし、ここで声を大にして言うなら、この種のいわば瑕瑾は、細かく重箱の隅をつつくように読んでこそ目につくもの、楽しんで物語の世界にひたっているかぎり、けっして障りにはなりません。読者諸賢におかれましては、どうかこういう瑣末事にとらわれず、あくまでも作品を作品としてまるごと味わう姿勢をつらぬかれますよう、これは訳者よりもひとえにお願い申しあげます。
 というわけで、著者の「まえがき」に倣ならって言うなら、〝読者の皆様、今度こそほんとうにシャーロック・ホームズともお別れです! 長年の変わらぬご愛顧に感謝するとともに、いまはただ、皆様を日々の煩いから解放し、真のロマンスの王国においてのみ見いだしうる気分転換をうながすというかたちで、なにがしかの貢献ができたことを願うのみ〟です。
 ここまで、9巻全巻の個人訳を完成させるについては、東京創元社の皆様の、言葉には尽くせぬご尽力、ご助力をいただきました。わけても、2009年に『冒険』編の新訳にとりかかって以来、当初は12年春には全巻を仕上げる予定だったのを、17年の今日まで辛抱づよく伴走してくださった編集部の桑野崇氏、なにかと挫折しがちだった訳者を、折りにふれては励ましてくださった井垣真理氏、プリンターが故障して、困りはてているとき、富士通製のパソコン本体に合う機種を探してきて、設置してくださった坂川充氏。そのほか、校正や製作のかたがたをも含めて、皆様にはほんとうにお世話になりました。心より御礼申しあげます。このご恩返しは、これからも老けこむことなく、きちんと仕事をつづけてゆくことにしかない、と覚悟を新たにしています。
 そして最後になりましたが、忘れてはならない戸川安宣氏。1990年、それまではホームズ譚のパロディーやパスティーシュばかりを、ほとんど一手引き受けのかたちで訳していた翻訳者深町眞理子に、はじめて〈正典〉の『事件簿』をやってみないかと声をかけてくださった大恩人です。いまはお礼の言葉もありません。願わくは、深町訳シャーロック・ホームズ全集が長く売れつづけ、それが多少なりともご恩返しになってくれればと、そればかりを願っています。ほんとうにありがとうございました。

2017年2月


【Webミステリーズ!編集部付記】本稿は創元推理文庫『シャーロック・ホームズの事件簿【新版】』訳者あとがきの転載です。

(2017年4月6日)



ミステリ小説の月刊ウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社 >
バックナンバー