みなさまこんにちは。ラムネとフェレットをこよなく愛する編集者Sです。先月はこの連載をお休みしてしまい申し訳ございませんでした。言い訳はしません。原稿を落としました!!!

ということで、ひと月空いての連載再開になります。なんと10回め! そんなに書いていたんだなぁ。自分でもびっくりです。今回のテーマは「イラストか写真か、それが問題だ。」ということで、本のカバーについて語ってみたいと思います。4月に「今月の本の話題」で「『そして誰もいなくなった』『蠅の王』! ポツナンスキ『古城ゲーム』の文庫カバーメイキング」という記事を書いたところ、一部の方に好評だったので、さらに掘り下げてみようと思った次第です。

さて、本のカバーはその作品の顔。編集者としても常に悩んでしまう大事な要素です。というか、もしかしてご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、「本のカバー(や装幀)をどうするか」を決めるのも編集者の仕事のひとつなのです(余談ですが、一度編集者の仕事の全貌を記事にしてみようとしたのですが、やっていることがあまりに多すぎて挫折しました。今度リベンジしたいです)。

まずは本のカバーのつくり方について、だいたいの流れをご説明していきたいと思います。

①デザイナーさんに依頼する

ある本の翻訳原稿が出来上がったら、本のデザインをしてくださるデザイナーさんにお仕事を依頼します。基本的にデザイナーさんが過去に手がけられた本を拝見して、それぞれの得意分野のジャンルの本をお任せすることが多いです(本格ミステリ、警察小説、コージー・ミステリなど)。ジャンル分けが難しい本などもありますが、わたしの場合そういうときは「あのデザイナーさんならこの本を面白く読んでくれそう」みたいな勘を働かせることが多いです。

②デザイナーさんと相談して、イラストか写真かを決める

デザイナーさんに原稿もしくはゲラとよばれる校正紙を読んでもらい、作品の概要や雰囲気をつかんでいただいたところでカバーの相談をしていきます。まずはイラストか写真かを決めることが多いです。例えばコージー・ミステリだと、やっぱり写真を使うより親しみやすいキャラクターのイラストにしたほうがいいですし、サスペンスなどシャープさや緊迫感を出したいな、というときは写真を使います。

さよなら、シリアルキラー
まれに、デザイナーさんと相談するまえに、特定のイラストレーターさんの絵をカバーに使いたい! と決めている場合もあります。その本の方向性がはっきり決まっていて、それに合った絵を描いてくださるイラストレーターさんが具体的にイメージできているような時ですね。例に挙げると、バリー・ライガの『さよなら、シリアルキラー』は青春ミステリの三部作で、担当編集者があらかじめ人気イラストレーターのスカイエマさんにイラストをお願いするということを決めてから、デザイナーさんに依頼していました。このカバーイラストは、連続殺人犯を父にもつ高校生ジャズの屈折した内面が絵にあらわれていて、本当にすばらしいと思います。

③-①イラストの場合

カバーにイラストを使うことにした場合は、どのイラストレーターさんに絵を描いてもらうのかを決めます。ほんわかした雰囲気なのか、本格ミステリのようなかっちりしたイメージがいいのか、イラストでも全然変わってきます。また、人物画、静物画、風景画のどれを選ぶかも大事ですね。

ヴァイオリン職人の探求と推理
だいたいの方向性が決まったのちは、作品に合ったキャラクターや、作中のモチーフを描くのが得意そうな人を思い浮かべて考えていきます。例えば、ポール・アダムの『ヴァイオリン職人の探求と推理』はヴァイオリン職人が謎解きをするシリーズの1冊目なのですが、この作品の主人公ってむしろヴァイオリンじゃない? というくらい、楽器に対するおもしろ蘊蓄が満載の本です。なので、この本に関しては「ヴァイオリンを魅力的に描けそうな人はいますか?」とデザイナーの鈴木久美さんに相談しました。そこで鈴木さんが候補に挙げてくださったのがイラストレーターの伊藤彰剛さんで、もうこちらの期待以上のすばらしいヴァイオリンを描いてくださいました! 作品の雰囲気にぴったり合った格調高いイラストでとても気に入っています。

③-②写真の場合

白雪姫には死んでもらう
カバーに写真を使うことにした場合は、デザイナーさんとご相談しつつ写真を探していきます。同じ写真でも、人物なのか、建物なのか、風景なのか、物なのかでだいぶ雰囲気が変わってくるので、ある程度方向性を決めて探していきます。「ゲッティイメージズ」や「アマナイメージズ」「アフロ」などのストックフォトと呼ばれるサイトを見ることが多いです。ストックフォトというのは写真や映像素材をたくさん集めたサイトで、出版社や広告の制作会社などが予算に応じて目的にあった素材を選んで、使用料を払って使うものです。写真を探しやすいようにキーワードで検索することが出来ます。例えばネレ・ノイハウスの『白雪姫には死んでもらう』のカバー写真は、「ドイツ」「建物」「家」「風見鶏」などのキーワードで検索しているときに見つけたような……。写真は編集者も頑張って探しますが、基本的にはプロであるデザイナーさんが華麗に見つけてくださることが多いです。

③-③原書のイラストや写真を使う場合

10の奇妙な話
原書のカバーイラストがいい感じだった場合は、日本語版でも同じイラストを使用する場合があります。わたしの担当書ですと、ミック・ジャクソンの『10の奇妙な話』。この本のカバーイラストと各短編の扉裏イラストは、クリス・プリーストリー『モンタギューおじさんの怖い話』のイラストで有名なデイヴィッド・ロバーツさんが手がけています。このイラストがすてき……というかイラストも含めて作品の魅力になっていると感じたので、使用料をお支払いして日本でも原書と同じイラストを使うことにしました。
とはいえ、基本的に海外と日本では感覚が違うというか、正直「なんでこの本にこんなイラストがついてるの……」と頭をひねることが多々あります。なので、ほとんどの本は日本オリジナルのカバーにしています。

禁忌
他にも、著者の意向で特定のイラストや写真を使うことが契約に含まれている場合もあります。フェルディナント・フォン・シーラッハ『禁忌』は世界のさまざまな国で翻訳出版されていますが、すべて著者の指定で同じカバー写真を使っています。作品を読んでからカバーを見て、なぜこの写真なのかを考えていただけるとうれしいです。

④デザインする

カバーに使う予定のイラストが描き上がったり、写真が決まったらデザイナーさんにデザインしてもらいます。タイトル、著訳者名、原題などカバーに入れる文字のテキストを編集者が作って送り、それを反映したデザイン案を提出してもらいます。基本的にはまずラフ案を作っていただき、「もうちょっとタイトルを大きくしてください」「この文字の色を変えてくれますか」「この位置に何か飾りを入れてくれませんか」などなど、ご相談しつつ調整していきます。文字の大きさや書体が少しでも違えば、まったく印象が変わって見えます。特に翻訳ものの場合、原題が入ることが多いので、かっこいい書体のアルファベットが入るだけで全体がかなり引き締まります。調整中に編集部の先輩や営業部の意見を聞いて変えてみることもあります。

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デザインが仕上がったら入稿して、刷り上がったカバーの色校正をして……などまだまだやることは多いのですが、だいたいの流れは以上です。

カバーにも力を入れて本を作っていますので、たまに「この本ジャケ買いした」的なご感想を耳にするとたいへんうれしくなります。作品の中身に合ったカバーにしたいと常々考えておりますので、カバーや装幀にも注目して本を選んでいただけるとうれしいです。たまには本屋さんで、内容をまったく知らないで惹かれたカバーの本を買う、というチャレンジをしていただくのもおもしろいのではと思います。

さて、今回のおすすめ本は……ウィリアム・アイリッシュの『暁の死線』です! この作品は『幻の女』と並ぶ、サスペンスの巨匠アイリッシュの代表作です。最初に刊行されたのは1969年ですが、今年、稲葉明雄先生による名翻訳はそのままに読みやすい字組にして新しく解説を付けた新版を刊行しました。さらに新カバーになっています。以前はイラストのカバーだったこの作品が、写真を使ったスタイリッシュなカバーで生まれ変わりました。初めて読まれる方はもちろん、昔読んでおもしろかったわ~という方も、この新カバーをきっかけに読み直していただけますとうれしいです!

(東京創元社S)



(2016年6月6日)




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