戦中の台北で、憲兵隊の曹長が何者かに銃殺されました。男女関係のもつれによる簡単な事件かと思われましたが、拳銃の数、銃弾の数、銃声の数、そして現場の密室的状況が複雑なパズルとなって……。
端正な本格でもあり、語り手たる小高軍曹の恋の話でもあり、それでいてすべてが南国の地のお伽話(とぎばなし)のようでもあり。普通のミステリならば幕が引かれそうなところでそうならず、こんなところでばっさり断ち切られてしまうのかという結尾をむかえる、一読忘れがたい印象を残す傑作だと思います。本書の帯に「名作再刊」の惹句(じゃっく)とともにナンバリングがされているのは見逃せず、今後どのような作品が復刊されるのかとても楽しみです。
作家の津野田は、糖尿病で入院した病室が、官僚が横領ののちに恋人と心中した近頃話題の事件と関係していると聞き驚きます。官僚は同じ病室で息を引き取り、その頃から幽霊騒ぎがはじまってもいるというのです。津野田は、横領されたまま見つかっていない公金の行方を何者かが探っているのでないかと、見舞いにきた幼馴染(おさななじみ)の石毛刑事に相談を持ちかけて……。
表題は、津野田と石毛も何者かに狙われるようになり「いつか殺されるかもしれない」との思いを抱くところからきています。会話主体のテンポのよい展開で次々に新たな事件が起きる通俗的な筋は、森下雨村や大下宇陀児(うだる)の同様の作品を復刊しているこの叢書にぴったりではないでしょうか。ただこのように楠田の長篇はおおむねサスペンス調なので、あとがきでも紹介される「トリック発明家」ぶりを期待すると肩透かしでしょうから、奇想の詰まった短篇集の復刊を今後期待しています。
そして注目の企画が新たにはじまっています。日下三蔵編『横溝正史ミステリ短篇コレクション 1 恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)』(柏書房 2600円+税)は横溝のノンシリーズ短篇を初刊に準じた校訂でまとめ直そうという全6巻予定のシリーズです。かねてから角川文庫や春陽文庫ほか、横溝作品をまとめて読める叢書については語句の言い換えなど独自の改変がなされていることが指摘されていました。
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■■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。
(2018年3月30日)
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