海外ミステリ出張室

2015.09.07

【連載】翻訳ミステリについて思うところを書いてみた。その2・翻訳ミステリが長いのには理由があってだな


 みなさまこんにちは。東京創元社翻訳ミステリ班の編集者Sでございます。

 翻訳ミステリに関してまったりと語る本連載、第2回のお題は「翻訳ミステリって長いから読むのが大変そう」問題に関してです。これも、前回の「登場人物が覚えられない」につづいて、翻訳ミステリのよくあるイメージなのではないでしょうか。

 たしかに。たしかに、翻訳ミステリは長い作品が多いです。上下巻はよくありますし、300ページ台の本だと「薄い」という感じです。単なる印象ですが、文庫だと最近は400ページか500ページ台が多いかな~と思います。もちろん短い作品もあるんですけどね。

 これにはいろいろ理由があるのですが、まずはなんといっても、「翻訳すると長くなる」ですね。英語から日本語に訳すとだいたい原書の1.5倍になります。フランス語、スペイン語や、スウェーデン語、フィンランド語などの北欧諸国の言語も翻訳すると文章の量が増えます。訳して原書より短くなることがあるミラクルな言語は、いまのところドイツ語しか知りません。ためしに、わたしが昨年から今年にかけて担当した主なミステリで検証してみますかね。原書によって1ページの行数は違いますし、日本語版も解説や訳者あとがき、広告も含めてのページ数ですので、かなりざっくりした比較です。


『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』ポール・アダム著/青木悦子訳→原書320ページ、日本語版408ページ *英語。約1.3倍

『禁忌』フェルディナント・フォン・シーラッハ著/酒寄進一訳→原書256ページ、日本語版238ページ *ドイツ語。原書より短い! ミラクル!

『漆黒の森』ペトラ・ブッシュ著/酒寄進一訳→原書448ページ、日本語版472ページ *ドイツ語。約1.1倍

『探偵は壊れた街で』サラ・グラン著/高山祥子訳→原書288ページ、日本語版412ページ *英語。約1.4倍

『悪魔の羽根』ミネット・ウォルターズ著/成川裕子 訳→原書368ページ、日本語版 558ページ *英語。約1.5倍。(追記:イギリス版原書は478ページ、日本語版はイ ギリス版より翻訳しています。イギリス版のページ数だと1.16倍)

『7は秘密――ニューヨーク最初の警官』リンジー・フェイ著/野口百合子訳→原書496ページ、日本語版602ページ *英語。約1.2倍。だいたい600ページくらいの厚さになってくると、上下巻にするか悩みます

*おまけの担当外の書籍より
『彼の個人的な運命』フレッド・ヴァルガス著/藤田真利子訳→原書288ページ、日本語版330ページ *フランス語。約1.1倍

『模倣犯――犯罪心理捜査官セバスチャン(上・下)』M・ヨート/H・ローセンフェルト著/ヘレンハルメ美穂訳→原書494ページ、日本語版上巻424ページ+下巻430ページ=854ページ *スウェーデン語。約1.7倍


 なんということでしょう。558ページある分厚い『悪魔の羽根』だって、原書はたったの300ページ台なんですよ!! 300ページ台なら日本作家さんの本とかわらない分量じゃないですか! ……というのは言い過ぎかと思いますが(だって英語の本って行数がすっごく多くてみっちりしてるし)、「翻訳すると長くなる」というのはなんとなくご理解いただけたかなと思います。著者の許可をとって抄訳とかしない限り、どうしても長くなっちゃうんですね。会話が多い作品ですと改行が多くなるのでよけいです。だから、例えばコージー・ミステリなんかは、ページ数が多くても会話が主体なので案外さくっと読めちゃいますよ。

 さらに海外の本が長い理由、もうひとつ。それは海外の本読みは、「本が分厚いと得した気分になる」そうなのだ!

 海外の本を扱う著作権エージェントの方に聞いてびっくりしたんですが、海外では、短い本より、長い本のほうが人気なんだそうです。本としての質量が大事みたいなんですね。「ページが多くて分厚いほうがお得」という感覚があるとのこと。

 実際、中身の文字量が少なかった場合に1ページ内の行数を減らしてかさ増ししたり、わざと本文や表紙に厚い紙を使って本の厚みを維持する、といったことが普通に行われるそうです。なんでやねん。本として薄いほうが持ち運び楽じゃん! と思いますよね? しかし、彼らは基本的に我々のように通勤中に読むより、家やヴァカンス先でじっくりゆっくり読むらしいのですよ。持ち運ぶのに楽か否かというのをあんまり考えてなさそうな気がします。特に北欧とかドイツの人なんてね、ひと月とか夏休み取ったりしてね、イタリアあたりで日光に当たりながらひたすら読書してるんですよ! なんだそれうらやましい! だからなかなかページの減らない厚い本が重宝されるようなんです。

 ちなみに、海外の本のハードカバーというのは分厚いうえに大きいです。今ちょうど手元にあるハードカバーの原書を測ったら、タテ24cm、ヨコ16cmありました。重さは600グラム。でっかいし重い。これ、ほんとに持ち運びのこと考えてないですよね。そして近年では電子書籍の普及もあって、ますます「作品を短くする」という方向には頭が働かないようです。どれだけ長くても端末の中におさまってしまいますから。

 あと、シリーズ作品の場合、何冊かまとめて合本版にして再刊行する場合もあります。ヴィクトリア朝のイギリスが舞台のコージー・ミステリ『家政婦は名探偵』(エミリー・ブライトウェル著/田辺千幸訳)は286ページで、原書も196ページ。このシリーズは現在34作(!)まで続いていて、シリーズを3作ずつまとめた合本版が現在4冊も刊行されているそうです。ここからも、「分厚いとお得」感が見えると思います。あと、ファンタジーは三部作になることがよくあるのですが、もちろん三作まとまった合本版はたくさん出ています。

 この他にもいろいろ理由はあると思うのですが、とりあえず結論として、翻訳ミステリを読むにはある程度「ページが多いのは当たり前」という心構えが必要なのであります……。企画する編集者側としても、「この作品、絶対おもしろいから日本語版刊行したい! ……長いけど」ってなりますもん。正直、長い作品よりは短い作品のほうが企画に出したいですが(だって編集作業楽だし値段安くなるし)、それでも「短くてそこそこおもしろい本」と「長いけどめっちゃおもしろい本」だったら後者を選びますよ!

 しかしですね。この連載の目的は、「翻訳ミステリに興味があるんだけどなんか読みにくそうだしそもそも何を読めばいいのかわからん」という方への本のご紹介もかねています。さすがに翻訳ミステリをあんまり読んだことがない人に、「これが普通ですのよ!」といって400ページある小説をおすすめするのはちょっとためらわれるものがあります。

 そこで、最近刊行された短くて究極的におもしろい作品を……と小社HPを見ていましたら思いつきました! ということで今回のおすすめ本は、パトリック・クェンティン著/白須清美訳『女郎蜘蛛』だ!

演劇プロデューサーのピーター・ダルースは、妻アイリスが母親の静養に付き添ってジャマイカへ発った留守中、作家志望の娘ナニーと知り合った。ナニーのつましい生活に同情したピーターは、自分のアパートメントは日中誰もいないからそこで執筆すればいいと言って鍵を貸す。数週経ち空港へアイリスを迎えに行って帰宅すると、あろうことか寝室にナニーの遺体が! 身に覚えのない浮気者の烙印を押され肩身の狭い思いをするピーターは、その後判明した事実に追い討ちをかけられ、汚名をそそぐべくナニーの身辺を調べはじめるが……。サスペンスと謎解きの妙にうなる掛け値なしの傑作。

 こちら282ページと短いうえに、謎解きがとってもしっかりしていて読みごたえ抜群です! おまけに翻訳もたいへん読みやすくて、特に前半の、主人公ピーター・ダルースと作家志望の娘ナニーのやりとりがすごい! 既婚者(しかも奥さん女優)のダルースがかわいい女の子にめろめろしている描写がとてつもなく上手いです。ほめるとこそこかよ! と思うかもしれませんが、まあ最後まで読んでみてくださいよ(ニヤリ)。間違いなくおもしろいですから!

 「翻訳ミステリって長いから読むのが大変そう」という方は、ぜひこのような短い作品から挑戦してみてください。そのうち読むこと自体に慣れてくると、たとえ600ページある分厚い本だって「おもしろそうじゃん」と思ったら果敢に挑戦してしまう、そういう翻訳小説読みになっていることでしょう。長くたってかまわない、むしろ好きだ! という翻訳小説好きさんもたくさんいらっしゃいます。翻訳ミステリ沼にどっぷり浸かるのは楽しいですよ……ふふふ。

(東京創元社S)


(2015年9月7日)




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