海外ミステリ出張室

2015.11.05

【連載】翻訳ミステリについて思うところを書いてみた。その4・世界で最もだいじなリーディングのおはなし


 みなさまこんにちは。翻訳ミステリ班Sでございます。この連載もいつのまにか第4回。今回は「世界で最もだいじなリーディングのおはなし」です。まあ“世界”っていっても翻訳書の世界だけなんですけどね!

さて、そもそもリーディングとはなんぞや? というところからご説明を。リーディングとは、海外の作品を翻訳出版する際、翻訳者さんに原書を読んでもらって、その作品が出版にあたいするかどうかを検討することをいいます。小説だけでなく、ノンフィクションやビジネス書など日本語以外の言語で書かれた本は、このリーディングをおこなったうえで翻訳刊行に至っています。編集者が原書を読んで出版の可否を決めているのだと思われていた方もいるかもしれませんが、それには時間がまったく足りません。また、近年は特に、翻訳対象の作品が編集者の読めない言語で書かれていることも多いので、翻訳者さんの力をお借りしています。

リーディングはおもに以下のような流れで行われます。

①おもしろそうな原書を見つけて手に入れます(または版権を仲介するエージェントさんから紹介してもらう)。
②翻訳者さん(または翻訳者志望の方、リーディング専門の方など)に依頼して、原書を読んでもらいます。最近は紙の本やタイプ原稿ばかりではなく、PDF等のデータをKindleのような端末で読んでいただくことが多いです(またはデータをプリントアウトしたものをお送りします)。
③翻訳者さんにレジュメ(シノプシス)を作っていただきます。書誌情報/著者情報/登場人物表/結末まで含めたあらすじ/作品の評価/類書の有無などを書いてもらうことが多いです。
④編集者がレジュメを読み、出版にあたいするものかどうかを判断します。翻訳者さんにお電話やメールでさらに詳しい話を聞いたり、疑問点を確認することもあります。編集者自身が原書を読むことも。

なお、レジュメを読む際は、以下のような点を重視しています(ミステリの場合)。

①物語展開に破綻がないか。
②ミステリとして謎解きがしっかりされているか。
③その作品に“売り”となる魅力的な設定や謎があるか。
④近年で似たような印象の作品はないか。
⑤自社のカラーに合っているか。

もちろん、レジュメだけではなく、本国での売れ行きや賞を獲っているかどうかなども含めて総合的に判断します。そこで、どれくらいリーディングを行っているか、具体的な数字を調べてみました。

・わたしが入社してから現在までの約6年間でリーディングに出した数→324作品

そしてなんと、このうち出版に至った本は全体の15%くらいなのです。“アタリ”の本に出会えるかどうかはある意味運なのですが、だいたいこのくらいが平均か、もっと少ないかもという感じです。もちろん、編集者やジャンルによって違いますが……。大部分の本が、検討されても刊行にはいきつかないんですね。

翻訳者さんに原書を読んでもらわずに、編集者だけが読んで企画に出すということもあります。が、弊社はあまり多くないです。わたしの場合は必ず自分以外の人に作品を読んでもらってから企画に出します。というのも、必ず“原書を読んだ”という一種の達成感が生まれてしまうんですね。そのため、自分で読むと、どうしてもプラス評価になってしまうんです。これはあんまりよくないなーと思うので、客観的な視点を入れるようにしています。

さて、とはいえ普通の読者さんはレジュメそのものを目にする機会はあまりないのでは。ので、なんと実物を(一部)公開しちゃいます! 誰か書いたのかって? わたしだ!

えー、かれこれ数年前。大学4年生だったわたしは、艱難辛苦のすえやっとこさ東京創元社に内定をもらい、長かった就職活動を終えたのでした。ほんとに長かった。一年半くらいやってた。そして内定が決まって超ハッピー! よっしゃー!! というバラ色の期間のあとに待っていたのが、当時の編集部長から渡された1冊のペーパーバックだったのです……。

なんですかこれ? と当然ながら疑問を覚えましたが、それはなんと入社前の宿題(?)というべきものでした。そのペーパーバックを読んで、リーディングを行いレジュメを書いて提出する、という課題だったんですね。正直、うわーまじかー(大汗)と思わないでもなかったのですが、まあなんとか頑張りまして数回課題をこなし、いくつかのレジュメを書きました。今回、それを無理矢理公開しちゃいます! 抜粋しましたが長いことには変わりないので、読みたくない方はすっとばしてくださいませ。

※念のため、作品が特定できそうな情報はふせております。

●タイトル:○○○○○○○○
(日本語タイトル案:○○○○○)

●著者略歴:19○○生まれのイギリスの作家。デビュー作の『○○』は……
(以下略)

●作品リスト:○○○○○○○○
       ○○○○○○○○
       ○○○○○○○○
      (邦訳あり)
      『○○○○○○○○』

●登場人物
Ephraim Carroll(エフライム・キャロル)フィラデルフィアの病院に勤める内科医。
William Osler(ウィリアム・オスラー)(1849-1919)実在したカナダ出身の医師。キャロルの上司で教授。
Mary Simpson(メアリー・シンプソン)女性医師。キャロルの同僚。
(以下略)

●あらすじ
 1887年のクリスマス、ロンドンで名探偵シャーロック・ホームズが誕生した。この物語が始まるのは、その15ヶ月後のアメリカ、フィラデルフィア。歴史の闇に埋もれていた事件に光が当てられた。
 主人公は内科医のキャロル。彼はフィラデルフィアの病院でカナダ出身の偉大な医学教授、ドクター・オスラーに師事している。彼らは通常の診察とともに病院の死体検案所で身元不明の遺体を解剖し、医学の発展に努めている。
 ある日、彼らはいつも通りさまざまな人々の遺体を解剖していた。そこに20代と思われる美しい女性の遺体が運ばれてくる。彼女は道端で死んでいたのを発見され、腹部に軽い外傷があったが、それ以外は非常に綺麗な体だった。そこで、いつもと異なることが起きる。教授は何故か彼女を解剖しようとせず、彼女の遺体が入った箱の側に佇んでいた。そしてもう一人、キャロルの同僚も遺体に対して過剰な反応を見せる。そしてそのまま、彼女が解剖されることはなかった……。
 その同僚、ジョージ・テュルクは謎めいた男だった。不器用で堅苦しいキャロルと異なり社交的な世慣れた雰囲気をもっており、だが決して他人に本心を見せない。彼と一緒にキャロルは夜の街へと繰り出す。
 翌日、キャロルは教授から思いがけない誘いを受ける。彼はフィラデルフィアを離れ、ボルティモアのジョン・ホプキンズ大学に移ることにしたという。そしてその助手として、キャロルにも一緒に来て欲しいと要請する。とても名誉な誘いに喜ぶキャロルは、顔合わせのため名士であるベネディクト家のパーティーに出席する。
(以下略)

●評価
 あとがきで著者が書いているように、この事件は実在の人物をモデルにしたフィクションである。しかしこのような闇に葬られた事件が本当にあったのではないか? と思えるほどリアリティに富んだ物語になっている。実在の人物とフィクションの人物が自然にとけ込み、こんな事件が本当に起こっていたのではないかと思ってしまうようなリアリティが魅力だと思う。レベッカは結局、医学ひいては科学の発展の犠牲者だ。フィクションなのだから、彼らの功績に見合った華々しい活躍を描いても良かったはずだ。だが彼らが起こした事件は悲惨で、悲しいものだった。エピローグで語られたオスラーやハルステッドの成功の影にはどれほどの犠牲があったのだろうか。それこそが著者がこの物語を通して語りたかったものではないだろうか。詳細な医学的知識を元にして描かれた歴史ミステリとして、「歴史」の部分はとてもすばらしいと思う。
 だが一方で「ミステリ」の部分であるサスペンスはどうだったのかというと、正直スリルや驚きが物足りない気がした。展開もゆっくりしており、どんでん返し的なおもしろさはあまり感じられなかった。一応プロットは工夫されていて、キャロルの一人称のパートと、間に挟み込まれる謎の少女に関する記述のパートがあったのは良かった。特に後者は1889年3月14日から1889年3月7日へとさかのぼっていく構成になっており、何が彼女に起こったのか? 彼女は誰なのか? という謎を呼び起こしている。だがそれも途中で失踪したレベッカのことだろうと予想がついてしまうので、驚きへは繋がらなかった。そこが物足りないと言えば物足りない。
(以下略)

●類書と対象読者
 類書としては、歴史ミステリのサラ・ウォーターズ作品を思い浮かべた。『半身』『荊の城』などはヴィクトリア時代のイギリスを舞台にしており、この作品よりはミステリ色が強いと思うが、読んでいて違和感がない場面描写であるという点で共通していると思う。
 対象読者は歴史ミステリファン、知的好奇心があり、歴史の謎に興味を持っている人物。
(あらすじとコメント、類書と対象読者で5600字)


長くてすみません。いま読み返すとお恥ずかしいことこの上ない! なんとこのレジュメ、あらすじを省略していますが、最後に犯人が誰か書いてありませんでしたからね。いちばん大事なところが……。あらすじは犯人までしっかり書く! 評価の際はためらわずに思ったことを率直に述べる! この2点が大切だと思います。課題をやったことで、リーディングのコツがちょっとだけわかり、のちのちものすごく役に立ちました。

このようにして、編集者は翻訳者さんと一緒に、出版にあたいする原書を探り当てるべく邁進しております。30冊以上検討してやっと1冊「出版したい!」という本が見つかる、なんていうツラーイ時期も。しかし諦めず今後もしっかり続けていきたいと思います。

最後に今回のおすすめ本を。翻訳書の編集者として一番うれしい企画って、「書評などを読んでおもしろそうと思った原書をリーディングしてもらって、それが見事に“アタリ”だったとき」なんですね。今回ご紹介するのは、先輩編集者Kがまさにそのような経緯で見つけた作品で、おまけにしっかり売れて『IN★POCKET』2014年文庫翻訳ミステリーベスト10の読者部門で第1位にも輝いた、『もう年はとれない』(ダニエル・フリードマン著/野口百合子訳)です!

記事が長くなってしまったのであらすじは省略いたしますが、続編の『もう過去はいらない』とあわせてぜひ手にとっていただけますとうれしいです。バック・シャッツかっこいいですよ!

(東京創元社S)


(2015年11月5日)




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