今回も翻訳は一作のみの紹介で、P・ハイスミス『リプリーをまねた少年』(柿沼瑛子訳 河出文庫 1200円+税)は堅調に復刊が続くトム・リプリーシリーズから第4長篇の改訳新版です。

 パリ近郊に暮らす悪事の天才リプリーを、謎のアメリカ人少年が訪れます。はじめは警戒するリプリーでしたが、どうやら少年は大富豪の息子で、アメリカである罪を犯し逃亡してきたらしいと察し、次第に興味をひかれるようになります。そんなある夜、リプリーは少年の追っ手らしき存在に気付きました。リプリーは少年のために偽造パスポートを手配して、まずはドイツまでの逃避行に付き合いますが、ベルリンの地で新たな事件が起きて……。

 後半の事件のなかで感情的に振舞うリプリーの姿には、前作『アメリカの友人』のような事態でさえもリプリーのゲームにすぎなかったことを知る読者は驚きを隠せないでしょう。およそ20年前の初訳の時期とくらべ、本書がハイスミスが年下の同性のパートナーに精神的に支えられていたときに書かれた小説だと伝記などから知られた今では、この新訳版で読むと新たな感慨がありますね。

 国内のほうでは、まず森英俊・野村宏平編『江戸川乱歩からの挑戦状Ⅰ 吸血鬼の島』(まんだらけ出版部 2500円+税)が驚きの企画で、乱歩が少年探偵団ものの長篇を数多く連載していた光文社の雑誌《少年》に掲載された、小説仕立ての懸賞クイズをまとめたものです。ただ初出にならって江戸川乱歩著と表記されてはいるものの、これらの懸賞クイズは名義貸しの代作であるというのが通説です。そのため既存の乱歩全集には収められていませんし、書籍で読む機会にもめぐまれてきませんでした。これまでに山村正夫編のソノラマ文庫アンソロジーで一篇採録されたことがあるだけです。

 しかしこれがスピンオフ・外伝的な作品としては意外に面白い。例えば表題作「吸血鬼の島」は、財宝を求めて南方の島に渡った怪人二十面相から、明智小五郎と少年探偵団に「吸血鬼に襲われて身動きがとれないから助けてほしい」とSOSが届くという仰天の発端がえがかれます。こういう胸躍る設定がたくさん盛り込まれた上に、内容も合理的に解決するものから怪異が本当に怪異のまま終わるものまでバラエティ豊かで楽しい一冊です。出版元が得意とするところであろう、挿絵の復刻がとても鮮やかなのも嬉しいですね。まずはインパクトの強い異色作がまとめられましたが、本格ミステリ寄りの続刊も予定されているそうで楽しみです。

 河出文庫の復刊シリーズ「KAWADEノスタルジック〈探偵・怪奇・幻想シリーズ〉」からは甲賀三郎『蟇(がま)屋敷の殺人』(河出文庫 800円+税)が刊行されています。

 丸(まる)の内(うち)の路上に停まった自動車の運転席に、首と胴が切断された死体が座らされていて大騒ぎになりました。所持品から被害者と見なされた富豪の熊丸氏が、生きて警察署に現れて事件は混迷を深めます。探偵小説家の村橋は、この事件に関わるらしい電話の混線を耳にしたのを契機に熊丸邸を訪ね、そこで熊丸の秘書をする女性・あい子と運命的な再会をします。あい子はかつて村橋が女学校でテニスのコーチをし、恋した生徒でした。熊丸邸はその書斎に南米で捕まえたのだという巨大な蟇蛙が鎮座し、蟇屋敷だと呼ばれていました。蟇が来てからよくないことが起きる、この屋敷に関わってはいけないと訴えるあい子の姿に、村橋は探偵として関わる決意を固めて……。

 通俗小説の面白さと本格ミステリの意外性がかなり水準の高いところで融合した、甲賀らしさ溢れる作品です。甲賀の長篇としては、探偵の恋慕が物語の推進力となるのは珍しいでしょうか。とにかく読んでいて飽くことがない、探偵小説好きにはまず間違いなくおすすめの傑作だと思います。

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■■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2017年9月26日)



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