国内のほうでは、こと復刊という観点からは江戸川亂步(らんぽ)『奇譚』(藍峯舎(らんぽうしゃ) 22,000円(内税))を紹介しないわけにはいきません。基本的に直販のみの限定出版なので、本誌刊行時点で入手可能なものかわからないのですが。

 これは乱歩が早稲田大学在学中に自家製本した、今ふうにいえば手書きの同人誌です。押川春浪や黒岩涙香、ポーやガボリオ、ボアゴベなど、若き乱歩が偏愛する作家について語っています。かつて『奇譚/獏(ばく)の言葉』(講談社江戸川乱歩推理文庫)に写真版での復刻がなされたことはありますが、読みやすい形に全編を翻刻し、かつ原本の画像データをCD-ROMで簡易に見られるようにした今回の復刊企画は本当にありがたい。乱歩ファン垂涎(すいぜん)の一冊であることは間違いないでしょう。

『定本夢野久作全集』(国書刊行会 9,500円+税)の刊行がはじまっています。国書刊行会からは近年、日影丈吉・久生十蘭と、書誌的な調査をかなり完璧に近いところまで進めた個人全集が刊行されていて、全集と謳(うた)う上での水準を高く引き上げてくれた感があります。その同社が「定本」と冠するのですから、いやが上にも期待が高まりますね。

 旧仮名遣い・編年体でまとめられた全集は、しばらくは既存の全集に収録済の小説がほとんどにはなりますが、異稿・改稿を徹底的に調べた解題には圧倒されることでしょう。第1巻からして 全体の二割ほど、百頁あまりが解題に費やされているのですから驚きです。

 森下雨村『消えたダイヤ』(河出文庫 600円+税)は戦前の改造社版探偵小説全集に収録されていた児童向けミステリの復刊です。

 銀座のカフェーで暇をもてあましていた敏夫と咲子のカップルは、ロシアから日本に渡ったはずのダイヤが行方不明になっている事件にふとしたことから関わります。ある女性がダイヤを持っているはずだという情報だけをもとに冒険を繰り広げる二人に、怪しい魔の手がのびて……。

 雨村の児童向けミステリというと、『謎の暗号』などで活躍するスーパー少年探偵・富士夫君のシリーズがよく知られています。本作は少女誌に連載されたもので、自由奔放な若い女性がその好奇心から危険な冒険に巻き込まれていく筋になっています。児童向けであるという但し書きはつきますが、明朗快活で楽しい読み物ですね。雨村の復刊が続いたのはパブリックドメインとなったのが理由でもあるでしょう。そういう意味では、今年は大下宇陀児(うだる)や楠田匡介(くすだきょうすけ)の復刊企画があるかもしれません。

〈論創ミステリ叢書〉からは 『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』(論創社 3,600円+税)が出ています。Ⅰ巻でまとめられた龍伯もの以外の悪漢を主人公とした長篇二作と女探偵芳井麗子のシリーズは、龍伯もの同様の講談調の娯楽活劇が楽しめます。

 見どころは、編者が「ぜひ紹介したい」としている短篇「山又山」でしょう。この作品は乱歩の《新青年》デビューの号に、その「二銭銅貨」と並んで掲載された暗号小説なのですね。掲載までの経緯とあわせて、そのエピソードだけで読んでみたくなる作ではないでしょうか。内容もとても面白いものだと思います。

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■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2017年3月30日)



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