国内のほうでは、まず《論創ミステリ叢書》から待望の『鮎川哲也探偵小説選』(論創社 3800円+税)が出ています。東京創元社から刊行されるはずだった遺作長篇『白樺荘事件』を未完ながらおさめ、さらに『白樺荘事件』がその改稿を企図して執筆されていたため長らく復刊が見送られていた長篇『白の恐怖』が併せておさめられています。さらには絵物語やショート・ショート、ラジオ脚本など、これまでに同人誌『夜の演出』『本格推理13 幻影の設計者たち』(光文社文庫)への採録という形で世に出ていた、鮎川個人の著書には未収録だった作品が集成された嬉しい一冊です。

 弁護士の佐々は、高毛礼一族の遺産相続について依頼を受けました。軽井沢の白樺荘と呼ばれる屋敷で一族にその説明をした夜、屋敷の家政婦の死体が見つかったと刑事が告げにあらわれます。この事件を皮切りに、雪に埋もれる白樺荘で遺産相続者が次々に殺されて――『白の恐怖』

 佐々の手記の形式でえがかれる『白の恐怖』は解題でもふれられる紙幅の制約などがあったためか、かなり駆け足の印象があります。これを『白樺荘事件』に改めるにあたり、脇筋を楽しんで膨らませているのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)です。待ち続けていたファンには納得の内容でしょう。今後も児童向けの作品など、単行本未収録作の刊行が企画されているそうなので楽しみです。

《論創ミステリ叢書》からはもう一冊、『松本泰(たい)探偵小説選Ⅲ』(論創社 3800円+税)が刊行されています。乱歩に先駆けて現代的な長篇探偵小説を手掛けた松本泰の未単行本化長篇がおさめられていますが、注目すべきは評論集『探偵小説通』の復刊です。

 探偵小説の〈通〉になるための指南書として書かれたこの評論は、当時の海外作品の翻訳事情などをつぶさにわかりやすくまとめています。クリスティが新人としてえがかれる、いわゆる英米の《黄金時代》以前の資料としてはたいへん珍しく、のちの井上良夫『探偵小説のプロフィル』のような本格的な評論の下地と位置づけることができるでしょう。

 女流ミステリ作家の珍しい短篇集を復刊する中公文庫の企画が堅調に続いていて、皆川博子『鎖と罠』、小泉喜美子『殺さずにはいられない』(中公文庫 各820円+税)が立て続けに出ました。前者は初期短篇集『水底の祭り』と、《皆川博子コレクション》刊行中の出版事情で新刊で読めなくなった初期作がまとめられています。

 後者は入手難の表題短篇集を復刊していて、親本に書下ろし収録されていたエッセイ「ミステリーひねくれベスト10」が手軽に読めるようになったのは嬉しい。内容は確かにひねくれていて、こういうお好みであれば歳を重ねるほどに偏屈(へんくつ)な作品を書かれたろうと思うのですよね。実際、ボーナス・トラックとして収録されたショート・ショート連作は女性向け就職情報誌へ連載するにしてはだいぶブラック・ユーモアが効いています。早世が惜しまれますし、活動後期の未収録短篇群が手軽に読めるようになってほしいものだと思います。

 横田順彌の《押川春浪(しゅんろう)&鵜沢龍岳》ものと呼ばれる一連のシリーズの中から、双葉社から刊行されていた短篇集3冊にそれぞれ長篇をあわせ、3巻本として復刊する企画が新たにはじまりました。『横田順彌明治小説コレクション1 時の幻影館 星影の伝説』(柏書房 2600円+税)はその第1巻です。

 押川春浪をはじめとして多くの実在の人物を配した、明治の世にあったかもしれない奇想天外な事件をえがくこのSFシリーズは、長らく読めない状態でしたので復刊は嬉しいですね。特に短篇集のパートは、幻想SFミステリとして充分に楽しめるでしょう。意外な状況とその謎が春浪らの調査によって明かされる筋立てで、読者には既知であろう世界の有名な謎や妖魔を真相として開示する展開は、心をわくわくさせるものがあろうかと思います。

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■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2017年11月28日)



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