翻訳では《論創海外ミステリ》よりエドガー・ウォーレス『血染めの鍵』(友田葉子訳 論創社 2600円+税)が出ています。春陽堂探偵小説全集に採られて以来の、およそ九十年ぶりの新訳版です。

 守銭奴(しゅせんど)と噂される老人が自宅の地下室で射殺されているのが見つかります。現場は血に染まった鍵がテーブルの上に残された密室状態でした。事件と同じころに盗難騒ぎがあった女優の宝石類が老人宅から見つかったことで事態は混迷し、神出鬼没の「黒服の男」が捜査陣を翻弄(ほんろう)して……。

 密室の謎は今となっては古典中の古典で、原題なり、訳者あとがきで紹介されている英版原書カバーなりを目にしてしまうとすぐにわかってしまう類(たぐい)のものなのでお気をつけください。ただこれが横溝正史をはじめとして、日本の作家のトリック案出に多大な影響をあたえたことも一目瞭然だと思います。またウォーレスらしいテンポのよいスリラーは話の転がし方が巧みで、トリックの歴史的意義のみに興味を持って読んだ方には、なかなかに驚きの結末を迎えるのではないでしょうか。

 国内のほうは、まずは《論創ミステリ叢書》から『森下雨村探偵小説選Ⅱ』『同Ⅲ』(論創社 各4000円+税)が出ています。河出文庫で立て続けに復刊されたのも記憶に新しい戦前の大家の作品集で、Ⅱ巻では長篇『三十九号室の女』が久々に復刊されています。

 若手弁護士の須藤は、駅の待合室で自分を呼び出す謎の電話が女性の悲鳴を残して切れたことに驚き、発信元のホテルに駆けつけました。行きがかりに知己の記者や警察関係者と出逢いながら、なんとか客室の扉を開けてもらうと、はたして室内で女性が殺されていて――『三十九号室の女』

 河出文庫から復刊された代表長篇『白骨の処女』と同様に、展開が二転三転する面白い読物です。週刊誌連載のはじまりから死体発見までの抜群の発端をスピーディに駆け抜ける見せ方の巧(うま)さたるや、流石(さすが)としかいいようがないですね。随筆篇も充実していて、文壇史に興味があれば《新青年》編集長時代を語るⅢ巻収録のエッセイ「老編集者の思い出」は読み逃せません。

 小泉喜美子『月下の蘭/殺人はちょっと面倒』(日下三蔵編 創元推理文庫 1300円+税)は、日本の古典芸能を題にとった作でまとめられた2冊の短篇集を合本で復刊する企画です。

 長篇3部作と呼ばれる代表作をそれぞれシンデレラ・青髭公・ドラキュラ伝説から組み立てたと自ら公言しているように、小泉は換骨奪胎(かんこつだったい)に長(た)けた作家で、収録短篇はみなプロットの原点を歌舞伎や能などから得、その元となる台本を冒頭に引いたつくりになっています。海外のミステリで詩歌をエピグラフに採り内容を暗示することがしばしばあるように、教養に裏打ちされた洒落(しゃれ)た構成です。ただ原点があるとはいえ「ロドルフ大公の恋人」などどうアレンジすればこういう異彩を放つ出来になるのかと唖然とさせられてしまいます。

 夏樹静子の復刊が相次いでいて、短篇傑作集企画の2冊目『雨に消えて』(光文社文庫 700円+税)と、短篇集代表作の増補版『77便に何が起きたか』(中公文庫 820円+税)が出ています。 

 いずれの収録作も独創的なプロットがすばらしくて、近年の短篇ミステリのよくある筋を想像しながら読むと、およそ想像もつかない意外な着地に至ることと思います。前者収録の「火の供養」や後者の表題作など、どうしてこういう筋が組み立てられるのかまるで見当がつきません。また後者に収録の「特急夕月」「山陽新幹線殺人事件」はブラック・ユーモアが効いたおすすめしたい作で、夏樹の「サスペンスの女王」という惹句(じゃっく)とは違う印象をあたえるものではないかと思います。

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■■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2018年5月30日)



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