みなさまこんにちは。翻訳ミステリ班の編集者Sでございます。翻訳ミステリのあれこれについてゆるっと語る連載、今回は「翻訳ミステリのタイトルってどうやって決まるの?」という質問に全力で答えてみました!

*パターン1 原題を直訳する

 さて、翻訳ミステリであるからには、本国でつけられたタイトル(原題)があります。それぞれの作品の著者が悩んでつけた(たぶん)タイトルであるので、なるべくなら原題を尊重して、直訳した邦題をつけたいところです。今までの担当書で“原題を直訳した主な作品を挙げてみると……。

・The Water Clock→『水時計』(ジム・ケリー著/玉木亨訳)
・Breaker→『破壊者』(ミネット・ウォルターズ著/成川裕子訳)
・Defend and Betray→『護りと裏切り』(アン・ペリー著/吉澤康子訳)
・Tife Wunden→『深い疵(きず)』(ネレ・ノイハウス著/酒寄進一訳)
・The Devil's Feather→『悪魔の羽根』(ミネット・ウォルターズ著/成川裕子訳)

 ほんの一部ですが、①小説のタイトルとしてかっこいい、②ミステリのタイトルっぽい、と感じた場合は、原題を直訳することが多いです。あ、あとは③作品の内容上、絶対にこのタイトルでないといけない、というのもまれにあります。さらに、④“原題の直訳(もしくは原題にそった訳)でないといけない”と著者(もしくは版権の権利者)との契約で定められている、といった場合もあります。

 しかーし! 実際は原題の直訳ですまないことがものすっごく多いです。それはなぜか? 例えば、ミネット・ウォルターズの『遮断地区』。この作品の原題はAcid Rowです。これは作品の舞台であるバシンデール団地の通称であり、“Acid”は麻薬の“LSD”、“Row”は“通り”を意味しています。つまり直訳すると“LSD通り”となるわけで、なんのこっちゃい、というわけです。かといって、カタカナの「アシッド・ロウ」だと、著者の今までの作品『氷の家』『女彫刻家』『病める狐』などとあまりにも違っているし、英語での意味も伝わりにくいですよね。このように、単純に訳しただけでは読者の皆さんに作品の良さがわかってもらえなさそう、ミステリっぽさもあまり感じられなさそう、ということがあります。

 さーて、そういうときにどうするか? いろいろなパターンがあります。

*パターン2 編集者が考える

 たいていの方は、原題の直訳ではない邦題は翻訳者さんが考える、と思われているのではないでしょうか。でも実際は、だいたい編集者が考えています。基本的には、原題を手がかりに単語を組み合わせていくやり方が多いです。先ほどの『遮断地区』ですと、確か以下のような思考回路だったような覚えが……

・Acid Row→直訳は無理だな→“LSD”は日本語にしにくいから外して考えよう→“通り”は使えるかもしれない→通り、街、地域、区域とか使えないかな→あ、『第九地区』あるじゃん、パク……参考にしよう→なんか組み合わせられる単語はあるかな→舞台がシャットダウンされてるから、阻害、妨害、遮断とか……→遮断かっこいいな!→『遮断地区』で決定

*パターン3 翻訳者さんが考える

 編集者も考えますが、もちろん翻訳者さんがすてきなアイデアを出してくださる場合も。担当書ですと、So Cold the Riverの『冷たい川が呼ぶ』(マイクル・コリータ)は、訳された青木悦子さんからのご提案で決定になりました。ミステリアスでかっこいい! と思ったので即決でした。

 上記の2パターンが多いです。しかし、編集者と翻訳者さんだけではどうにもならない大ピンチのとき、なな、なんと、すばらしい存在が現れるのだ!

*パターン4 タイトルの妖精さんが考えてくれる

 タイトルを考えて考えつくして、それでもどうにもならなかったとき……編集部で「タスケテ~!」と叫ぶと、なんと“タイトルの妖精さん”(雄)が現れるのです! 「オホホホホ、ワタシハ、たいとるノヨウセイ!!」と言いながら、あるんだかないんだかわからない羽根をぱたぱたしながらやってきてくれます。

 ……というのは冗談のような本当の話なんですが、まあ要するにタイトルを考えるのが得意な編集者っているのですよ。そしてあらすじや登場する物、売りにしたい要素などを伝えると、候補を挙げてもらえることがあるのです。例えば、『逆さの骨』(ジム・ケリー著/玉木亨訳)がまさにそれ。原題のThe Moon Tunnelが直訳すると「月のトンネル」で、なんとなくファンタジーっぽいと感じたので、直訳せずに別の方向性を考えることにしました。ちなみに、ひとつのタイトルを決めるのに、50近く案を出すこともあります。

・わたしの考えたタイトル案:月の地下道、月照の骨、脱獄者の謎、月下の死、月下の罪、月影の道、月夜の道、満月の罪

 原題に入っている“月”や、事件に関わる単語を入れていたのですが、綺麗なイメージにはなるんですが、どうもしっくりこない。うんうん唸っていたときに現れた“タイトルの妖精さん”が、「かつて捕虜収容所だった遺跡発掘現場で、頭蓋骨を撃ち抜かれた男の白骨死体が発見される。その男が、脱出用と思われるトンネルを、出口ではなく収容所に向かって這い進んでいたのはなぜなのか?」という作品の魅力的な謎をもとに、『逆さの骨』というステキなタイトルを考えてくれたのでした。わーい。“骨”とつくとなんだかミステリっぽい気がしますし(まあ、“骨”のつく翻訳ミステリ多いですからね!)、何より“逆さ”になっていた死体の謎、というミステリとしての魅力がダイレクトに伝わってくるのがすごくいい! と思いまして決定題になりました。

 このように、悩んだときは人を頼ります。あらすじ、おもな作中の要素、自分で考えたいくつかの案と一緒に「とにかくなんでもいいのでご意見お願いします!!」という一文を書いて、編集部で回覧します。そこでもらったアイディアをもとに、さらに案を出していきます。上司、先輩、後輩、いろいろな人のおかげで決まったタイトルがたくさんあります。

 我が社の場合、邦題の最終決定権は担当編集者が持つことが多いのですが、日本の読者に届きやすい最適なものを考える、というのが基本だと思っています。確かに、原題を尊重することはとても大切なんですが、それ以上に、より多くの方に魅力的だと感じてもらう、本を手に取ってもらうきっかけをつくる、そういう意識で日々取り組んでおります。

 ふう、そして今回のおすすめ本は、わたしが考えたタイトルのなかでもインパクト大のこちら、『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』(アンドリュー・カウフマン著/田内志文訳)です!

ある日、カナダの銀行に強盗がやってきて、人々から“もっとも思い入れのあるもの”を奪っていった。「私は、あなたがたの魂の51%を手に、ここを立ち去ってゆきます。そのせいであなたがたの人生には、一風おかしな、不可思議なできごとが起こることになるでしょう」その言葉どおり、被害者たちに奇妙なことが起こりはじめる。身長が日に日に縮んでしまったり、心臓が爆弾になってしまったり。母親が九十八人に分裂した男性もいれば、夫が雪だるまに変身した女性も……。なぜこんなことが起きるのか? 奇才が描く不思議な比喩の世界!

 ミステリかって言われるとミステリじゃないんですが(笑)、タイトルを褒められることが多い作品なので。この本の原題はなんとThe Tiny Wife。直訳すると「小さな妻」です。これがなんで『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』になったかというと、企画書を出したときに誰かにぼそっと言われた「なんかこれ、ヘンテコな作品だから、タイトルも変なほうがよさそうだよね。めちゃくちゃ長いとか」というひと言をもとに考えたからです。そして原稿を印刷所に入稿した際に、仮タイトルを「銀行強盗のせいで妻が縮んでしまった事件について」としてみました。

 しかし決定題を決める際に、「~について」がつくとなんとなくライトノベルっぽい、と言われまして、もうちょっと短くしてみることにしました。そこで考えたのが、「銀行強盗に遭った僕の妻が縮んでしまった事件」。ここにいきつくまでにもいろいろあったのですが、なんとか決定題としてカバーデザインを手がけてくださっていた森田恭行さん(キガミッツ)にお知らせしたところ、「僭越ですが、仮タイトルのほうがどうしてもおもしろく感じられるのですが……」というご意見をいただきました。さらにご相談していくうちに、「遭った」を含め、漢字が多いのでどうしても固い印象を持ってしまう、などいろいろ気づくことがありました。そこで最終的に、「遭う」という漢字をひらがなにしたり、もっとシンプルにすることにして、『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』に落ち着いたのでした。いやあ、長い道のりでした。

 しかしこのタイトルは思った以上に好評で、森田さんのシンプル・カッコイイ装幀とあいまって、たくさんの方に注目していただけた本となりました。また、できあがったカバーデザインのラフを著者のカウフマンさんに送ったところたいへん喜んでくれまして、その後本ができたあとに、なぜかこの邦題を御自身のTwitterでツイートしてくださるという驚きの事件も起こりました。さまざまな意味で思い出深い作品ですので、どうぞお手にとっていただけますとうれしいです。

(東京創元社S)



(2015年10月5日)




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