海外ミステリ出張室

2013.07.05

“傑作”はこのようにして創造される。マイクル・コナリーが著者リンジー・フェイに訊く、『ゴッサムの神々――ニューヨーク最初の警官』のつくりかた[2013年7月]

8月刊行! 破格の新人作家リンジー・フェイの『ゴッサムの神々――ニューヨーク最初の警官』(仮)を一足先にご紹介します(〈Webミステリーズ!〉2013年6月号記事)


 2013年8月、破格の新人作家リンジー・フェイの『ゴッサムの神々――ニューヨーク最初の警官』を刊行いたします。そこで今回、特別にミステリ作家マイクル・コナリーによる、著者へのインタビューを翻訳掲載いたします。1845年のニューヨークを舞台にNY市警黎明期の新米警官の活躍を描いた傑作ミステリが、どのようにして執筆されたのか――。作家志望の方は必読とも言える、読みごたえのあるインタビューです。どうぞお楽しみください!

■マイクル・コナリーによるリンジー・フェイへのインタビュー

マイクル・コナリー:まず、この本であなたが自分に課した挑戦についてお聞きしたいですね。つまり、1845年のニューヨークを再現するという挑戦です。なぜ1845年を選んだのか? でも、じつはほんとうに知りたいのは、なぜこの困難な道を選んだのかということなんですよ。1945年のニューヨークでもいいし、現代のニューヨークでもいいわけでしょう? 『ゴッサムの神々――ニューヨーク最初の警官』を読みながら、わたしは作家として自分にずっと問いかけていましたよ。どうして彼女はこの道を選んだんだろう? すごい! って。

リンジー・フェイ:そんな! ええ、たしかに――ある意味では、とてもむずかしい挑戦でした。1845年のニューヨークを舞台にするという不遜なくわだてをしたのは、ニューヨーク市警の誕生、ニューヨーク市警の最初の警官を描きたかったからなんです。始まりの物語というのは人を惹きつけずにはおかない魅力があるし、こんにちニューヨーク市警が世界中にその名をとどろかせていることを思えば――よかれあしかれ、どのエピソードもすごくドラマティックでしょう――こういう組織の発端はどんなだったのかと考えないわけにはいきません。市警が勝ちえた名声やなしとげた進歩は、ほとんど神話と化していますものね。いったいどんなふうに始まったのか、興味しんしんでした。

 わたしはある歴史的な出来事を描いてそれを伝説にしたかったんです。つまり、偶像化して、共鳴できる存在として、創造したかったんです。そこで、ニューヨーク市警が1845年の創設と知ったとき、時代設定はおのずと決まりました。

 また別の意味では、こうも言えるんです。以前図書館であった会合で、たいへん才気に富んだある作家がコメントしました、歴史ものを書くのは困難な道に挑みたいからではなく、どちらかといえばそのほうが楽だからだって。

 いまや犯罪をまともに実行するのはほぼ不可能ですよね、監視カメラやら、インターネットやら、クレジットカードの使用履歴追跡やら、科学捜査やら。わたしが持っているのは英文学の学士号だけで、犯罪科学の博士号はないし、正直なところ、プロットをたてるにあたって現代の犯罪捜査の複雑さには腰が引けてしまうんです。

『CSI』などのテレビ番組がじっさいよりもずっと現場を魅力的に見せているのはわかりますが、わたしが興味を惹かれるのは、犯罪科学が系統だった学問でさえなかったころにどうやって犯罪を解決していたかということなんです。最初の警官はどうやっていたのだろう? どんな道具を使っていたのだろう? 現代ミステリは好きでよく読みますが、そこに詰めまれている技術的なノウハウにはいつもつまずいてしまいます。

マイクル・コナリー:この作品でもっとも印象的だったのは、当時のニューヨークがこのうえなく濃密かつリアルに描かれていることでした。こんなふうに書くためにどんなリサーチをしたんですか? じっさいに書きはじめる前に、調べたことをつなぎあわせるのにどのくらい時間をかけました? それとも、同時進行でしたか?

リンジー・フェイ:ありがとうございます――自分の書く歴史小説はすべて実体験のように読者に感じてほしいので、第一稿にとりかかる前に、最低でも半年は舞台となる世界にどっぷりと浸かります。今回は、多くの日記を熟読したり、ニューヨーク歴史協会やニューヨーク公立図書館の敷地に寝泊まりしたり(笑)。

 統語構造やファッションや料理や建築といった文化のさまざまな側面に夢中になって、ぜんぶを吸収しようとよくばりました。書いているときに、しょっちゅう事実確認をしたり俗語を調べたりするのはいらいらしてしまうんです。だから、まず半年かけてリサーチをしました。結局、そのほうが時間の節約になりますね。

 もちろん歴史書も調べますが、わたしにとっては一次資料のほうがはるかに大切です。たとえば、1845年の1月1日から12月31日までの〈ニューヨーク・ヘラルド〉はすべて読みました。19世紀のニューヨークで無数の人々が紀行文や社会的考察や風刺文を書いていて、どれもかけがえのないものです。当時の人々が街や政治やライフスタイルについてどう思っていたのか、わたしは知りたかったんです。人種について、宗教についてどう思い、なんと言っていたか? 街いちばんの牡蠣(かき)のパイを出す店はどこだったのか? ゆうべの消防団のパーティで、あの生意気ないとこの女の子はかわいかったのか? こういう発見の旅にはいつだってわくわくします。

マイクル・コナリー:歴史小説の場合、時代と場所をセールスポイントにするのはかんたんだと思うんです――たんねんなリサーチで読者を感心させるわけですね。そうすると、登場人物の描きかたが物足りなくなってしまうことが多い。あなたはその落とし穴を、主人公のティモシー・ワイルドをはじめとする登場人物たちでみごとに回避してみせた。歴史的なリサーチと同じだけのエネルギーを、主人公につぎこんだのではないですか? 彼のキャラクターを思いついたきっかけは?

リンジー・フェイ:ああ、これはぜひお話ししたいことですね。調べた内容をひけらかしているような歴史小説には、わたしはがっかりしてしまうので。たとえば、語り手として酒場で働く少女がいるとします。勇気のあるすばらしい子なのに、悪者の兵士から逃げているときに、少女は足を止めて、いま通り過ぎた建物はだれによってどういう種類の石で1814年に建てられたとか語るわけです。これは誇張した例ですが、わたしは自分の登場人物が重要だと思っていない情報は書かないように心がけています。というか、できるだけ排除するようにしています。

 だから、登場人物たちをとりかこむ世界を描くのと同じだけのエネルギーを、彼らを書きこむのについやしているというのは、まさにおっしゃるとおりです。

 ティモシー・ワイルドはたくさんのヒントからの抜粋で創りあげました。たとえば、初期のニューヨーク市警が政治でがんじがらめになっていたのを知ったとき、主人公は自分自身の信条を持つアウトサイダーにしようと決めました。でも、うんと有能な男にはしたかった。わたしは10年間外食産業の仕事をしていました。夫と、親しい友人たちの多くはバーテンダーです。彼らはびっくりするほど人間についてよく知っているんですよ。バーテンダーは観察力がとても鋭い、そこでわたしは、バーで働いていたというのは警官になる上ですばらしい訓練になると気づいたんです。

 ティモシーの外見は、わたしがミュージカル公演をしたとき一緒だった友人の俳優をイメージしています。もちろん、彼の多くの面は自分の一部でもあります。水が出ない噴水にわたしはどうしようもなくいらいらするので、ティムもいらいらします。なんといっても、ティモシーで気に入っているのは、想像上のキャラクターが自分自身の命を持ちはじめるいくつもの魔法の瞬間があることですね。

マイクル・コナリー:二つの重要な出来事――ジャガイモ飢饉とニューヨーク市警誕生をこの物語に結びつけたのは、実に天才的なアイディアでしたね。この二つにかんしては、相当な量の記録があったでしょう。それをどのように架空の物語にとりこみました? ドラマを優先したのか、それとも史実を優先したのか?

リンジー・フェイ:大飢饉とニューヨーク市警の始まりが同じ年だったのは、24カラットのダイヤモンドの贈りものに匹敵しました。願いをかなえてくれる精霊と出会って理想的な題材をくれと頼んだとしても、これ以上のものはなかったでしょうね。

 じつは、まったくの僥倖(ぎょうこう)だったんです――最初の警官たちについて調べていたら、前年ヨーロッパでジャガイモの葉枯れ病が見つかって、無数のアイルランド人が故国から逃げだしていた事実につきあたりました。ニューヨーク生まれの移民排斥主義者は、カトリックの移民が合衆国の民主主義をおびやかすと非難した。あまりにも大勢の人たちが一つのパイにむらがったときに起きる、不幸な政治的スタンドプレーです。状況は混乱をきわめて、この対立はニューヨーク社会のありようを変えていきました。

 警官と移民の物語を組みあわせるのはむずかしかったけれど、わたしはすっかり魅惑されました。おっしゃるように、ジャガイモ飢饉にも市警創設にもたくさんの記録が残っています。新しい生活を求め、敵意に満ちた人々に迎えられることになった自分の祖先にできるかぎり敬意を払いたかったので、事実には忠実に書きました。アイルランド移民の流入はしばらく続いたため、豊富な資料を集めることができました。

 やがて、それらはとてもリアルに感じられるようになったんです。各章の冒頭には資料からの引用をつけました、貧困や宗教的頑迷や腐敗はどこにでもあって現実そのものだったことを、わたしたちが忘れないようにするために。移民たちが歩いた成功と絶望をへだてるきわめて細い道は、当時と同じくいまもショッキングであり、現代社会に通じるものです。だから、事実に対して忠実であることで、ドラマに対しても忠実であることができました。

マイクル・コナリー:あなたの前作Dust and Shadowも、フィクションと史実――ジャック・ザ・リッパー――とリサーチの融合でしたね。『ゴッサムの神々』の核となる二つの大きな史実以外に、この物語のヒントになったもう少しささいな現実の出来事はあったんですか?

リンジー・フェイ:ありました。警官になってまもないティモシーが打ちのめされた事件、エライザ・ラファティと彼女の嬰児(えいじ)殺しはすべて事実なんです――ドイヤー・ストリート六番地の家で1849年に起こりました。わが子を殺したあとの彼女の苦しみと、状況をまったく理解できていなかったことについて読んだとき、いったいどんな生活がこんな事件を引きおこしてしまったのか調べました。胸の痛くなる作業でした。

 近所の住人や警察は赤ん坊の死に衝撃を受けていました。こんにちであれば、エライザの状態は深刻な産後うつの一種と考えられるでしょう。でも、現代医学がなかったばかりか、彼女にはたぶんほかのものもなに一つなかったんです――じゅうぶんな空間も、食べものも、どんなセーフティネットも。警官が任務で向きあわなければならない非道をティモシーはここで初めて経験したのですが、つらかったにしても、この先さらにどれほど大きな試練が待っているか、たちどころに理解できたわけです。

マイクル・コナリー:それは、きっと作家としてのあなたの将来には無縁のことですよ(笑)。ところで、次作は? ひきつづき歴史ものですか?

リンジー・フェイ:ええ、『ゴッサムの神々』の続編Seven for a Seacretを執筆中です。6か月後、1846年の冬の話になります。ティモシーと兄のヴァレンタインは解決しなければならないお荷物を相当かかえていますから、続編にトライしないのは酷だと思ったんです。おなじみの人物たちはむろん再登場します、書いていて楽しくてしかたがありません。続編を書くのは初めてなんです。うまくいくように祈ってくださいね! それから、とても刺激的な質問をしてくださってほんとうにありがとうございました。
(野口百合子訳)

■『ゴッサムの神々――ニューヨーク最初の警官』あらすじ
1845年,ニューヨーク。バーテンダーのティムは街を襲った大火によって顔にやけどを負い、仕事と全財産を失ってしまう。新たに得た職は、創設まもないニューヨーク市警察の警官だった。慣れない仕事をこなしていたある夜、彼は血まみれの少女と邂逅する。「彼、切り刻まれちゃう」と口走って気絶した彼女の言葉どおり、翌日胴体を十字に切り裂かれた少年の死体が発見される。だがそれは、ニューヨークを震撼させた大事件のはじまりにすぎなかった……。不可解な謎がちりばめられた激動の時代を生き抜く人々を鮮烈に活写した傑作ミステリ!

本書は2013年8月刊行です。お楽しみに!
(2013年7月5日)



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