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2018.01.26

抜群にエキサイティングなノンフィクション/ヴィンセント・ディ・マイオ、ロン・フランセル『死体は嘘をつかない――全米トップ検死医が語る死と真実』訳者あとがき

死体は嘘をつかない
訳者あとがき

 アメリカの各自治体に置かれた検死局には、死因究明のための幅広い権限が与えられており、警察などとは別に独自の現地捜査をおこなうこともある。また他殺体や変死体はもちろん、多様な事故死体や病死体についても、くわしい死因究明の必要があると判断された場合には検死・解剖をおこなっている。そのような検死局の中核を担うアメリカの検死医は、ある種の科学捜査員ともいえよう。
 我々一般市民にとって恐ろしげで不気味なベールに包まれた、だからこそ興味をひかれてやまない検死と解剖の世界を、ベテラン検死医が自らの経験をもとに明かした傑作ノンフィクションをお届けする。
 この『死体は嘘をつかない――全米トップ検死医が語る死と真実』(原題 Morgue: A Life in Death)は、アメリカで二〇一六年に刊行されると、専門家が検死や解剖について詳細に記した内容でありながら、抜群にエキサイティングなノンフィクションとして評判を呼び、二〇一七年のアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞ベスト・ファクト・クライム部門の候補にも選ばれた。
 著者のヴィンセント・ディ・マイオは一九四一年生まれで、米ニューヨーク出身。父親はニューヨーク市検死局長を務めた人物であり、親子二代の検死医ということになる。メリーランド州検死局やテキサス州ダラス郡検死局をへて、テキサス州サンアントニオのベクサー郡検死局長を二十五年務め、二〇〇六年に退職後は法医学コンサルタントとして全米で注目を集めるさまざまな事件の裁判で専門家として助言や証言をおこなってきた。とくに銃創の権威として広く知られ、複数の専門書の著書を上梓している。本書は、そんなドクター・ディ・マイオが実績あるノンフィクション作家ロン・フランセルとの共著で世に送りだした初の一般向け書籍。およそ四十五年におよぶ検死医/法医学者としての経験の中から、とくに印象深い事件について語っている。
 本書で取りあげられている事件のいくつかを紹介しよう。
 まず、二〇一二年にフロリダ州で起こった黒人少年トレイヴォン・マーティンの射殺事件。少年を撃ったのが近所で自警団を組織していた白人男性ジョージ・ジマーマンであったことから、人種差別にもとづくレイシズム犯罪ではないかと騒ぎになり、当時のオバマ大統領がトレイヴォンは自分だったかもしれないと発言するなど全米に波紋を広げた。この事件の裁判で、ドクター・ディ・マイオは専門家として銃創の鑑定結果について証言する。事件は残忍な憎悪(ヘイト)殺人だったのか、それとも正当防衛だったのか、その鍵を握っていたのは、少年の胸に残された銃創だった。
 一九六九年、メリーランド州で生後七カ月の男の赤ん坊ポール・ウッズが死亡した。ポールは生後五カ月から何度も原因不明の発作を起こし、繰りかえし救急搬送されていた。ポールの死はなんらかの疾患による病死だったのか、乳幼児突然死症候群によるものだったのか、あるいは……。当時メリーランド州検死局のフェローだった若きディ・マイオがポールの解剖を担当し、やがて明らかになった戦慄の事実とは――。
 一九六三年十一月二十二日にテキサス州ダラスでケネディ大統領を暗殺し、その二日後に殺されたリー・ハーヴェイ・オズワルド。一九七五年、マイケル・エドウズというイギリス人作家が、オズワルドとして埋葬された死体はオズワルドになりすましたソ連の秘密工作員だったと主張する。エドウズがオズワルドの未亡人を説得して、死後十八年近くたって墓が掘り起こされることになり、ディ・マイオを含む法医学者チームがオズワルドとして埋められた死体の身元確認をおこなうことになったが……。
 二〇〇三年、大物音楽プロデューサー、フィル・スペクターのカリフォルニア州ロサンゼルス郊外の豪邸で、女優のラナ・クラークソンが口を撃たれて死亡する。有名人がらみの事件とあって、世間の注目が集まり報道が過熱する中、女優が自殺したのか、フィル・スペクターに射殺されたのかが裁判の焦点に。ラナ・クラークソンの銃創を鑑定したディ・マイオの結論は果たしてどのようなものだったのか。
 一九九三年、アーカンソー州の田舎町ウェストメンフィスの森の中で、八歳の男児三人が無惨に殺されているのが見つかる。三人はいずれも手足を縛られ、全身をひどく傷つけられていた。やがて容疑者として浮上したのは、悪魔崇拝に傾倒していたという地元の三人のティーンエイジャー。三人は裁判で有罪となり、主犯格で当時十八歳のダミアンには死刑が宣告されるが、のちにこの事件を扱ったテレビのドキュメンタリー番組などがきっかけで、三人の冤罪が叫ばれるようになる。その流れを受けて、再審をめざす弁護士の依頼で事件資料を鑑定したディ・マイオは、驚くべき結論に達する。
 どのエピソードをとっても、グロテスクで生々しい描写も少なくないにもかかわらず、夢中になってページをめくる手を止められない。その秘密は、組み立ての妙にある。各章ごとに、まず起こった事件の概要が説明され、死因にまつわる謎や争点が提示されたあと、ドクター・ディ・マイオが登場する。そして検死医として自ら解剖をおこなったり、法医学コンサルタントとして事件資料を検討したりした結果として、彼の導きだした結論が語られ、それを踏まえて裁判結果がどうなったか、といった顛末までが描かれる。一章がまるでテレビドラマの一話か連続ドキュメンタリーの一回分のようなつくりで、示された謎や裁判の結果が気になって一気に読まされてしまうのだ。人気の海外ドラマ〈CSI 科学捜査班〉〈BONES―骨は語る―〉のリアル版さながらの、実にわくわくする構成は、おそらく犯罪実話ものを得意とするノンフィクション作家ロン・フランセルに負うところが大きいのだろう。
 と同時に、ノンフィクションならではの特徴もある。すべてが実話であり、現実のできごとであるがゆえに、フィクションのようにすっきりとオチのつくケースばかりではないという点だ。ドクター・ディ・マイオが解き明かした謎や達した結論が、現実の裁判結果にかならずしも反映されていないことは本書を読んでもわかるし、被害者やその他の関係者がすべて実名で記されているので、インターネットで検索すれば、本書に登場する一部の事件の裁判結果には今も多くの批判や疑念が渦巻いていることもわかる。
 司法取引によって、法医学的に見て潔白と思われる人物が結局刑罰を受けることになったケースや、世論など法医学以外のさまざまな要素によって陪審の評決に影響が出たケースなどが本書には取りあげられており、そこにはアメリカの司法制度の問題、さらには客観的・科学的な証拠以外のさまざまな社会的要因やイメージが裁判結果に影響を与えるという厄介な問題が浮き彫りになってもいる。
 しかし(いや、だからこそ)世論や遺族感情をいっさい斟酌せず、あくまで医学的な事実とのみ向きあって結論を出すという姿勢をドクター・ディ・マイオは貫いている。それこそが死者への敬意であり、死者のために正当な裁きを下すことであるというのが彼の法医学者としての矜持なのだ。
 ともあれ、興味を掻きたててやまないモルグの内部を垣間見られるうえに、謎解きの面白さと、スリリングな法廷劇の魅力まで兼ね備えた本書は、ミステリファンから海外ドラマファン、もちろん解剖/法医学もののファンまで、多くの読者にお楽しみいただけること請け合いの一冊である。



■ 満園真木(みつぞの・まき)
東京都生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。翻訳家。主な訳書にバリー・ライガ『さよなら、シリアルキラー』、リサ・ガードナー『棺の女』、ベリンダ・バウアー『視える女』、エミリー・セントジョン・マンデル『ステーション・イレブン』などがある。




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