海外ミステリ出張室

2016.02.05

【連載】翻訳ミステリについて思うところを語ってみた。その7・東京創元社翻訳ミステリ編集者の一週間[2016年2月]


みなさまこんにちは。今回は「ネタが~ネタが~」とネタを求めてゾンビのようにさまよっていたら、「編集部日記でも書けば?」と親切な妖精さんが言ってくれたので、日記を書くことにしました。素直なのが数少ない長所です。というわけで、わたしの一週間の仕事についてセキララに語ってみたいと思います。


*1月25日(月)

出勤してすぐさま、前日観に行った映画『パディントン』がいかにすばらしかったかをK編集部長(犬好き)に熱く語った。編集部には『くまのパディントン』好きがかなり多く、一番先に映画を観たのでうらやましがられる。

メールチェックや細かい仕事のほかは、ひたすら6月刊行予定のHadesの入稿指定作業を進めた。42字×18行の文庫の組みにした翻訳原稿をプリントアウトして、原稿のチェックをしつつルビ(フリガナ)をつけたり、誤字脱字を修正する。これはオーストラリアが舞台の警察小説なのだが、冒頭でさっそく約20人分の遺体が発見される。作中に出てくる死体の数は今までの担当本の中でもトップかもな! と思ってニヤっとする。

息抜きに先輩編集者K氏(電車と落語とコアラ好き)にも『パディントン』のよさを語ったところ、先輩は「熊といえば吉村昭の『羆嵐』だろう!」と言い放ち、翻訳SF担当者I氏(映画好き)といっしょに『羆嵐』がいかにおもしろいかについて盛り上がった。ひとり話題についていけず、「わたしは! かわいい熊の話がしたいの!」と心の中で叫ぶ。

海外の版権を扱うエージェントさんから、イギリスで約30万部売れたという超おすすめのミステリを紹介された。最近はメール添付で原稿が送られてくることがほとんどである。原稿といっしょに各国での翻訳状況などがわかる資料のデータも添付されていたので、プリントアウトして読み込んだ。ちなみに、こういった際の資料は基本的に英語で書かれていることが多い。

Hadesを無事入稿できたので帰宅する。

*1月26日(火

出勤してメールチェックをしたのち、2月22日開催の〈新刊ラインナップ説明会〉のための原稿を書いた。これは今年東京創元社が刊行する予定の新作について編集者が紹介するイベントで、わたしは翻訳ミステリの担当になった。各書籍の担当編集者からあらすじや著者の情報を送ってもらい、8分程度のスピーチ原稿にまとめる。今年もヴァラエティ豊かな作品ばかりで、個人的にも楽しみ。

今日も相変わらず『パディントン』の話をしていた。「笑えて泣けるいい映画なんですよ!」とおすすめすると、今までまったく興味のなかった(原作も読んだことがない)先述の編集者K氏が予告動画を見て、「これ俺のすごい狭いストライクゾーンにぴったりはまりそう……」ともだえていた。さすがコアラ好き。そして『くまのパディントン』著者マイケル・ボンドは〈パンプルムース氏〉シリーズ(『パンプルムース氏のおすすめ料理』ほか)も書いているよね、というようにどんどん話が脱線していった。

来社された青崎有吾先生からおみやげにいただいた、アップルパイをおやつに食べる。たいへんおいしい。しかし食べたら眠くなってきたので少しは動くことにして、気分転換に本棚の整理を始めた。編集部には自分専用の本棚があるので、買った本や原書、控えのゲラ(校正紙)などを置いておく。すでに刊行した本のゲラを片付けたらだいぶスペースが空いたのでうれしい。

*1月27日(水)

今日はデザイナーの藤田知子さんと、4月刊行予定の本のカバーに関する打ち合わせ。前日に作った資料をたずさえて事務所へ向かう。イギリスのおいしい紅茶を出していただけてうれしかった。
打ち合わせでは、写真を使うのかイラストにするかなど、どういう傾向のカバーにするかを話しあったり、作品のイメージに合うイラストレーターさんを教えてもらったりする。たいていは「編集者がデザイナーさんにお仕事を依頼する→作品を読んでもらう→打ち合わせをしてイラストレーターさんを決定する→編集者がイラストレーターさんに依頼する」という流れが多いが、先にイラストはこの方にお願いしたい、今回は写真を使いたい、などと決めてからデザイナーさんに依頼することもある。

帰社してメールチェックをしていたら、「どさどさどさー!」っという壮大な音が響きわたった。これはアレだ、どこかの誰かの机付近で、雪崩が起きたな……。編集部では本棚や机、床にも、いたるところに本やらゲラが積み上がっているので、たまに雪崩が起きるのだ。自分のところではないのにSF班の新人女子K(ミッフィー好き)が崩れた本を片付け始める。えらい。

3月刊行のウィリアム・アイリッシュ『暁の死線』(新版)の解説原稿の校正が終わったので、著者校正のため、執筆してくださった門野集さんにお送りする。
門野さんによる解説は、作品そのものの魅力だけでなく『暁の死線』を訳された稲葉明雄先生とのご交流についても書かれていた。とてもすばらしい原稿なので、早く読者のみなさんにお届けしたい。

*1月28日(木)

『パディントン』のさらなる布教につとめるため、青いコートに赤い帽子をかぶって出勤してみた。効果があったかどうかは不明。

今日はスペイン語翻訳者の宮崎真紀先生と、5月刊行予定のミステリDon de Lenguasの打ち合わせ。わざわざ来社していただくのは申し訳ないなぁと思うのだけれど、在宅でお仕事されている翻訳者さんには、たいてい「外に出たいんです!」と言われてしまう。

打ち合わせでは、解説、カバーのイメージをお伝えしたほか、訳者校正のスケジュール確認などを行った。あとは作品について、どこがおもしろいと思ったかをたくさん話すことにしている。そうやって作品の魅力を言葉で説明していると、自分の中でもさらにイメージが固まってくるので、あらすじを書いたり帯のキャッチコピーを考える際に役に立つ気がしている。また、最近おもしろいと思ったスペイン語圏のミステリについてなどもうかがえ、たいへん有意義だった。

製作部部長から2月発売の『罪悪』(F・V・シーラッハ)と『10の奇妙な話』(ミック・ジャクソン)の、カバーの「一部抜き」をもらった。「一部抜き」というのは製品になる本番の印刷物の見本のこと。基本的に眺めるだけなのだが、万が一にもここで誤植などを発見するとめっちゃたいへんなことになる……。それはもう……。でも一部抜きをもらうと、もうすぐ本が完成するなという実感が湧いてきてわくわくする。

会社に戻ってきてひたすら『暁の死線』のゲラを読んでいたら、営業部のMさんから「BLっぽい翻訳ミステリって何か思いつく?」と謎の質問をされた。なんでも、書店員さんと“BLっぽい翻訳ミステリ”のフェアをやってみようではないかと盛り上がったらしい。Mさんと先輩編集者M氏(スイーツ王子)と3人でいろいろ考えてみる。挙がったタイトルは「シャーロック・ホームズ」シリーズ(コナン・ドイル)、『ウィンブルドン』(ラッセル・ブラッドン)、『死者を起こせ』(フレッド・ヴァルガス)などなど。M氏にわたしの担当書である『ヴァイオリン職人の探求と推理』(ポール・アダム)ってどうなの? と聞かれる。そういえばこの本が課題書になった浜松読書会で、そういう読み方をしている方もいると聞いたような気が……。ということでこの本も候補に入れてもらった。開催時期など具体的なことはまだ何も決定していないらしいが、そのうち書店店頭でフェアをやっているかもしれない。

*1月29日(金)

9時45分、わたしは地下鉄霞ヶ関駅のA1出口に立っていた。本日はめずらしく、ほんとーにめずらしく、取材の日だったのである。今後刊行する予定の本で裁判シーンが出てくるので、翻訳者さんといっしょに裁判員裁判を傍聴しておきましょう、ということになったのだ。

というわけで、東京地方裁判所に初めて入った。玄関においてあるファイルで、裁判の時間、法廷番号、罪名、被告人名などを確認できるので、自分が傍聴したい事件を探す。今回のお目当てである裁判員裁判は残念ながら午後に1件だけしかなかったが、その他の刑事裁判も見学しましょうということになり、他に3つの裁判が行われる場所をメモする。まずは「新件」と書かれている初公判を見に行く。ファイルには「詐欺」としか書かれていなかったのでどんな犯罪なのだろうと思っていたら、生活保護費の不正受給だった。

休憩をはさみつつ、その後も覚せい剤取締法違反や窃盗の裁判を傍聴していく。「新件」、「審理」、「判決」など細かく分かれているので、その日のうちにひとつの裁判を最初から最後まで傍聴することはできない。でも少ない手がかりでどういう事件なのかを推測するのはけっこうおもしろかった。中には某大型書店で本10冊を万引きした人の裁判もあり、わたしも知っている本のタイトルが読み上げられていくのはとてもリアルだった。

裁判員裁判は基本的に殺人とか重大な犯罪が対象なので、わたしも今までになく緊張しつつ傍聴した。この日は「判決」だったのだが、裁判長といっしょに入ってきた裁判員のみなさんが思ったよりラフな服装だったのでちょっと驚いた。真っ赤なジャケットとか着てていいんだ……? 

実際の裁判は、フィクションで描かれるよりも簡単な言葉をつかってわかりやすくしているなぁ、と感じた。非常に実りの多い取材になった。夕方に会社に行っていろいろな人に感想を伝えて、メールチェックしたりして帰宅。さすがに疲れた……。

* * *

というわけで翻訳ミステリ編集者の一週間でした。この週はめったにない取材があったり、打ち合わせも多かったので、記事になるかなーと思って書いてみました。普段は会社の机でひたすらメールを書いて、ゲラを読んで、文章を書いています。めっちゃ地味です。何となく編集者の仕事の一端が伝わればいいなと思います。

最後におすすめ本の紹介を。今回は編集者のお仕事についてだったので、「お仕事ものミステリ」を紹介したいと思います。日記にも書いていた『ヴァイオリン職人の探求と推理』もそうですし、最近読んだ中だと、『マジシャンは騙りを破る』(ジョン・ガスパード)がおもしろかったです。マジックって心理操作がキモだと思うので、ミステリとはとても合う題材だと感じました。さくっと読めてとっても楽しい作品なので、ぜひ手に取ってみてください。

(東京創元社S)


(2016年2月5日)




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