今月の本の話題

2017.03.29

フリーマン『オシリスの眼』、チェスタトン『詩人と狂人たち』、アタイヤ『細い線〔新訳版』…「ミステリーズ!81号」(2017年2月号)書評 大川正人[新訳・復刊]その1

 まずは翻訳から、R・オースティン・フリーマン『オシリスの眼』(淵上痩平訳 ちくま文庫 950円+税)はソーンダイク博士もの第二長篇の新訳版で、初の完訳です。

 考古学者のジョン・ベリンガムが突然行方不明になってから二年がたちました。ベリンガムは不思議な条件が付いた遺言書をのこしていて、ある決められた場所に埋葬されたときは弟のゴドフリーに財産が相続され、そうでないときは、いとこのハーストに相続されるというのです。代診でベリンガム家をおとずれた医師のバークリーは、かつてソーンダイク博士がジョンの失踪事件に興味をもっていたことを思い出しました。ハーストが遺産を得るためジョンの死亡を裁判所に申請するらしいという話を聞いて、ソーンダイク博士は本格的に捜査にのりだします。

 かつて《新青年》創刊号から連載されたり、早川書房の単行本の選集〈世界傑作探偵小説シリーズ〉で紹介されたりと、早くから訳出された代表作ですが、長らく読めない状態が続いていました。ソーンダイク博士ものは、その科学的捜査が時代とともにどうしても古びた印象を与えてしまうことが否めません。長篇の初訳が立て続けに出たこともありましたが、現代では倒叙形式のミステリの嚆矢(こうし)であるという評価点だけが目立つように思います。

 そこで今この代表作を読むと、たいへん面白いのですね。ソーンダイク博士が謎の核心を解くところの抜群の演出と、そこから繰り広げられる解決篇のすばらしさ。とことん演繹(えんえき)的な推理から犯人特定に至り、そこにあまり動機の問題が関与しないところなど、クイーンの国名シリーズのような作品の先駆として評価されるべきものでしょう。これは読むべき古典としておすすめの一冊です。

 G・K・チェスタトン『詩人と狂人たち』(南条竹則訳 創元推理文庫 800円+税) は、画家で詩人のガブリエル・ゲイルを探偵役とするチェスタトン中後期の短篇集です。

 詩人ゲイルが読み解く〈狂人〉の論理は、同じチェスタトンのブラウン神父の逆説やパラドックスを好む方にはまず読み逃せないものです。事件の兆候や犯罪の証拠が常にゲイルが見る情景から得られるところは、ゲイルが画家である設定が活かされているのでしょう。読者は同じ情景を見ているので、〈狂人〉がどう考えるのかをゲイルと同様に想像できるはずですね。

 収録作はいずれも傑作ぞろいですが、ゲイルが狂人になってしまったかのような奇矯(ききょう)な行動に出る「ガブリエル・ゲイルの犯罪」、ある情景が引き起こす奇蹟をみるような一篇「孔雀(くじゃく)の家」は特におすすめしておきたい作品です。

 エドワード・アタイヤ『細い線〔新訳版』(真崎義博訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 800円+税)は、江戸川乱歩の海外新刊時評を契機に訳出されたサスペンスの名作です。

 ある犯罪をおこなってしまったピーターは、罪の発露を恐れながら、同時に幸せな家庭の父として過ごす苦悩の日々を送っていました。あるときついに、妻マーガレットにその罪を告白します。しかしマーガレットの反応は意外なもので……。

 魔が差してしまったのだ、という動機はよくありますが、本作を読むと相当のリアリティがうまれるのではないでしょうか。罪を隠すべきか告白すべきか、悪と善との間は紙一重で、容易に乗り越えられる細い線で隔たれているだけだというくだりが印象的です。またこういう筋を夫婦間のサスペンスとしたくふうがとても面白いですね。

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■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2017年3月29日)



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