結城昌治『死者におくる花束はない』(P+D BOOKS 600円+税)は結城のシリーズ探偵役のひとり、私立探偵・佐久の長篇第一作です。

 佐久は東京駅近くで時計店を営む志賀の素行調査を依頼されました。ところが尾行をはじめるようになって間もなく、志賀の妻が自宅で絞殺されているのが見つかります。そして事件を境に、依頼人からは調査の打ち切りが告げられました。納得のいかない佐久は、顔見知りの四谷(よつや)署の郷原部長刑事と情報交換をしながら独自の捜査を続けていきますが……。

 初刊本と同時代のハヤカワ・ミステリで旺盛に訳出されていた、A・A・フェアやカーター・ブラウンの味わいをねらったものだろう軽ハードボイルドで、どこかとぼけた感じの筆致が楽しいですね。 佐久がたびたび殺されかかるあたりの展開には鼻白んでしまう方がいるかもしれませんが、そういう向きには別のシリーズ探偵・真木を主人公とした硬いハードボイルドの長篇三部作をおすすめしておきましょう。佐久の活躍を楽しめた方には連作短篇集『死体置場は空の下』をぜひ続けて読んでいただきたい。ミステリとしての切れ味とユーモアのバランスが際立った傑作です。

 この叢書を本欄で取り上げるのは初めてですが、広いジャンルの名作をペーパーバックと電子書籍とで同時復刊する意欲的な企画です。ミステリでは他に松本清張や笹沢左保が復刊されていて、今後どのような作家・作品にスポットが当たるのか注目しておきたいと思います。

 海野十三 『蠅男 名探偵帆村荘六の事件簿2』(創元推理文庫 1,000円+税)は帆村ものの代表長篇『蠅男』に珍しい短篇が併録されています。帆村ものは昨年刊行されたマスターピース的な傑作選『獏鸚(ばくおう)』に次ぐ復刊です。

 手足がもがれた家蠅の屍骸とともに殺人予告状を送る〈蠅男〉と帆村荘六の対決をえがく表題作は、怪人対名探偵のお手本のような筋が軽快にすすみます。海野の怪人には、それまでに乱歩が明智小五郎と対決させてきた怪人たちとは一線を画した破天荒なアイデアが盛り込まれています。

 併録の短篇では「暗号数字」が目をひきます。海野が得意としていた「虫食い算」を暗号の趣向としている面白さもさることながら、この解決篇は忘れがたい。明らかにとってつけたような解決なのですが、クイーンが苦悩の果てにたどりついた境地に突然降り立ってしまった、そんな印象さえ受けてしまいます。

〈論創ミステリ叢書〉からは保篠龍緒『保篠龍緒探偵小説選Ⅰ』(論創社 3,600円+税) が刊行されています。

 保篠は怪盗ルパンの訳者として知られ、「ルパン」という訳語をあてて定着させたこと、個人全訳のルパン全集を出したことなど数々の業績があります。創作では黄龍伯を主人公とした〈日本ルパン〉シリーズを多くのこしていて、〈日本ルパン〉ものではない作品も後に改稿するほど思い入れがあるキャラクターだったようです。一巻は処女長篇『妖怪無電』と第二長篇『紅手袋』を中心にまとめられています。収録作はいずれも講談調の冒険活劇で時代性を加味せずには読めませんが、ルパンを日本に広めた名調子で飽くことはありません。

 末永昭二編『挿絵叢書 竹中英太郎(三) エロ・グロ・ナンセンス』(皓星社 2,000円+税)は当初の予告の三巻までが無事に出ました。三巻もミステリが多く含まれて、このアンソロジーでなければ読めないのではないか、という作ばかりで嬉しくなりますね。続刊を楽しみにしたいと思います。

(2017年1月31日)



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