黒岩重吾『飛田ホテル』(ちくま文庫 820円+税)は、直木賞受賞の代表作『背徳のメス』など黒岩の「西成(にしなり)もの」と呼ばれる作品群からの、本当に久しぶりの復刊です。結城昌治の短篇集を復刊した同叢書から刊行されるのは膝を打つもので、結城の短篇集を楽しんだ方には間違いなくおすすめの短篇が揃っています。

 奇抜なトリックではなくプロットの面白さで勝負しているのは、いわゆる「社会派ミステリ」の代表的作家であった黒岩ですから言わずもがなで、例えば今回復刊された中では「夜を旅した女」「女蛭」などはなかなかショッキングな結末が配されています。他にどんな短篇があるのか興味をかきたてられる方は多そうですし、『休日の断崖』のような長篇ミステリ代表作復刊の機運が盛り上がることを期待します。

 笹沢左保『流れ舟は帰らず 木枯(こがら)し紋次郎ミステリ傑作選』(末國善己編 創元推理文庫 1300円+税)はテレビ時代劇のヒーロー木枯し紋次郎の謎解きを主とする短篇を集めた、眠狂四郎の復刊に続く企画です。近年光文社文庫で編まれた傑作選は、紋次郎の出生にまつわるもの、アクションが激しいものというテーマに沿って編まれていたので、謎解きに特化したセレクションはミステリ読みにはありがたい。解説でも詳しくふれられるように、紋次郎シリーズは結末に意外性を持たせることを創作上の制約としていて、私立探偵の巻き込まれ型ハードボイルドを時代を変えてえがいたとでもいうような作りになっています。

 執筆順に並べられた収録作をみると、鮮烈な初登場作「赦免花(しゃめんばな)は散った」など初期傑作群にとどまらず、後期までその水準が保たれていることに驚きます。特に巻末の2篇、紋次郎が居並ぶ親分衆の前で濡れ衣の申し開きを強(し)いられる一種の法廷ミステリ「桜が隠す嘘二つ」と、商家の行方不明人探しがミステリ的な破格の意外性をみせるとともに哀愁に満ちた幕引きを演出する「明日も無宿の次男坊」の出来の良さは目を見張るものがあります。

 挿絵という切り口から、珍しい探偵小説の復刊を試みる《挿絵叢書》の続刊で、末永昭二編『挿絵叢書 4 横山隆一』『同5 高井貞二』(皓星社 各2800円+税)が出ています。

 前者は新聞連載の4コマ漫画『フクちゃん』で知られる、漫画家として初の文化功労者となった横山隆一の挿絵画家時代の業績をみることができます。生前のインタビューが新青年研究会の会誌から再録されているのはとても貴重ですね。収録作では、切り絵だけで表現された『宝島』が印象的な画業なので、ぜひご覧いただきたいです。

 後者は洋画家として国際的に活躍した高井貞二の挿絵をまとめたもの。《新青年》の挿絵を長年手がけた高井は、戦前戦中の単行本から戦後の仙花紙(せんかし)本まで多くの娯楽小説の装画を描いてもいますから、絵を見れば見覚えがある方は多そうです。個人的には細密なペン画の、本書の紹介文でいう「メカニカル」な挿絵の印象が強いですね。竹村猛児や米田祐太郎といった、この叢書ならではという作家が採られているのは嬉しくなります。

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■■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2018年5月31日)



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