海外ミステリ出張室

2015.08.04

【突発企画】翻訳ミステリについて思うところを書いてみた。その1・これ絶対覚えられないだろ! という登場人物名の覚え方


 みなさまこんにちは。東京創元社翻訳ミステリ班の編集者Sでございます。

 翻訳ミステリの編集を専門にしていると、さまざまなご意見を耳にします。それに関していろいろ思うところがありまして、何か書いてみたいなーと思い立ちました。また、「翻訳ミステリに興味があるんだけどなんか読みにくそうだしそもそも何を読めばいいのかわからん」というご意見も聞いたので、毎回1冊おすすめの本を紹介したいとも考えております。

 さて、翻訳ミステリに関して一番よく言われること、それは「登場人物の名前が覚えにくい」。まあ、登場人物のほとんどが日本人以外なので、基本的にカタカナ名前になります。ジョージとかヘンリーとかならまだいいと思うのですが、最近は北欧諸国やドイツなど、なじみの薄い名前が増えてきています。「ゴルトベルク」とか「エーレンデュル」とか、長いし覚えられるか! って感じですよね。翻訳ミステリを毎日毎日読んでいる編集者でさえそうです。ちなみに「ゴルトベルク」はネレ・ノイハウス著/酒寄進一訳『深い疵』、「エーレンデュル」はアーナルデュル・インドリダソン著/柳沢由実子訳『湿地』ほかの登場人物です。

 この「登場人物の名前が覚えにくい」問題についてわたしがやっている工夫(?)は、「名前は最初から全部覚えない」です。翻訳ミステリにはたいていはじめに登場人物表がついています。創元推理文庫ですと、だいたいの本にはカバーにも主要な登場人物表が載っています。でもこの表にある全員の名前を完璧に覚えてから読み始める必要はないです。お話を読んでいて「あれ、これ誰だっけ?」と思ったら、そのたびにページをめくって表を見返しているのですが、そうしているうちになんとなく頭に入ってきます。この表に載っていなかったら、ほとんど覚える必要のない、その場かぎりのいわゆるモブ・キャラクターなのだなと判断して、安心して読み進めます。まあ、わずらわしい面もありますがこれが一番確実ではないかなと思います。

 あとは、「ゴルトベルク」が出てきたらこの名前すべてを覚えるのではなく、「『ゴ』の人」、「エーレンデュル」なら「『エ』の人」というように、頭の文字だけなんとなく覚えて読む、というのもよくやっています。

 さらに、もっと登場人物に親近感を持ちたいなと思ったときは「あだ名をつける」という方法をとっているのですが、これも案外効果があります。例えば「グァスタフェステ→グァスさん」(ポール・アダム著/青木悦子訳『ヴァイオリン職人の探求と推理』より。イタリア人の刑事です)、「ケルヴェレール→ケロさん」(フレッド・ヴァルガス著/藤田真利子訳『彼の個人的な運命』ほかに出てくる、元内務省調査員。常にペットのカエルを連れ歩く謎な人物です)とか。たいてい縮めて覚えることが多いのですが、何かしらの愛称をつけながら読むと記憶に残りやすい気がします。ちなみに著者にもあだなをつけることがあります。北欧ミステリの巨人、アイスランドの「アーナルデュル・インドリダソン」氏が創元の著者に加わったときは、あまりの覚えにくさにみんなどんよりしました(たしか)。わたしは彼を「ドリドリ氏」と呼んでいますが、たまにご本名が出てこないときがあります(ごめんなさい)。

 そんでもって最終手段(?)がこれだ!「登場人物のすくない作品を読む!」先ほども書きましたが、たいていの翻訳ミステリには登場人物表がついています。本屋さんで気になった本をいくつか手にとって、選ぶ際に「10人以下ならいける……!」「7人か……ふっ、楽勝だぜ」「20人!? こいつぁ強敵やな」とか考えればいいのではないかと。

 というわけで、よく言われる「登場人物の名前が覚えにくい」問題について思うところを書いてみました。上記をふまえて、今回のおすすめの1冊はフレッド・カサック著/平岡敦訳『殺人交叉点』です!

10年前に起きた二重殺人は、単純な事件だったと誰もが信じていました。殺人犯となったボブを熱愛していたルユール夫人でさえ、何も疑わなかったのです。しかし、真犯人は、私なのです。時効寸前に明らかになる驚愕の真相。1972年の本改稿版でフランス・ミステリ批評家賞を受賞した表題作に、ブラックで奇妙な味わいの「連鎖反応」を併録。

 これは中編ふたつが収録されており、表題作の「殺人交叉点」の登場人物表に載っているのは8人です。ボブとかシュザンヌとかジャックとか、比較的覚えやすい名前が多いのでおすすめです。あとパリ警視庁の警部さんの名前がかわいいんですよ。ソメ警部。こんな感じで、とりあえず表題作だけでも読んでみてください。193ページと分量も少ないですし、ラストで明らかになる驚愕の真相にはぜったいに驚かれるはずです! そして気がつけばもう一作の「連鎖反応」もおもしろく読み終えていることでしょう。

 今回は夜中のテンションで「もっと翻訳ミステリを広めるんだ!」と思いついて突発的に書いてみたのですが、今後もときどき〈Webミステリーズ!〉にこのような翻訳ミステリに関するお話と、本のおすすめ記事を書こうと考えております。なにか「こういうテイストの本を紹介してほしい」「フェレットが出てくるミステリはないのか」などなど、ご意見ご要望がある方はわたくしのTwitter(アカウント:@little_hs)までメッセージをお送りいただけますと泣いて喜びます。おとなの事情ですみやかにご返信できるかはわかりませんが、参考にさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

(東京創元社S)


(2015年8月5日)




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