海外ミステリ出張室

2016.07.05

翻訳ミステリについて思うところを語ってみた・その 11 割注(わりちゅう)って何?

みなさまこんにちは。暑さでへばり気味の翻訳ミステリ班の編集者 Sでございます。これから夏まっさかりという感じなので、熱中症にはくれぐれも気をつけましょう! 涼しい部屋で読書にいそしむのがいちばんではないでしょうか!?

さて、今回この連載で取り上げるのは、翻訳ミステリに特有ってわけじゃないけどけっこうよく目にするもの、割注(わりちゅう)です。

そもそも割注とはなんぞや? というお話から。割注とは、本文の1行のうちに、カッコでくくって、小さくした文字を2行にして入れる注釈のことです。翻訳者さんが入れる場合と、編集者が入れる場合があります。

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さてこれは何の本の割注でしょうか?


さきほど「翻訳ミステリに(以下略)」と書きましたが、国内作家さんの小説ではあまり目にしないものかなと思います。ただ、まったくないわけでもなくて、弊社で刊行している本だと『折れた竜骨』(米澤穂信著)と『戦場のコックたち』(深緑野分著)に割注があります。

割注にはさまざまな役割がありますので、思いつく限りを箇条書きにしてみますね。

①一般的になじみのない単位(フィート、重さのほうのポンドなど)をメートルやキログラムに直して説明する
②一般的になじみのない地名を説明する
③一般的になじみのない文化や風習などを説明する
④一般的に理解しにくいある分野の専門用語などを説明する
⑤聖書や有名な詩などが引用されている場合、出典や著者が引用した理由などを推測して説明する
⑥原文=翻訳のもとになる文章の言葉の意味を知らないと文章の意図が伝わらない場合、説明する

ざっとこんなところでしょうか。ちなみに先ほどの『折れた竜骨』『戦場のコックたち』に登場した主な割注は①のパターンでした。「ヤード」「マイル」など、たいていの方はすぐには何メートルってわからないですよね? しかし、物語の舞台がメートル法を使っていない外国のため、メートルやセンチメートルといった単位が出てくるのはおかしいし、かといってまったく説明しないと距離感がつかめなくて読者さんが困りそう……そういう場合に割注で説明を入れているのだと思います。割注は他にも上記に挙げたような役割を担っていて、作品を楽しく読むための手助けをしてくれているのです。

しかし一方では、「割注があると読みにくい」とおっしゃる方もいます。たしかに、1行の文章にいきなり細かい字で説明が入ってくるので、違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。あと単純に、字が小さすぎて読めないというご意見も。そういうわけなので、翻訳者さんには「割注をなるべく減らす」「まったく入れたくない」主義の方もいらっしゃいます。

ちなみにわたしのスタンスは、「ないと困るところは入れるけど、多すぎると読みにくくなりそうだからなるべく最低限にしよう」です。割注による説明があることでよりすらすらと物語を読んでもらえるなら入れたほうがいい。でも、なくても大丈夫なようにいろいろな手段で減らしてみよう、という主義です。以下で、いかにして割注を減らそうとしているかの工夫を書いてみます。

例えば、①の単位問題は、最近ではメートル法など日本人になじみがある単位に換算してしまうことが多いです。原文に「20 mile」とあった場合、1マイル=約1.609キロメートルなので、「32キロメートル」としてしまいます。もしくは、きりがいいように「30キロメートル」にしてしまうことも。ただ、やっぱり正確な換算ではないので違和感を感じることもあり、原則ではありません。
ミステリの有名な短編にハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」がありますが、中学生のときわたしはタイトルを見て「九マイルってどれくらいやねん」と思った記憶が。でもこの短編が「14キロは遠すぎる」だったら、やっぱりなんか嫌ですよ!! このタイトルは台詞が由来になっているわけですし。しかし、普通の文章でいちいちマイルを頭のなかで換算して読むのは面倒だし、メートルで表記してあるほうがわかりやすいし、でもなぁ……。正解がないので、単位の表記のしかたはほんとうに難しい問題なんです。

②のほうは本の冒頭(や本文中)に地図をつけて重要な地名を紹介する、という方法があります。また、本文である程度の国や地域を補えば割注をいれなくてもすむことが多いです。原文に「 York」とあった場合に、「イギリス北部のヨークでは~」という文章にする、という感じです。こういうふうにしたほうが、「ヨーク(イギリス北部の都市)では~」みたいに割注になっているより読みやすいのでは、と思います。

③の文化や風習については、物語の展開にかかわってくる重要なものでない限りは、いちいち割注をつけない、という判断をすることもあります。あとは、説明はしないけど本文で少しだけ補足する、という場合もあります。イギリスが舞台の作品によく出てくるGuy Fawkes Nightを「ガイ・フォークスの夜の花火」とするとか。これなら「ガイ・フォークス・ナイト」がなんだかわからなくても、花火をしたりするイベントなのかなと、なんとなくわかるのでは。詳しく知りたい方はぜひご自分で調べてみてください。「イギリス人って謎」ってしみじみすると思いますよ……。

しかし結局のところ、③、④、⑤、⑥に関しては、割注を入れて説明することが多いです。ある知識について知らないと物語のオチがわかりにくかったりすることもあるので、割注をまったくなくすのは難しいと思います。

また、「割注を減らす」方向で考えていくと、「翻訳者さんと相談しつつ、元の原文に補足する」というやり方が重要になってきます。しかしそれをやり過ぎるのもあまり良くないですよね。単語を少し補うならともかく、数行に渡って辞書に載っているような注釈を入れて説明すると、原文にはない文章ですからどうしても違和感が出てしまいます。なので、割注には「翻訳者や編集者が入れた注釈だとはっきりさせつつ、読者の理解の助けとなる」役割があるのだと思います。

割注で説明するか、本文で補足するか、どちらがいいのかは難しい問題ですし、今後も作品ごとに悩み続けると思います。しかし大事なのは、なるべく読みやすく、なるべく物語を深く味わってもらうためにいろいろ工夫していくことなのかなと考えています。

最後におすすめ本のご紹介を。今回のおすすめはドロシー・ L・セイヤーズの不朽の大傑作『ナイン・テイラーズ』です! ピーター・ウィムジイ卿が活躍するシリーズの1作ですが、この作品から読んでもまったく問題ありません。浅羽莢子先生による見事な翻訳で、すばらしくおもしろいですよ!! そして、本をぱらぱらめくってみるとわかると思いますが、割注が多い作品で、かつしっかりと物語を味わうための手助けになっているのです。わたしはこの作品の割注を読んで初めて知ったことが多く勉強になりましたし、文化や風習に興味を持って調べてみようと思ったきっかけにもなりました。ぜひ読んでみてください!


(東京創元社S)


(2016年7月5日)




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