海外ミステリ出張室

2016.11.04

○翻訳ミステリについて思うところを語ってみた・その14 新版化ってこういうことなのだ

みなさまこんにちは。翻訳ミステリ班Sです。あっという間に寒くなってきました。コタツが欲しいきょうこのごろです。

今回は、翻訳ミステリや翻訳SFにおける「新版化」について、そういえばちゃんと語ってなかったなあと思いまして取り上げてみることにしました。じつは数年前から新訳版を出したり、新版化の取り組みを推し進めているのであります。

そもそも「新版化」って何よ? という方も多いと思いますので、まずはご説明を。「新版化」とは、「過去に刊行した本を、翻訳はそのままで、文字組みを読みやすくして新カバーにして出し直す」ことです。

さて、東京創元社は1954年創業で、日本ではじめてのミステリ文庫である〈創元推理文庫〉は、1959年からスタートしました。1963年からはミステリ以外にもSFやホラーなどが登場します。そのような時代に刊行した本はすでに絶版になってしまって手にはいらない、という状況が多いかと思いますが、たいへんありがたいことに、弊社刊行物はロングセラーが多く長い間版を重ねつづけています。

たとえば、エラリー・クイーン『Yの悲劇』は1959年刊行で現在はなんと118版になっています! 刊行以来、117回重版しているということです。ほかにも、1980年刊行のJ・P・ホーガン『星を継ぐもの』は現在97版。このように、過去に刊行した本が長いあいだ読み続けられており、まさに“財産”と言えます。

で、ですね。こういったむかし刊行した本を重版しようとすると、いろいろな問題が起きます。まず、活版印刷時代に印刷した本を重版するときは、「紙型」と呼ばれる紙で作られた鋳型を使うことになります。紙型とは、活字を組み上げて作った印刷面の上に特殊な紙を載せて、加熱・加圧して作ったものです。この紙型を鉛版鋳造機の鋳型にセットして、鋳溶かした鉛の合金を注いで鉛版をつくって、印刷用の版とするのです。重版する場合は、鉛版屋さんがこの紙型から新しい鉛版をつくってくれます。

ちまたでは絶滅したかのように思える活版印刷および紙型による重版ですが、数年前まではほそぼそと続けられておりました。毎年9月ごろの〈復刊フェア〉では、過去の本を復活させる場合に、「この本まだ活版?」「紙型は保ちそう?」というような会話が交わされたりしていました。復刊したい本があっても、紙型がちゃんと使える状態でなかった場合は印刷できないことも多いのです。また、近隣の鉛版屋さんが廃業されてしまったので、お仕事をお願いすることができなくなってしまったのでした。なので、弊社では現在紙型による重版はおこなっておりません。

先述した『Yの悲劇』など、刊行以来ずっと重版しつづけている作品は、オフセット印刷ができるようにフィルムをつくっておいたので、紙型を使わずに重版できています。でも以前の組みのままですし、ものによっては字が小さいことも……。そこで、「過去に刊行していた名作をより手にとりやすく、読みやすくする」方法が、「新訳」もしくは「新版化」なのです!!(ふう、やっとここまできました)

「新訳」は簡単ですね。すでに翻訳刊行されている作品を、あらためて翻訳することです。弊社でもエラリー・クイーンの〈国名シリーズ〉やジョン・ディクスン・カーの作品などを新訳で刊行しておりますし、今後もどしどしつづけていく予定です。

しかし新訳する、というのは思った以上にたいへんです。あらたに一から訳すわけですから時間もかかりますし、シリーズものの場合はある程度コンスタントに刊行していけるように、スケジュールをしっかり調整する必要があります。どなたに新訳をお願いするべきか、編集会議で話し合っても、なかなか結論が出ないことも少なくありません。

「新版化」の場合は、誤字脱字やあまりにも古い表現や送り仮名などを直すことはありますが、基本的に訳文はそのままです。それを読みやすい文字組みにして版を変えて出し直します。その際はたいてい新カバーにしますし、従来の訳者あとがきなどに、さらに解説を加えたりする場合もあります。ぶっちゃけると、むかしの本を持っているひとにももう一度買い直してもらえたらなーなんて……。

* * *

さてさてここで、わたしが担当したウィリアム・アイリッシュ『暁の死線』の新版化についてご説明いたしましょう。すべての新版化がこういう流れで行われるわけではありませんが、ご参考までに。

『暁の死線』文庫をOCR(手書きや印刷された文字を、スキャナやデジタルカメラで読みとり、コンピュータ用のデジタルの文字コードに変換する技術)でテキストデータ化して、ゲラ(校正紙)にします。ここで、それまで43字×18行だった文字組みを、現在の文庫の一般的な組みである42字×18行に変更します。たった一字、と思われるかもしれませんが、読みやすさがずいぶんちがうのですよ!

②ゲラを校正して誤字脱字等を修正します。特に、OCRは漢字の読み取りミスなどがどうしてもおこってしまうものなので、(「態度」が「熊度」になってたり)一字一字きっちり確認する必要があります。新訳とはべつの方向で手間がかかるのです。

③旧版にある訳者あとがきはそのままで、あたらしく解説を加えることに決定。アイリッシュの評伝『コーネル・ウールリッチの生涯』(早川書房)を訳されたミステリ翻訳・研究家の門野集先生に原稿依頼をします。今回は『幻の女』などアイリッシュ作品を翻訳された稲葉明雄先生による訳文はそのままなので、作品のあらすじや著者の情報だけでなく、稲葉先生の翻訳やお人柄の魅力についても解説で触れていただければ……とお願いしました。すごく素敵なエピソードが書かれていますので、むかし『暁の死線』は読んだよ、という方にも、この解説はぜひ読んでいただきたいですね。

④訳者あとがきの末尾にある著作リストを修正します。だいたい刊行時のままで古い情報であることが多いので(重版の際に追加・修正したりすることもありますが)、ミステリ辞典やインターネットで調べて最新の情報に更新します。これも地味にたいへんです。海外の図書館で検索したりとか……。

⑤新カバーにするので弊社装幀室に依頼します。いままでの『暁の死線』はイラストだったので、がらっと方向性を変えて目新しくしたいなと思い、写真を使ってもらうことにしました。デザイナーと相談して、モチーフはタイムリミット・サスペンスである本書を象徴する「時計」に決定。いろいろな時計の写真を探してもらいました。また、カバーのソデや背表紙、本の裏のあらすじのデザインも年代によって変遷があるので(じつはそうなんです。ちょっと前から著者紹介文がカバーソデに入りはじめました)、現在のフォーマットにあわせて登場人物表や著者紹介文などを書きおこします。

* * *

だいたいこんな感じでしょうか。新訳にするか新版化するかは作品や翻訳によっても変わりますが、それぞれの本でどのかたちがベストかを一生懸命考えつつ、今後も“財産”をしっかり受け継いでいきたいと思います。また、このような新版化などをきっかけに、若い世代の方にもぜひ、過去に刊行された名作を読んでいただきたいです。

最後にお知らせを。G・K・チェスタトン『詩人と狂人たち』は11月19日に新訳が出ます。そして〈ブラウン神父シリーズ〉も来年1月から隔月で新版を刊行していきます。よろしくお願いします!

(東京創元社S)


(2016年11月7日)




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