2017年5月に刊行される『開化鐵道探偵』は、明治12年、鉄道トンネル工事で続発する妨害事件の謎を描く長編ミステリです。著者の山本巧次氏に、執筆秘話をメールにてお伺いしました。

――まず、本書のテーマを、どのようにして決めましたか?

 鉄道ミステリに関しては、いつかはやりたい、と思っていたのですが、たまたま御社編集部から鉄道モノのお話をいただき、これはチャンスと挑戦いたしました。とはいえ、鉄道ミステリに関しては様々な先人の素晴らしい作品が数多く出ています。何かあまり先例のないもの、と考えたところ、明治の鉄道を扱ったものはさすがに少なかったので、それならばいっそ鉄道黎明期の話を、と思い至った次第です。

――明治12年という、日本の鉄道黎明期を舞台にしていますが、書く上で意識し、心がけたことはありますか?

 現代の鉄道は高度にシステム化されていますが、明治初期の鉄道は人間があらゆる部分に直に関わる、いわば生身の代物です。ならば、そこにいろんなドラマが入れられるのではないかと。また、この時期には、国の発展のため鉄道を普及させ、何とか欧米の水準に近づこうとしていた情熱あふれる先人たちがいたことがわかっています。そんな部分も描けたら、と思いました。ただ、この時代についてはやはり資料が少ないので、結構往生する羽目になりましたが。

――探偵役は元八丁堀同心で切れ者の草壁、ワトスン役は鉄道局技手見習で生真面目な小野寺。主役コンビは、どのようにして誕生したのでしょうか?

 癖のある探偵に振り回される真面目人間の助手、という組み合わせは、ある種王道的ですが、何せ私立探偵などという職業のない時代です。一方、この頃の警察の捜査官の実態というのははっきりわからず、現代の刑事のイメージの捜査官がいたのかどうかも判然としません。ならいっそ、江戸時代の八丁堀から人材を引っこ抜けばどうか、と思いまして、ご一新で職にあぶれた元同心を探偵にしました。でも彼は鉄道のことなんかわかりませんから、鉄道の人間を助手に据えるのは必然になりました。

――登場人物のうち、長州五傑の一人でもある鉄道局長・井上勝と、関西の大物実業家である藤田伝三郎が実在の人物です。彼らが登場した経緯は?

 まだ鉄道の組織規模も小さい頃ですから、井上勝は局長として、実際にあらゆる方面に目を配っていたようです。となれば、人一倍鉄道にかける情熱の濃い井上のことですから、このような事件が起これば間違いなく先頭に立って首を突っ込んでくるだろう、と思いました。依頼人であるとともに探偵をバックアップする役割です。藤田伝三郎は実際に関西での鉄道建設を請け負っており、一睨みで工夫を仕切れる大親分、という格好で登場してもらいました。藤田組(作中では藤田商店)の存在は、非常に大きかったんです。

――本書では、長州弁をはじめ、関西弁、京都弁、薩摩弁とあらゆる方言が交わされるのも特徴です。色々な地方出身者が登場した理由は?

 関西での工事ですから、現場に集められた作業員はすべて地元の関西弁にしました。その中にちょっと花を添える形で、京都弁の女性を入れています。鉄道局職員は、他と区別するためあえて標準語にしました。井上局長はご承知の通り長州人ですから、長州弁ですね。長州に対抗する薩摩も入れたいなと思い、大津の警察に強引に薩摩人の警部を割り込ませました。国家プロジェクトですから、いろんな方言があった方がリアリティが出るかな、と思いました。正しい方言については、校正スタッフの方にだいぶ助けていただきました。

――お気に入りのキャラクターはいらっしゃいますか?

 主役二人を除けば、生野銀山の植木とお雇い機関士のカートライトです。鉄道の現場には、昔からこういう味のある職人肌の人たちが多いんです。

――本書は明治時代を、デビュー作の『八丁堀のおゆう』シリーズは主に江戸時代を舞台にした時代ミステリです。現代ミステリとの、書く上での違いはありますか?

 情景描写と、言葉の選び方でしょうか。現代の情景なら誰でもわかりますが、江戸や明治となると直接見た人はいませんから、まず自分の頭の中に情景を作り上げ、それを読者が読んでわかるように描写していく必要があります。ある意味二度手間です。その時代にないものを登場させるわけにはいきませんし、それは言葉でも同様です。『八丁堀のおゆう』で、江戸っぽいから都々逸を出そうと思ったんですが、調べたら都々逸が流行りだしたのはおゆうの時代から二十年くらい後で、危ないところでした。時代考証って大変だ、とつくづく思います。

――時代ミステリでの謎解きにおいて、工夫する点はありますか?

 科学捜査で集める証拠は、当然、一切使えません。『八丁堀のおゆう』ではそれを逆手に取ったわけですが、物理的なトリックも手法が限られてしまうので、やはりロジック主体で解いていくよう心がけています。

――書いていて楽しかったシーンはありますか?

 もともと鉄道好きですから、列車が出てくるシーンは書いていてわくわくします。この時代の列車は、今ほど精密な信号システムに縛られていませんから、西部劇に出てくる列車ほど荒っぽくはなくても、現代の目から見るとだいぶ自由な走り方ができます。

――反対に、書くのが大変だったシーンはありますか?

 トンネル工事の描写です。現代のトンネル工事については、いくらでも資料を集められますが、19世紀後半の工事の進め方となると、細部はある程度想像に頼らざるを得ませんでした。フィクションだと割り切って、当時はまだ導入されていなかったはずのトロッコを登場させたりもしています。

――その他、印象的だったシーンはありますか?

 登場人物たちが、物語の各所でそれぞれに鉄道に関する思いを披歴するところです。鉄道員の情熱だけでなく、部外者の思いも想像して書いてみたのです。

――あとがきで鉄道に対する熱い愛を語っていますが、ずばり、鉄道の魅力とは何でしょうか?

 これは、一言で言うのが難しいですね(汗)。でも、幼いころに誰しも電車が好きだった時期があったのではありませんか? 原初で純粋に人を惹きつける何かを、鉄道は常に持っていると思います。また、今の鉄道は移動手段というだけでなく、車両のデザインや設備など、利用者の皆様を楽しませる工夫を随所に凝らしています。ちょっと目を動かして、そういうところに気付いていただければ、魅力もいや増すのではないでしょうか。

――お好きな鉄道ミステリについてお聞かせください。

 これは、下手に語っちゃいますと数十ページを費やしそうです……(また汗)。鉄道ミステリは世界にありますが、ダイヤが正確な日本では時刻表トリック系、コンパートメント式客車の多い欧州では密室トリック系、西部劇の伝統あるアメリカでは列車ジャックなどの襲撃アクション系が多いようです。それぞれの代表として、鮎川哲也『黒いトランク』、アガサ・クリスティ『オリエント急行の殺人』、ジョン・ゴーディ『サブウェイ・パニック』を挙げさせていただきます。

――それ以外の、お好きなミステリについてもお聞かせください。

 一番好きなのは、ジェフリー・ディーヴァーです。これでもかというくらい、どんでん返しを畳み掛けてくるあの手法は、すごいと思います。他に、バラバラの事件が最後に収束していくフロスト警部シリーズも好きです。あのキャラもなかなかですし。

――今後の展望をお聞かせください。

 今は駆け出し修行中の身で、長編もまだ4作目なのですが、鉄道ものはこれからも書いていきたいですし、時代にはこだわらず、できるだけ肩の凝らない読みやすいミステリを楽しんでいただけますよう、心がけていきたいと思っております。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 今回はあまり馴染みのない時代を舞台にさせていただきましたが、鉄道にはそれぞれの時代にそれぞれの魅力があります。戦前の黄金時代や戦後の鉄道華やかなりし頃のことも、いつかお届けできればと思います。さらに、厚かましい話ではありますが、鉄道で旅をしながら本作をお読みいただければ、作者としましては大変嬉しく存じます。

――本日はありがとうございました。

 鉄道のことになりますと力が入りますので、しつこいと思われなかったか心配です(またまた汗)。こちらこそ、大変ありがとうございました。


山本巧次(やまもと・こうじ)
1960年和歌山県生まれ。中央大学法学部卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉となった『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』(宝島社文庫)にて、2015年にデビュー。生き生きとしたキャラクター造形と、緻密な構成で読者を魅了する。その他の著作に『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤』『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢』がある。現在は鉄道会社に勤務。


(2017年5月23日)



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