国内のほうはまず小泉喜美子『殺人はお好き?』(宝島社文庫 640円+税)を。《このミステリーがすごい!》誌の復刊企画で取り上げられた、小泉が『弁護側の証人』以前に別名義で書いていた長篇です。
ロサンゼルスで私立探偵業をしているガイ・ロガートは、かつてGIとして日本に駐留していた時代の上司ブランドンから調査依頼をうけます。ブランドンの妻がヘロインを隠し持っていて、素行を調べてほしいというのです。ロガートが尾行をはじめた矢先、ブランドンの妻は何者かにさらわれ、ロガートも襲われて……。
後の小泉の作品からはなかなか想像がつかないユーモア・ハードボイルドで、小泉のファンが落穂拾いに読むにはちょっと厳しいかもしれません。あとがきで語るように小泉自身の読書嗜好(しこう)に沿った内容で、クレイグ・ライスやカーター・ブラウンの味わいをみせています。発表当時にこの味を書けた日本人作家は他に都筑道夫か山下諭一、それに河野典生(てんせい)くらいではなかったでしょうか。このあたりの作家にひかれる方には間違いなく楽しく読める作品です。
今年からパブリックドメインとなった大下宇陀児(うだる)作品から『見たのは誰だ』(河出文庫 800円+税)が復刊されました。講談社〈書下し長編探偵小説全集〉で刊行された、 大下の戦後の長篇の代表作です。
大学生の桐原は、彼女が身ごもったようだと気付き、寂しい懐(ふところ)事情をなんとかしようと魔が差してしまいます。悪友・古川の誘いにのって、古川の叔父が隠し持つ金品を盗もうと屋敷に忍び込みますが、どうも古川の様子が事前の計画どおりではありません。桐原は騙(だま)されたようなかたちで窮地に追い込まれることになり……。
そのストレートな題名と、シリーズ探偵の弁護士・俵岩男の登場作だというところから、弁護側の目撃者探しという筋だと容易に予測がつくのに、道中の展開はそれを忘れさせてしまう意外性に満ちていますね。また「アプレゲールの犯罪」ものではじまった物語が、青春小説のような情感をともなう着地をする巧さには、乱歩が 「感情の探検家」と称した大下の特徴がよくあらわれているように思います。
〈論創ミステリ叢書〉からは『甲賀三郎探偵小説選Ⅱ』『同Ⅲ』(論創社 各3600円+税)が出ていて、Ⅰ巻から通巻で100巻ぶりの続刊に驚いてしまいました。それぞれ甲賀作品のシリーズ探偵から、おっちょこちょいの盗人〈気早の惣太〉と、怪弁護士の異名をもつ〈手塚龍太 の登場作を集成するのを軸に、既存の全集・選集に未収録の作が多く採られています。甲賀の紹介は代表長篇『姿なき怪盗』の探偵役の新聞記者・獅子内俊次の登場作に偏っていたきらいがありますから、バラエティに富んでいるのは嬉しいですね。また注目すべきはⅢ巻収録の『探偵小説講話』で、いろいろな論争の火種となった甲賀の探偵小説論がはじめて単行本化されています。
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■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。
ミステリ小説の月刊ウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社
ロサンゼルスで私立探偵業をしているガイ・ロガートは、かつてGIとして日本に駐留していた時代の上司ブランドンから調査依頼をうけます。ブランドンの妻がヘロインを隠し持っていて、素行を調べてほしいというのです。ロガートが尾行をはじめた矢先、ブランドンの妻は何者かにさらわれ、ロガートも襲われて……。
後の小泉の作品からはなかなか想像がつかないユーモア・ハードボイルドで、小泉のファンが落穂拾いに読むにはちょっと厳しいかもしれません。あとがきで語るように小泉自身の読書嗜好(しこう)に沿った内容で、クレイグ・ライスやカーター・ブラウンの味わいをみせています。発表当時にこの味を書けた日本人作家は他に都筑道夫か山下諭一、それに河野典生(てんせい)くらいではなかったでしょうか。このあたりの作家にひかれる方には間違いなく楽しく読める作品です。
今年からパブリックドメインとなった大下宇陀児(うだる)作品から『見たのは誰だ』(河出文庫 800円+税)が復刊されました。講談社〈書下し長編探偵小説全集〉で刊行された、 大下の戦後の長篇の代表作です。
大学生の桐原は、彼女が身ごもったようだと気付き、寂しい懐(ふところ)事情をなんとかしようと魔が差してしまいます。悪友・古川の誘いにのって、古川の叔父が隠し持つ金品を盗もうと屋敷に忍び込みますが、どうも古川の様子が事前の計画どおりではありません。桐原は騙(だま)されたようなかたちで窮地に追い込まれることになり……。
そのストレートな題名と、シリーズ探偵の弁護士・俵岩男の登場作だというところから、弁護側の目撃者探しという筋だと容易に予測がつくのに、道中の展開はそれを忘れさせてしまう意外性に満ちていますね。また「アプレゲールの犯罪」ものではじまった物語が、青春小説のような情感をともなう着地をする巧さには、乱歩が 「感情の探検家」と称した大下の特徴がよくあらわれているように思います。
〈論創ミステリ叢書〉からは『甲賀三郎探偵小説選Ⅱ』『同Ⅲ』(論創社 各3600円+税)が出ていて、Ⅰ巻から通巻で100巻ぶりの続刊に驚いてしまいました。それぞれ甲賀作品のシリーズ探偵から、おっちょこちょいの盗人〈気早の惣太〉と、怪弁護士の異名をもつ〈手塚龍太 の登場作を集成するのを軸に、既存の全集・選集に未収録の作が多く採られています。甲賀の紹介は代表長篇『姿なき怪盗』の探偵役の新聞記者・獅子内俊次の登場作に偏っていたきらいがありますから、バラエティに富んでいるのは嬉しいですね。また注目すべきはⅢ巻収録の『探偵小説講話』で、いろいろな論争の火種となった甲賀の探偵小説論がはじめて単行本化されています。
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■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。
(2017年5月31日)
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