今月の本の話題

2018.03.29

ノックス『三つの栓』、結城昌治『あるフィルムの背景』、仁木悦子『粘土の犬』、大岡昇平『事件』…「ミステリーズ!87号」(2018年2月号)書評 大川正人[新訳・復刊]その1

 いつものように翻訳から、《論創海外ミステリ》のロナルド・A・ノックス『三つの栓』(中川美帆子訳 論創社 2400円+税)は50数年ぶりの新訳で、保険調査員マイルズ・ブリードンものの長篇シリーズ第1作です。

 マイルズのもとに、ある資産家が田舎(いなか)の宿屋でガス中毒死したのを調査するよう指示がきました。資産家は、最近になって保険会社を訪れ、保険の解約や掛け金の払い戻し、保険会社との折半(せっぱん)などを持ちかけてきたばかりだというのです。事件の鍵は、資産家が死んだ部屋の3つのガス栓にあるようで……。

 まず保険会社の調査員という探偵役の案出が抜群です。意外な事件が起きることに無理がありませんし、結末が保険金殺人でも自殺でも不幸な事故でも納得できますから、道中いくらでも遊びを入れることができます。読んでいても、マイルズが旧知の刑事と議論を繰り返すところや、妻アンジェラと共に関係者が嗜(たしな)む煙草の銘柄を探ろうとするくだりなど、捜査の過程がとても面白いですね。

 国内のほうは名作の復刊がたくさんで、嬉しい悲鳴をあげております。結城昌治『あるフィルムの背景』(ちくま文庫 840円+税)は同題の角川文庫版を増補する短篇集で、収録作はジャンルでいえばブラック・ユーモアに分類されるものが多いように思います。いずれも結末の一文がぴたりと締まっていて、小説の巧さを感じられるでしょう。この路線をお好みの方には、角川文庫『犯行以後』や集英社文庫『泥棒ショート・ショート全集』あたりを次に読む本としてお薦めしておきます。

 仁木悦子『粘土の犬』(中公文庫 840円+税)は表題の第一短篇集と第二短篇集『赤い痕』をあわせた復刊で、刊行順に選ぶだけでオールタイムベスト級の本ができてしまうのですからまったくおそろしい。「おたね」や「かあちゃんは犯人じゃない」といった仁木らしいと形容されるだろう作品から、テレビ番組の中のピストルが射殺したとしか思えない不可能状況をえがく「弾丸は飛び出した」のような作品まで傑作ぞろいです。

 大岡昇平『事件』(創元推理文庫 1300円+税)は、推理小説愛好家として知られた大岡が手がけた裁判小説で、日本推理作家協会賞を受賞し映画化・ドラマ化もされ、たいへん評判をよんだ作品です。

 19歳の少年が恋人の姉を刺殺した容疑で逮捕されました。犯行の自白をもって法廷で審理されることになりますが、弁護士の詳細な証人尋問によって次第に事件の裏側が見えてきて……。

 裁判の経緯を丹念にえがくのみならず、合議審において裁判官が判決をまとめる過程など、専門家の意見を聞いて徹底的な改稿を繰り返したという、ちからのこもった作です。単純な事件の裁判の行方を傍聴人のように見守るだけだといえばそのとおりなのですが、待ち受ける結末が推理小説プロパーの作家たちから高く評価されたのは間違いないことです。なお戸川安宣『ぼくのミステリ・クロニクル』での本作に関するエピソードをご覧の方には、この作品が決定版ともいうべき校訂を経て創元推理文庫から刊行されることを驚きをもって迎えられるのではないでしょうか。

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■■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2018年3月29日)



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