今月の本の話題

2018.08.29

結城昌治『夜の終る時/熱い死角』、小泉喜美子『女は帯も謎もとく』、『加納一朗探偵小説選』…「ミステリーズ!89号」(2018年6月号)書評 大川正人[新訳・復刊]その2

 結城昌治『夜の終る時/熱い死角』(ちくま文庫 840円+税)は日本推理作家協会賞を受賞した結城の長篇代表作に、同系の刑事物の短篇をあわせた復刊です。

 A署刑事課捜査係の面々は、同僚の刑事が聞き込みに出たきり行方知れずになり気をもんでいました。刑事は愚連隊の幹部と幼馴染(おさななじみ)で、捜査情報を漏らしたのではないかと噂され、事件に巻き込まれる心配があったからです。はたしてホテルで刑事の扼殺(やくさつ)死体が見つかり――『夜の終る時』

 刑事の悪徳を題材に、2部構成の第1部で刑事殺しの解決篇の直前までがえがかれ、2部で犯人の視点から事件をふり返るという、変わった構成が採られた作です。現代の多種多様な警察小説を踏まえて読むと、結城自身が「こんな小悪人しか書けなかった」と評する犯人像には物足りなさを感じるおそれはあります。

 しかし新たなジャンルを開拓したことへの評価はゆるぎませんし、解説に引用されている協会賞受賞時の松本清張の評にいう「悪徳警官ものだが、アメリカのものと違って下級警察官の悲哀を落つかせたのは現実性がある」という指摘が正鵠(せいこく)を射るのだと思います。例えば後年の『真夜中の男』では、ここでいうアメリカ的な2部構成の復讐劇をものしていますから、併せて読んでいただくと面白いでしょう。

 小泉喜美子『女は帯も謎もとく』(光文社文庫 760円+税)は、築地生まれの新橋芸者・まり勇が、自らの体験談や芸者仲間から聞いた話をお客に語りかける様式でまとめられた第7短篇集の復刊です。

〈ユーモア・ミステリー〉や〈ダイイング・メッセージ〉ほか主題を書き添えた各短篇は、近年復刊されてきた小泉作品のなかではいくぶん軽いタッチのものです。前半のユーモラスな作は艶笑(えんしょう)コントさながらでもあり、機知に富んでいて創作活動の幅広さがうかがえます。こういった花柳界の文化を下地にしたミステリは、80年代以降は山村美紗の独壇場でしたが、小泉にもこの路線の軽い作品をもっと読ませてほしかったと思わせる好編でしょう。

《論創ミステリ叢書》からは『加納一朗探偵小説選』(論創社 5000円+税)が出ています。日本推理作家協会賞を受賞した加納の代表作『ホック氏の異郷の冒険』からはじまるシャーロック・ホームズのパスティーシュ、〈ホック氏〉シリーズを集成する一冊です。

 父と蔵の整理をすることになった私は、蔵の中から曾祖父の手稿を見つけました。そこには腕利きの医師として上流階級のおぼえも良かった曾祖父が、陸奥宗光(むつむねみつ)の依頼をうけて、英国の探偵サミュエル・ホック氏とともに公文書紛失に端を発する事件を捜査した顛末(てんまつ)が書き残されていて――『ホック氏の異郷の冒険』

 ホームズはその正典で、モリアーティとの対決ののち死亡したと思われたまま3年のあいだ東洋に旅をし身を潜めていた設定になっていて、この3年間の〈空白の時代〉にホームズが解決していた事件をえがくというのがホームズもののパスティーシュを書く上でひとつの常道になっています。加納のサミュエル・ホック氏シリーズは、この空白の時代にホームズは明治時代の日本を偽名で訪れていたとするものです。

 本書にホック氏の新作短篇が収録されたのには驚きました。もともと本書とは別に企画されていた加納の作品集のために書かれた一篇だそうですが、作品集の企画もなんとか実現してほしい。加納の著書は書下ろし長篇が大半を占めていて、短篇のほとんどが雑誌掲載のまま単行本未収録なのですよね。

*****************
■■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2018年8月29日)



ミステリ小説の月刊ウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社
バックナンバー